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はじめに

某所の仕事で小説の書き方の教科書のようなものを書く必要があるのですが、腰が重くてなかなかとりかかれなかったので、こうやって公開して連載してモチベーションを高めようという最終手段に出ました(掲載先の許可もらってます)。
完成後は、有料記事として公開しようかなと思っています。500~1000円くらい? 結構お得なのではないかなと思います。
それでも高いという人は、連載中は無料公開しておきますので、期間限定の推敲前のものですが、ぜひご覧ください。リアルタイムの初稿なのであとで変わる可能性が大いにあります。それでもよければ、ぜひ。9月末までには何とか完成したいので、そこまでの期間限定になるかなと思います。

【追記 2019/10/24】やっぱり有料にするのをやめて、無料のままにすることにしました。もし面白かったら、わたしのほかの小説作品も読んでくれたら嬉しいです。noteには無料のものも置いています。

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 はじめに、前提をいきなりひっくり返すようですが、小説の書き方の教科書などこの世に存在しないよなあ……と、わたしは考えています。わたし自身も教科書のようなものから小説を学んだわけでも、誰かに教えてもらったわけでもありません。強いて言えば、心酔した小説作品の数々がわたしの師匠かもしれません。でもその師匠たちは書き方を教えてくれるわけではありませんでした。


 わたしが物語を初めて書いたのは幼稚園のときです。『こんなどうぶつうそほんと⁈』(ビル・ピート著、山下明生訳、佼成出版社)という架空のへんてこな動物たちが紹介されている絵本がお気に入りで、絵本にはない新たな動物を自分で考えて同じような形式で勝手に続きを書きました。


 小学生のときには、ノートに漫画を書いてクラスメイトに見せていました。小説らしきものを書いたのは小学校5年生のとき。生き残りのニホンオオカミの子どもがシカの群れに育てられる話を書いていました。


 さて、何が言いたいかというと、わたしは早くから書いているから偉いと自慢したいわけではなく(活躍している作家さんを見たら早くから書き始めたかどうかは関係なさそうです)、物語をつむいだり、文章で表したりすることは誰にも教えられなくても自然にできるのではないかなと思うのです。特に子どもの頃は、それを素直に表すことができます。しかし、大人になるとできなくなるのです。なぜでしょう。きっと、大人になるにつれて嘘をつくことはダメだと教えられますが、そのときにうっかりフィクションの物語にも嘘のレッテルが貼られて、フィクションの物語をつむぐのは大人として駄目なもの、くだらないもの、恥ずかしいものとして分類されてしまうのではないでしょうか。嘘とフィクションの物語をつむぐことは全然違うのに。


 わたしはそれに抗ってフィクションの物語をつむぐことをやめずに大人になったひとりですが、ずっとそれをやり続けて確信したことがあります。それは、物語をつむぎ、それを人に伝える形に変換する力が、案外役に立つということです。自分のためにも、人のためにも、もしかしたら世の中のためにも役に立つ力なのです。


 それに気づいて以来、わたしは物語をつむぎたいという人がいれば、その人の世界をうまく表せて、多くの人に伝わるような手助けができたらいいなと思うようになりました。ひとりひとり、心のなかにある物語は違います。そして物語をつむいで伝える力はその人を幸せにし、その物語を受け取った人をも幸せにします。わたし自身、小説を読むことと書くことに、何度も救われてきました。


「小説」や「物語」に恩返ししたい。この「教科書のようなもの」はそのモチベーションで書かれています。ほかの人がどんなふうに書いているのか、わたしにはわかりません。ただ、わたし自身がどのように書いているかを見直し、言語化して、体系的に書いてみようと思います。正確には教科書というより参考書と呼んだほうがいいかもしれません。ただうのみにするのではなく、この本を読んだあとはぜひ、実践し、自分のやり方とどう違うのかを比較してみてください。考え方のヒントにはなると思います。また、ほかの作家がどんなことを考えて書いているのか、エッセイや指南本や講演などでぜひ聞いてみてください。そして最後には、自分のやり方を見つけ出してください。


 このマガジンは、ただ受動的に何もかも一から教えてもらいたいと考えている人にとっては何の役にも立たないかもしれません。そもそも小説というのは、一から手取り足取り教えてできあがるものではありません。わたしがお伝えできるのは、小説とはどういうものかということと、どういう技術や考え方で小説の文章が成り立っているかを書き手の当事者の視点で解説することです。


 まったく書いたことがない人には、抽象的で漠然とした内容に思えることでしょう。ですが、きっと、自分の作品と格闘し悩み困ったときには、何かしらのヒントになるのではないかと思います。


 これを読んで難しいと感じたとしても、それが当然の反応です。わたしも未だに、小説を書くより難しいことはほかにないのではないかと考えています。頭ではわかっていても実際には全然できなくて、毎回うんうんうなっているのです。


 山登りやフルマラソンと同じで、小説を書くこと自体は苦しいものです。が、過程を乗り越えゴールに到達したときの喜びはひとしおです。難しさに対して全身全霊でぶつかって乗り越える過程に喜びがあります。しかもできがった作品は人に読んでもらうことができるのです。何人にも、何百人にも、何万人にも届く可能性があるのです。わくわくしませんか?
 それでは、「小説を書く」ツアーへ出発しましょう。少々体力と想像力が必要なので、自分のペースでごゆっくりどうぞ。

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