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あれから、これから。

 2017年3月11日の日記より

 なんだか足から血が出るまで歩きたくなって、甲州街道をひたすら新宿を目指して歩いてきた。いくつものラーメン屋の誘惑と戦い、おもしろそうな店をたくさん見つけたり、普段は車で流すだけの道を歩くのは楽しいものだ。

 

 新宿はすぐそこ、『新宿店』を名乗る小売店が幾つか目に入って来たころ、ちょうど首都高の高架の柱に、「ポスターのようなもの」が貼ってあるのをみつけた。

 街中のポスターというと、政党ものか、探偵やら地球一周みたいな怪しい広告がほとんどで、あえて立ち止まって見るということはしたことがなかったが、この、「ポスターのようなもの」はコントラストのつよいモノトーンの写真で、ビルの屋上、あるいはベランダにて防護服に身を包んだ人物が、のたうちまわる少女を抱えているという構図だった。ある種のストリートアートだろうか。

 なぜ、立ち止まったのがわたしだけなのかが不思議なくらいに、惹きつけられるなにかを感じた。

 

 下部に「2/59 dope」とだけ記されている。dopeというのはアメリカのスラングで、日本で言うところの「ヤバい」に近い存在だ。ネガティブにもポジティブにもとれるこのあいまいな「ことば」は、より一層の謎を掻き立てる。そして2/59。新宿近辺に59枚存在するのか、それとも日本中か、あるいは世界にか、ハッタリなのか。

 

 

 この「ポスターのようなもの」にある唯一の文字情報は、けっしてわたしに「答え」は渡さないのだ。

わたしたちの暮らすいま、「答え」が見つからない、なんてことはほとんどないと言っていい。検索バーに探したいものの欠片を打ち込めば、膨大なネットワークから、即座に「答え」に行き着くことができる時代だ。そんな世の中だからこそ、提示された謎を徹底して考え抜きたい。

 

 この人物の服装、どうしても、というか確信犯的に、「フクシマ」を思い起こさせます。防護服が必要な世界は、あの時を境にして、けっしてポストアポカリプスものだけではなくて、より近く、現実世界に存在している。  

 とはいっても、放射能と放射線のちがいもわからないで、なんとなくアタマの片隅にはあるけれど、というのが大衆の意見だろうし、「あるとき」まで、わたしはまさにそういう状態だった。

「あるとき」というのは、『東海村JCO臨界事故』を知ったときだ。国内で初めて自己被爆での死者が発生した事故で、わたしはその被害者の経過写真を目にしたとき、ある種sfの世界であった「被爆」のおそろしさを感じられた。むかしなんとなく集会か何かで見せられた、行政が専門家を招致した、「フクシマ」についての会議の資料映像での、冷静さを欠いた専門家の様子が、とつぜんにわたしにとっての「現実」の一部になって、「フクシマ」に直接的な関連はなくとも、フザケたtvの震災特集よりもはっきりと、「事実」を提示した。

 良くも悪くも、「これから」と言われるようになった。この「ポスターのようなもの」は、「これから」を思い描いて作られたのでしょうか。わたしは、震災と切り離すことのできない「フクシマ」を、「これから」にしてはいけないと思う。この露骨なアートは、わたしにとって強烈な一撃だった。


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doukin

酒とバラの日々を気取っても、実情は半ば世捨て人。白黒映画の彼にあこがれ、タイプライター代わりのキーボードに向かう。
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