【短編小説】土のうつわ-2

 工房にこもっていると、誰にも会わずに一日が終わる。土を練り続けるだけの日々。もうずっと、自分の声を聞いていない。
 二年前、宇都宮のはずれに納屋付きの貸家という物件を見つけて借りた。土地勘も縁もない場所だったが、東京から車で三時間という距離が気に入って即決した。
 大家と交渉し、納屋を工房に改造させてもらった。電気窯の電源を引き込む工事をし、土を乾かすための棚や作業テーブルを自分で作り、椅子と蹴ろくろを持ち込んだ。照明を調節し、隙間風を防いで壁を補強した。古い納屋が、立派な工房に生まれ変わった。
 引っ越してからしばらくの間は、近所の人たちがかわるがわる工房を覗きに来た。彼らはみな、陶芸家の仕事に興味があって見学に来たのだと言うのだが、そのわりには、作業の内容を説明しても、上の空できょろきょろしている。そのうち、彼らの本当の目的は、近所に引っ越してきた陶芸家が、煙をまき散らしたり火事を出したりしないかということを、自分の目で確かめることだと分かった。そういうことなら、長々と説明する必要はなかった。工房の窯を見てもらえさえすれば、納得してもらえる。なぜなら、わたしの窯は、炎も煙も出さないからだ。
 巨大な冷蔵庫のような電気窯の扉を開け、電熱線が張りめぐらされた内部を覗きこむと、見物客はみな、拍子抜けしたような顔をした。このあたりに住む彼らにとって、陶芸といえば、益子焼だ。石で組んだ窯に薪をくべて、何日も火を焚いて作品を作るイメージが自然に浮かぶのだろう。薪窯には薪窯の良さがあるが、電気でしかできない表現もある。
 一か月もすると、見物客はひとりもいなくなった。安全を確認できたら興味は失せたのだ。それでようやくわたしは、ひとりで落ち着いて作業に没頭できるようになった。余計な関心など持たれたくない。わざわざ知る人のいない土地に越してきたのだから。嫌われず、好かれもせず、ひとりで生きていければそれでいい。
 手がオレンジ色に染まっている。顔を上げると、西日が窓から差して、工房の中を照らしていた。
 ろくろの上の、うつわになりそこなった形を引きはがして、台にたたきつける。再び土の塊に戻す。体重をかけて素早く練りあげる。今日はまだ納得できる形が現れていないのに、もう夕暮れだ。
 土の種類、水の配合、釉薬の調合率、焼成温度。うつわができるまでに関わる要素はたくさんあるけれど、形だけは、数値やデータでコントロールできない。同じ条件で土を練り上げて、同じようにろくろを回しても、説明できない何かがそこに宿らない限り、うつわは生まれない。形は、わたしの中には存在しない。外にある。土の中にある。蹴ろくろを土の息遣いに合わせて回し、指を純粋にする。土の声に耳をすませる。自ら生まれるのをひたすら待つ。
 その瞬間は、突然訪れる。土と指の呼吸が、ぴたりと重なり合い、耳が聞こえなくなる。澄んだものが体を支配し、わたしの輪郭が消滅する。土が命を持ち、立ち上がる。伸びやかに呼吸し、世界を侵食し、内に秘めていた力強い形を現し始める。
 指を離すと、目の前には、回転の余韻で投げやりに回るろくろと、その上で息づくひとつの形があった。少しずつ息を吐きながら、ろくろを蹴って回転させる。糸を両手で持って目の前で張ると、形に近づける。高台から、うつわの形を切り出して、作業台にそっと置く。
 あたりは暗くなっていた。その薄闇の中で、生まれたばかりのうつわは、ほのかに白く光って見えた。

(3へつづく)

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