私が沖縄で起業した理由

皆さん、こんにちは!
カンボです!

この記事はこちらの記事の続きになります!
落ちこぼれのエンジニアが起業した話2(転職編)

今回はWeb系の会社を辞めて、フリーランスになり沖縄移住し、起業した話がメインになります!
沖縄移住や独立しようとしている方の参考になれば幸いです!

◆フリーランスとして独立

2017年4月に(当時26歳)で独立してフリーランスになりました。
元々、大学の頃から地域活性化にとても興味があり、どこかの地域に移住しようというのは決めていました。
また、自分は横浜出身で東京と近いというのもあり、自分の故郷と本気で感じられる場所がなくて、どこか寂しいと思っていました。

なので、ひとまず、フリーランスになって、せっかくなら東京ではなくて、どこかの地域で起業したいという思いがあり、フリーランスになり自分の起業したい地域を探そうと思いました。
また、自分がフリーランスになった時に技術レベル的にどれくらい通用するのか試してみたかったというのはあり、独立しました。

◆移住先を探す旅

フリーランスになってからは、基本的には知り合いの会社の社長や役員の方々からリモートの開発案件を複数請けていました。

そこで、沖縄には移住しようというのはだいたい、決めていたのですが、滞在する予定のシェアハウスがまだ完成していないという事でひとまず、他の地域を転々としてみる事にしました。

その中で長野、高知、京都などいろんな地域に1週間〜2週間短期滞在していました。ただ、滞在する中でずっと住むイメージはあまり湧かない状態が続いていました。
あと、寒いのが苦手というのもあり、沖縄しか住めないのではないかとずっと、思っていました(笑)

◆沖縄のシェアハウス(ギークハウス沖縄)に住む

当初は4月に完成すると言われていましたが、工事が長引き7月に入居する事になりました(笑)
沖縄には知り合い0人の状態で移住したので、最初の1週間はけっこう孤独でした(^^;

そもそも、ギークハウス沖縄が何かというと「インターネットやIT、プログラミングが好きな人が集まるコンセプト型シェアハウス」です。
元々、私も存在は知らなくてこのクラウドファンディングのプロジェクトで知る事になりました。

沖縄おもしろすぎるから、ギークハウス作ってみんなで集まろうよプロジェクト

このプロジェクトには、私もお金を出しており、25,000円の「先住民権」を購入しました!
ここに住んだ事で本当に多くの人との出会いがあり、このギークハウスがなければ、私は移住していなかったので、ギークハウスオーナーのさぼさんには本当に感謝です!

◆沖縄で起業した理由

理由は主に下記の3つです。

1. 沖縄の現状が自分の過去と重なった。
2. 沖縄で高水準の給料をもらえる開発会社が少ないのを変えたいと思った。
3. 今まで自分の故郷と言える場所があまりなかった中で沖縄に受け入れてもらった。

ギークハウスに住んでから、沖縄に住んでいる方とたくさん話す機会があり、恥ずかしながら沖縄の現状を自分は知らなかった事に気づきました。沖縄にはいろんな課題があり、例えば、貧困が問題になっており日本でも高い水準で子どもの貧困率は29.9%と聞いて驚きました。

・参考記事
子どもの貧困、沖縄がワースト1と言われる原因と対策は?

その話を聞いて、自分の過去の記憶がいろいろとよみがえってきました。私自身、3兄弟で年子だったのもあり、学生時代にお金にはけっこう困りました。大学時代は学費を自分で稼いでいたのですが、バイトが忙しい中でもなるべく授業は出たかったので、夏休みにバイトを詰め込んで週7でバイト3つ掛け持ちで働き、とても過酷な時期がありました。
時にはコンビニの夜勤を8時間やって、工場で朝から晩まで働いて、またコンビニの夜勤をやって、ぶっ続けで30時間くらい働いたりもありました(笑)ただ、体調不良も続いてましたし、もっとこの時間で留学したりプログラミングを学んだり、別のことをしたかったなとずっと後悔してました。

なので、沖縄の学生や若者には金銭的な理由で、そういう経験はして欲しくないなと強く感じました。そこで、その時は私が沖縄でプログラミング教育をやることで少しでも変えられる未来があるんじゃないかなと思っていました。

また、沖縄ではまだまだ、Web系の開発会社で高水準の給料をもらえる会社が少ないというのを聞いていたので、沖縄でそういった会社を創業するだけでもだいぶ、沖縄に貢献できるのではないかと思いました。
その時は自分を受け入れてくれた沖縄に恩返しをしたいという気持ちでいっぱいでした。また、以前の記事でも書きましたが、先輩からの恩をここで返すタイミングだと確信していました。

・以前の記事
落ちこぼれのエンジニアが起業した話1(エンジニア編)

そこで、2017年11月に株式会社Re:Buildを創業しました!

◆沖縄でプログラミングスクールの立ち上げと講師を始める

ちょうど、プログラミングスクールをやってみたいと思っていたタイミングで、さぼさん経由でCODEBASEというコミュニティにスクールの立ち上げを誘って頂きました!


当時は、創業したばかりで業務量的に確実に死ぬのはわかっていましたが、このタイミングを逃すと一生、後悔すると思い、迷わず引き受けました(笑)
そこで、運営の方とさぼさんと0からスクールの立ち上げに携わる事になり、スクールのコンセプト設計、ゴール、カリキュラム、ターゲット、スクールの金額感など幅広くみんなでディスカッションしていきました。

◆業務過多で瀕死状態

当時、1人で起業したのもあり、フリーランスの時に請けていた開発案件は継続で、4月に入社予定の方にお願いする予定の受託開発案件も並行で動いてました。受託開発だけでも4人月ほどの工数で確実にめちゃくちゃなスケジュールになっていました。
でも、その時はやる気にみなぎってて、スクールがある日は下記のスケジュールで3時間睡眠くらいでやってました(笑)
確実にテンションがおかしかったですね(^^;

1週間のスケジュールはこんな感じで一日8時間勤務の時間軸的には破綻してますね(笑)

基本的には自社での新規事業の企画、受託開発、フリーランスの時の開発案件、スクール業の4つを3ヶ月くらいはほぼ1人で同時進行で進めていました。
スクールに関しては、スクールの講義始まる当日まで教材ができていないくらい自転車操業でした(笑)

この時に根性で徹夜しても終わらない仕事もあるんだという事に気がつきました(^^;
時には飲み会終わった後でも仕事してて、さすがに泣きそうな時もありました(笑)
1人でやるにはとっくに出来る業務量を超えてて、仲間の存在は必要だなと実感してました。
仕事詰め込みすぎて、もっとしっかり出来る部分もあったなと少し後悔。

◆まとめ

そして、スクールを始めて約1年半が経ち、私だけの成果ではありませんが、あの時スクール業を引き受けたおかげで、今ではスクールの卒業生が100人以上でその内、ほぼ未経験から始めて就職が約20名出ています。
中には「東京のスクールだと通えなかったけど、スクールの料金が安かったから、受けることができた。」
「東京での仕事を考え直して、沖縄への帰省のタイミングで受けることで質の高いスクールに巡り会えて良かった」
など嬉しいお言葉を頂けることができました。

また、私の東京で働いた経験やフリーランス、起業の経験も踏まえた上で、たくさんの卒業生の就活相談にも乗ることができて良かったです。
中には、「エンジニアから起業したい」「将来は家庭のことも考えて在宅ワークしたい」「東京の会社に就職したい」「東京でインターンしたい」などなど。本当にたくさんの方の夢や悩みを聞いた上でいろんなアドバイスができて私自身も光栄でした。
仕事的に忙しい時期もあり、全ての方の役に立てかは少し自信はありませんが、「相談に乗って頂き、やりたい事が見つかった」などを言って頂けたのは嬉しかったです!
時には東京のレベル感を知ってもらおうと思い、講義の中でゲスト講師としてフリーランスエンジニアの方に話して頂く機会も作れて良かったです。

これだけでも、自分が沖縄に来た価値はあったのではないかと、最近、しみじみ感じています。
今では講師も8人になり、私が講師をやらなくても充分に回る体制になってきました。

そして、自分が教えていた受講生が東京や大阪、沖縄などに就職が決まっていくのを見るのも心から嬉しかったです!本当に今まで途中で諦めずに生きてきて良かったと思える瞬間でした!

まだまだ、起業してから、受託開発や新規事業での苦労や死にかけた事もありますが、全部書くと長くなりすぎそうなので、今回の記事ではこれくらいで終わりにしようと思います!(笑)
良かったら、続編もぜひ読んでください!



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カンボ

Webエンジニア/株式会社Re:Build代表取締役/ PHPカンファレンス沖縄実行委員長/プログラミングスクール講師/ギークハウス沖縄/リモートワーク/マラソン/Laravel
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