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【掌編小説】都会ウサギと四葉のクローバー

 ウサギが都会で生きるコツは、第一に食べ物の好き嫌いをしないこと。しなびた大根の葉っぱだろうが、歯ごたえのない味つきキャベツだろうが、フライドポテトだろうが、雑草だろうが、ぜいたくを言わずに何でも食べなくてはいけない。
 オレは野良歴四年、大ベテランの都会ウサギだ。捨てられる前はペットとして飼われていたのか、食用だったのか分からない。物心ついたときから都会で一匹で生きてきた。小さいときは、カラスにおそわれそうになったり、猫に食われそうになったりしたこともあったが、体が大きくなってからは、もう誰もオレを傷つけることはできなくなった。車に引かれないコツもおぼえた。犬だけは怖かったが、首から伸びているひもの長さをみきわめれば、ほえられるだけで害はない。
 オレの友達は、耳の短い小さなネズミや、二本足で歩くハトやスズメ、上空を飛び回るキザなツバメだ。ウサギはいない。情報通のネズミが教えてくれたことによると、ウサギというのは都会には住んでいなくて、たいてい野原にいるらしい。野原というところは、やわらかな土というものにおおわれていて、そこからにょきにょきとしんせんな草がいっぱい生えている天国のようなところらしい。
 ああ、地面から食い物! 想像しただけで、オレの鼻はひくひく動く。人間の食い残しじゃなくて、とれたての緑の葉っぱ!
 そのとき、本当に葉っぱのいい匂いがした。オレは鼻を動かし、辺りを探し回った。すると、道に一枚だけ葉っぱが落ちていた。しかも大好物のクローバーだった。
「それ、四葉だね」
 声が聞こえたほうを見上げると、二階の窓に黒い猫が寝そべっていた。オレは、いっしゅん身構えたが、猫はオレには興味がなさそうだった。つやつやとした毛で、でっぷりと太っている。食べ物にも遊び道具にも不自由してないのだろう。でも、だからといって、まるきり無視して怒らせたらどうなるかわかったものじゃない。
 オレは、クローバーをくわえると、顔を上にあげて猫に向かってよく見せてやった。
「ほらやっぱり。それ、葉っぱが四つあるだろ? ふつうは三つなんだ」
 猫はしっぽをぱたぱたしながら言った。
「葉っぱが四つあるのを見つけると人間はよろこぶんだよ。幸運のしるしだとか何とか言って」
 確かに葉が四つあった。いつもより一枚よぶんに食べられるのはラッキーだ。だが、人間が喜ぶかどうかは、オレにはまったく関係ない。
「食べるのか?」
 猫がきいた。当たり前だ。オレがうなずくと、猫がにやにやしながら見下ろしている。
「食べると腹は満ちるけど心は満ちない。人間にやれば腹は満ちないけど心は満ちる」
 なぞかけのようなことを言う。一体どういうことだろう。腹が満ちることは大事だ。だが、心という何だか得体の知れないものが満ちたところで、何のとくがあるんだろう。
「心が満ちると、ふわっとするんだ。いいものが体いっぱいに広がって、気持ちが大きくなるんだぜ」
 そう言い残すと、猫は伸び上がり、鈴を鳴らしながら部屋の中へ消えていった。
 オレは四葉のクローバーをまじまじと見る。飼い猫のたわごとなんていちいち聞いてられるか、と思ったが、食べるのはやめた。四葉をくわえて、ぴょんぴょんと走っていく。歯に茎があたって、汁がわずかに口の中に広がった。青い甘い野原の味。鼻の先には、いいにおいの丸い葉っぱがゆれている。よだれが出たが、それでもオレは、食べずにがまんした。
 やがて、小さな小さな路地の小さなドアの前にたどりついた。そこはカフェだった。ときどきオレに店の残り物をくれる優しい女の子が、一人でお店をやっている。ドアのガラス越しに中が見える。こうやって見るとき、彼女はいつも笑っている。でも、お客さんがいなくなると、彼女は悲しそうにためいきをつくのをオレは知っていた。
 中から足音が聞こえてきた。オレはいつものように姿勢をただすと、四葉のクローバーがよく見えるように顔を上げて、わくわくしながら女の子が出てくるのをまった。

(おわり)

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