文章描写のトレーニング方法(小説の書き方の教科書のようなもの11)

ところで、描写は詳しければいいというものではありません。言葉からイメージを思い浮かべるのは、読者の脳に大きな負荷をかけます。あれもこれも食べてと読者の口に無理やりつめこんでも、全部吐いてしまうように、適切な順で消化できるスピードで、楽しんで食べれるようなものを、うまく渡していく必要があるのです。そこに「技」があります。

どうすればいいか、一概には言えません。文の置かれた状況によって違うからです。ヒントは自分が読者ならどうだろうか、と読者の頭の中を想像してみることです。作者脳でいる限り、よい描写はできません。作者はこの先の展開も登場人物の裏設定も知っていますから、偏った説明になりがちです。この物語に初めて触れて、本を開いて文字を見る、そんな読者の気持ちを想像してみてください。真っ白の何もない読者の頭の中に、一番最初に何を置きますか? 場所の説明ですか? 世界観ですか? 主人公の心の声でしょうか? 

たとえば一文を書くときでも「血のように赤くテラテラと挑発的に光るエナメルバッグを持った女」という文と「女はエナメルバッグを持っていた。そのバッグの色は血のように赤くテラテラと挑発的に光っていた」という文では読者に及ぼす効果が違います。

まずは三人称について考えてみます。三人称で前者の場合、まず読者の頭の中に「血」が思い浮かびます。不吉な不穏なイメージです。女のもっているバッグの描写だということはしばらく読まないと気づかないので「エナメルバッグを持った女」という言葉にたどりつくまでは、不穏なイメージを抱き続けるわけです。

後者の場合、女は普通の人として読者の頭の中に現れます。でもそのあとに、イメージが塗り替えられていくのです。少しずつ不穏な気分にさせていきます。

一人称の場合は事情が違います。言葉の並びは主人公が気付いた順番を表しています。前者の場合、まずは赤いバッグに目を奪われ不穏な気持ちになって女を警戒していることがわかります。後者の場合、最初は女のことを警戒していないのに、バッグに気づいて不穏な気分になっていくのです。前者の方は最初から悪意や憎しみをもっているのかもしれませんね。後者のほうがちょっと冷静ですが、女に対して好意的ではないのはどちらでも同じです。

この例でわかるように、一人称の場合は、その人物になりきって、その場面をありありと想像し、その人物が感じたことを感じた順番に書いていくとよいでしょう。森を描写するとしたら、何から書きますか? 主人公が考え事をしていてうつむいて歩いてるとすれば、まずは木々に日差しが遮られているひんやりとした空気に気づくかもしれません。ひんやりとしたことに気づいて、そのあとにようやく「ここは森だ」と思うかもしれません。もしくは、都会に疲れて森に遊びに来た主人公なら、鳥の声やこもれびの美しさ、匂い、踏みしめる土のやわらかさまで丹念に描写してもいいかもしれません。そうすることで主人公の感動が伝わってきます。

文章描写についてもやはり、プロの作家の小説を読むと大変参考になります。小説の出だしは何から始まってるか、何を描写して何を描写していないか。どんなふうな文で綴っているのか。学ぶことは山ほどあります。

よく文章の上達方法として作家の文章をそのまま写す方法がありますが(俗にいう「写経」です)、もう一歩すすめたこんな方法をお勧めします。

まず何かを表しているシーンを1つ選びます。夫が夜中に走って返ってきて部屋に駆け込んで家のタンスを漁るシーンとか(『ヴィヨンの妻』太宰治)、子猫である主人公が人間に拾われて人間の顔を初めて見るシーンとか(『吾輩は猫である』夏目漱石)なんでもいいのです。アクションシーンなどもいいかもしれません。選んだら、まずは作家の文を見ずに自分で書いてみます。一度読んだはずなので書けそうなものですが、ちょっとした動作でも文章で表すのはなかなか難しいとわかります。自分で書けたら、改めて作家の文章を見てみましょう。

そうすると、ただの読者として読んでいたときには気づかなかった小説家の「技」に気づくことができるはずです。写すだけでは感心して終わりですが、一度自分でやってみることで能動的に学ぶことができるのです。自分がうまく書けなかったところを作家がどう書いているか、文と文の飛距離はどうなっているか、など見比べてみてください。これを続けていくと、プロの文章がどんなふうに書かれているかを分析する目の解像度が上がります。それは自分の文章を推敲するときに役立ちます。読むレベルが上がらないと推敲時に悪い文章に気づくことができません。悪い文章に気づくことができなければ、直すことはできないのです。

学校のようなところに通っていれば先生が、プロの作家なら編集者が、悪い文章を指摘してくれることもありますが、学校はいつか卒業するものですし、プロの作家なら赤だらけの原稿を書いていると仕事はなくなります。

小説を読んで挑戦してみたい描写を見つけたら、ぜひ試してみてください。

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寒竹泉美

京都在住の小説家です。医学(博士)です。理系ライターもやっています。

小説の書き方の教科書のようなもの

小説を書いてみたいけれど、どうしたらいいかわからないという人のためのヒントになれば幸いです。有料マガジンにしようかなと思ったけれど、たくさんの人に読んでもらいたいので無料にしておきます。 もし興味が湧いたら、わたしの作品の方も読んでくれたら嬉しいです。
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