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chpater5-7:花火の中の決意


時間も結構使ったので、集合予定の花火がみえる下流の西浜橋の方へとオレ達はなんとなく進み始めた。五十鈴は両手でテディベアを抱きかかえるようにして持っている。その横顔はとても嬉しそうだった。それに対してシルヴィは、自分が射撃で取れなかった景品だからか、少し悔しそうにしてそれを見つめていた。
「それにしても会長、凄かったな」
オレが五十鈴に話しかけると
「本当ですね。まさかぬいぐるみを取っていただけるとは思いもしなかったです」
そう言って、改めてテディベアを抱きかかえた。その姿にオレはつい想いを言葉にしていた。
「……なんか、よかった」
「えっ?」
「あ、いや。五十鈴、ヴィーナスエースの決勝戦終わってから、何か元気ない瞬間あった気がしたから、大丈夫かなって思ってたんだけど、今日は凄く元気そうで」
そう言うと、五十鈴は少し困ったような、申し訳なさそうな表情に変わる。
「……ごめんなさい、先輩。私、何か心配させてたみたいで……でも、何もないんですホントに。ごめんなさい」
何度も謝るので、逆にその言葉を言わせたことが申し訳なくてこちらも謝る。そんなオレたちのやりとりを見て大きなため息をついたのは少し先を行くシルヴィだった。
「五十鈴、謝ってばっかりじゃよく分からないわ。ヴィーナスエースの決勝以降、確かにちょっと態度が変なのは私も薄々感じてた。何かあったんじゃないの?」
親友のその言葉に、五十鈴は俯いたまま次の言葉が出なくなってしまった。無理に聞き出しても、きっと彼女は本音の所は話してくれないだろう。今日だって周囲の人に気を使いすぎている印象だ。自分の言葉より、他人の言葉を優先している、五十鈴にはそんな時があるように思う。
オレは少しだけ趣旨をずらした質問をする。
「ヴィーナスエース、楽しくなかったのか?」
「いえ! そんな事は……最高の試合でした!」
オレのその問いにはすぐに反応した。好きなものについては嘘はつけない性格を利用させてもらった。
「あんな近くで憧れの舞台を観れて本当に最高で……あの試合をみて日向選手に聞いてみたい事も沢山出てきましたし……」
「……あ、乙羽に質問の回答、もらったよ」
「ホントですか! ぜひ見たいです!」
「だったらさ、本人に直接聞いてみなよ」
「へ?」
オレはそういうと未知の少し先に立つ少女を指さした。人混みの中、まさかこんな所に乙羽がいるとはだれも思わないだろう。キャップにマスクをしたややボーイッシュな格好の乙羽がそこに待っていた。右手に抱えるようにしてエアロボードを持っている。駅からここまであれを使ってきたのだろうか。端末にさっき連絡が来ていたので、下流の方で待っていてくれとお願いしていたのだ。
「な、ななな……えっ、おと……むぐっ!」
五十鈴が名前を叫びだしそうになった所で、その口をシルヴィが両手でふさいだ。
「五十鈴、ストップ。周囲がパニックになるわ」
「……! そっか、ごめんシルヴィ」
「まぁ仕方ないわよ、こんなサプライズされちゃあね」
乙羽はゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「つーばさ! 今日はお祭りに招待してくれてありがとう」
「いや、こちらこそ。来てくれてありがとな」
「いえいえ。そしてこの子が五十鈴ちゃん、だよね? この前の練習試合で、翼のサポートしてた後輩の女の子。見覚えあるよ」
乙羽は車いすに座っている五十鈴の視線に合わせるようにやや前かがみで挨拶する。
「あ、あの……初めまして。天原五十鈴です。神谷野先輩には大変お世話になっておりまして……」
「フフッ、こちらこそ。幼馴染が大変お世話になっております」
五十鈴の緊張を解くかのように、乙羽は人懐っこい笑顔を五十鈴に向けた。その笑顔に少しだけ五十鈴もほだされたように感じた。

河川敷の下流、やや開けた場所には多くの人が集まっていた。ここから海沿いで展開される花火を見る事も十分可能なため、屋台やイベントごとも多いこの辺りで見ようという人たちが多くいるのだ。集合場所の西浜橋が視界に入るあたりの芝生の斜面でオレ達は立ち止まった。乙羽は手に持っていたエアロボードを起動させる。ふわりと宙に浮かんだそれに座ると、五十鈴と話し始めた。
「それで、五十鈴ちゃんから色々貰ってた質問だけど、1つずつ回答しようか」
「は、はい! ありがとうございます」
その質問内容は、対戦中の視点や思考にまつわるエトセトラ。エースマニアというよりは、実際の戦闘に相当造詣が深くないと出てこないような、状況に対する対応策が大半を占めていた。戦略・戦術を勉強してきた中でそういった視点にも興味がでてきたのかもしれないし、元々そういう風にエースを見ていた子なのかもしれない。彼女の質問に乙羽は丁寧に一つずつ答えてくれる。徐々にヒートアップしていく会話に、オレとシルヴィはついていく気がせず、目が合うと互いに苦笑いをしながら肩をすくめた。

――そうしてしばらく待っていると、ようやく五十鈴の質問事項がすべて解決された。

それとほぼ同時だったろうか。端末に輝夜先輩から連絡が来る。
「どうしたんですか、先輩? バイトは終わったんですか?」
「あ、お疲れ様! 終わってもうお祭りには到着してるんだけど、今どこにいる?」
「河川敷下流の、西浜橋のあたりなんですけど」
「お、ビンゴ! ねぇ翼! ちょっとその西浜橋の橋脚下のあたり、見えるか分からないけど来てくれないかな?」
「え? 今ですか?」
「今すぐ! お願い!」
橋脚の下……? そう思ってみてみると、何やら人が数名集まっている。
「ごめんシルヴィ、乙羽、五十鈴。ちょっと輝夜先輩に呼ばれてさ。あの橋脚の下あたりに来てるみたいなんで、ちょっと行ってきても大丈夫?」
そう聞くと、3人ともどうぞ、という感じで軽くうなずく。それを確認した後、オレは橋脚下へと少し早足で向かった。


 * * * *


――不思議な感覚だった。

小さな頃からの憧れ、ヴィーナスエースで頂点に立つヒロインが目の前にいる。メディアの向こう側の人のはずなのに、彼女は当たり前のように私の隣に立って、たくさんの話を聴いてくれて、たくさんの話をしてくれた。こんな幸せな事があるものなのか。目を閉じて開いたら終わっている夢なんじゃないか。そんな風にも感じられた。
「どうしたの五十鈴ちゃん?」
「あ、いえ……なんか夢みたいで」
「あはは、そんな風に思ってくれるんだ。自分では実感ないけど」
そう言って女王・日向乙羽は苦笑いを浮かべた。決して偉ぶるでもなく、得意げでもなく。ただエースの話になるととても真剣で、楽しそうに話をしてくれる。神谷野先輩も憧れの人ではあったけど、やっぱりライダーの人は特別だ。ヒーローでヒロイン、カッコよくて可愛い。私の永遠の憧れだった。
「でも、あれだね。五十鈴ちゃんの視点って、エースが好きっていうよりも、やっぱりエースがしたい人の視点だよね?」
「そうですか?」
「もちろん、今部活を頑張ってるってのはあると思うけど、自分自身があの場所に立つイメージがないとできない質問ばかりだよ。そういう憧れがあるんじゃない?」
そう言われて、ドキッとする。
「そうですね……小さな頃からの、憧れです。もちろん日向さんも」
「ありがとう。私も小さな頃に試合見て憧れたんだ。同じだね?」
「はい。でも私は飛べる体じゃなかったから、見てるだけで……」
「飛べる体? その足のことかな?」
「はい、これで無理したら周りを心配させちゃうだろうし……それにそもそも私には全然そういう才能ないですし……」
「……才能かぁ……」
女王はそう言うと、星がいくつかキラキラと輝き始めた夜空を見上げた。
「私も別に才能なんてあると思ってなかったよ。もちろん今、才能がないなんて言ったらみんなに怒られるから、ないなんて言わないけどさ」
「そう、なんですか?」
「うん。ヴィーナスエースの試合を翼に見せてもらって、カッコいいなぁって憧れて。そしたら翼がエアロボードを作ってくれて……気が付いたら今ココって感じ?」
話しながら、彼女は今座っているエアロボードを指し示すかのように左手を添えた。それが神谷野先輩が作ったボードなのかな?
「私がやってみたい、って言ったら、それを真剣に聞いてくれる友達がいたってだけ。もちろん沢山努力もしたし、きっと結果として才能もあったんだろうけど。最初からできるとかできそうだなんて思ってたわけじゃないよ」
そこまで言うと、改めて彼女は私の方へと向き直った。
「全部が上手くいくなんてそんな事思っていないけどさ。言葉にしたら変わる事も沢山あるって、私は思うよ。これまでもそうだったし、きっとこれからもそう。失敗しちゃった事、後悔してる事も沢山あるけど、今それも取り返したいなって頑張ってる所だし。諦めたくないの、なにもかも」
きっとそれは神谷野先輩の事だ、とすぐにわかる。橋脚の方へと向かっていった彼をずっと見つめている視線が、メディアの先で見る女王の彼女ではなく、ただの普通の女の子だったから。先輩にその事を言ってあげた方がいいのかな。それとも、やっぱり2人の事だからそれぞれが思ったタイミングがベストなのかも。私にはそのあたり、分からないな。人を好きになった事ないし。
私がこれまで好きになったのは多分、エースという世界だけ。
「ワガママなんですね、日向さんは」
「覚えておいて、五十鈴ちゃん。女の子はね、わがままなくらいの方がかわいいのよ」
そう言って笑う女王は、エースの選手とか、そういうのは関係なく、ただあまりにも魅力的な女の子だった。こんな人になりたいなぁ、と思った。

――と、周囲で歓声が上がる。

花火が始まったのかな? と思ったけどどうやら違うみたい。随分と暗くなった夜空に、光の線が打ちあがっていた。あれは……
「あー! ズルい!」
と、先ほどまで笑顔で話をしてくれていた日向さんは立ちあがるとその光に向かって叫ぶ。
「ごめん五十鈴ちゃん! ちょっと私も行ってきていいかな?」
「え? あ、はい、どうぞ……」
何がなんだかよく分かっていないけど、止める理由もないので、そう言うと、ごめんねともう一言追加してから、日向さんは橋脚の下の方へと走っていった。橋脚といえばさっき神谷野先輩が姫野先輩に呼び出されて向かった場所だったけど……そう思って、シルヴィの方に振り返ると、彼女も空を舞う光の線を目で追いかけていた。花火と違って、夜空に光が打ちあがっていくも、ある程度の高度から下がっていった後、今度は川の逆サイドの方へと移動して、また空へと打ちあがる。ちょうどアルファベットのUの字を描くように、河川敷を跨ぎながらそれらは何度も何度も空へと大きく跳ね上がる。
「……もしかしてこれって、エアロボードのトリックバトルじゃない?」
シルヴィがそんな事をいう。そういわれて気が付いた。これはエアロボードのトリックバトルだ。光の筋はエアロボードに取り付けられているGPDの排光、キラキラとそれらを巻き散らしながら、川を横断するように、2人のボーダーがトリックバトルを決めている。トリックバトルはシンプルに空中で様々なトリックをどれだけ正確にカッコよく入れられるかで競われるストリートカルチャーだ。ひねりを入れたり、ボードを掴んだり……様々なテクニックでポイントを稼いで戦う、というのが大会の基本。だけどこれは多分大会じゃなくて、お祭りのイベント的な奴なのでバトルというよりは、単にこの場を盛り上げているといった感じだ。
もう少し近くで見よう、というシルヴィの提案にのって、私たちはその景色に近づいてみる。周囲にはボードバトルに気がついた人たちで盛り上がりを見せていた。そのレベルは一方が段違いでうまかった。青い光を放つその人はデールターンやローリングライドなど、派手なトリックを次々と決めていく。高さ、トリックのキレ、どれをとっても一級品。凄いボーダーだった。長い黒髪ポニーテールを振り乱して飛ぶ様はとても美しかった。
「……ってあれ、姫野先輩じゃない?」
「え?」
そう、それは姫野先輩だった。
さっき神谷野先輩が呼ばれたのはボードの調整があったからだろうか。そう考えると全てが納得できた。河川敷でのボーダートリックバトルのエキシビジョン。そういうの先輩好きそうだしな。

ーーと、ここで想定外の事態が起こる。

さっきまで姫野先輩とバトルしていたボーダーが降りて、代わりに別のボーダーが入ってきた。キャップにマスクをしたボーイッシュなボーダー。

「……ウソでしょ?」

それは紛れもなく、先ほどまで一緒にいた日向さんその人だった。2人のエアロボードが交差するように夜空に煌めいてはまた水面へ、繰り返し繰り返し打ちあがっていく。彼女たちがトリックを決めるたびに大きな歓声が河川敷からあがる。もちろん今目の前にいるのがエアリアルソニックの選手だなんて気が付いている人は私たち以外にはいないだろう。だけど、単純にボーダーとしてのレベルが高い。才能、なんだろうか。エースとボードでは違いもあると思うけど、どちらも空を飛ぶという行為に対してあまりにも自由だった。

「凄いわね、あの2人」

シルヴィが私の横でそんな言葉をこぼす。彼女が凄いなんて言葉を使うんだ――という驚きも少しあった。
「ホントだね。いいなぁ……自由で」
私もそんな2人を見上げながら、そうつぶやいた。意識してというよりはなんとなく、そう、零れた言葉。シルヴィはその言葉を拾い上げる。
「五十鈴はずっと憧れてたんでしょ、エース」
「そうだよ。あんな風に……日向さんや姫野先輩みたいに、自由になりたいって思ってた」
思ってた。そう、昔はそう思ってた。
そんな私に、シルヴィは少しだけ言葉を溜めてから言う。
「……なればいいんじゃない?」
そう言われた瞬間、自分の中で感情が目まぐるしく動き回って、なぜか涙がにじみ出てきた。
「なんで、そんなこと……言うの?」
震えを何とか抑えながらそう言うのが精いっぱいだった。落ち着け、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。そうして、再び言葉を探す。
「無理だよ。歩けない自分が空を飛ぶなんて無理だって、知ってるから。そういうの言葉にしないようにしてきたの!」
最後は語気が強くなった。無意識に、別にシルヴィに対して怒っているわけじゃない。憤りのような何かが、自分の中であふれて止まらない。そんなやりとりをしている間も、姫野先輩と日向さんの空中ショーは続く。難度の高いトリックが決まるたびに、周囲から大きな歓声と拍手が飛ぶ。
その姿があまりに美しくて、どうしてだろう、私の涙が止まらなくなる。
「――でもね、シルヴィ」
「……なに?」
私の言葉に、シルヴィは常にフラットに声をかけてくれる。それが凄く嬉しかった。
「ヴィーナスエースの決勝戦見て、思っちゃったんだ。うらましいって。この夢の舞台に挑戦しようとしてる姫野先輩や、真心先輩が。ヘンだよね、私だって一緒にそこに向かって頑張ろうって、そう思ってるのに。神谷野先輩だって凄く良くしてくれて、絵美里さんもいつも可愛がってくれて。これ以上望むべくもないのにさ。何考えてるんだろ……最低だなって」
静かに聞いていたシルヴィが少しだけ屈むようにして、私と視線の高さを合わせてた。正面、そのままおでこがぶつかりそうな距離で、シルヴィはスッと左手を突き出すと、私のおでこを軽く小突いた。
「――っ?」
「あのね、そういうのちゃんと先輩たちに伝えてないでしょ?」
「そりゃ……そうだよ、こんなの私のワガママだし。みんなに心配かけてまでできるワケが……」
「バーカ!」
コツン、と再びオデコに小さな衝撃が走った。
「やりたい事があるなら、ちゃんと言葉にしなきゃダメよ」

――シルヴィはそういって、優しく微笑んだ。

三度、視界がぼやけた。シルヴィの顔が滲んで、私は右手で顔を拭う。
「……いいのかな? そんな事言っても」
「大丈夫かどうかは、あの人たちが教えてくれるわ」
シルヴィはそう言うと、夜空に煌めくボードへと視線を誘導した。

――やっぱり、素敵だな……私もあの場所へ、行ってみたい。


 * * * *


花火大会が行われる海岸線はあまりにも人が多いので、さっきまでボードバトルが行われていた西浜橋で集まって花火を見ようという事になった。別行動をしていた絵美里や真心も。そしてカメは橋の手すりにもたれかかると先ほどのボードバトルの写真と動画データを整理していた。そして先ほどまで空を舞っていた2人はというと……
「姫野先輩のあのテールターンは凄ったですね。あの時の銃身移動ってどうやってたんですか?」
「輝夜でいいよ、乙羽さん。いや、でも流石ヴィーナスだよね。ボードもうまいなんてびっくりだよ。私は中学まではエアロボードしかしてなくて、その時にストリートで習ったんだけど、あの体重移動はイメージ的にはかかとの方に一回倒してから……」
対戦すると仲良くなる少年マンガのライバルのように、2人でエアロボードの話に夢中になっていた。乙羽はエアロボードに関しては、空を飛ぶのが好きで使ってるくらいの印象もあったけど、流石に空を飛び慣れているというか、トリックのレベルが随分高レベルで驚いた。
そんなオレ達のすぐ横に、五十鈴とシルヴィがちょこんと並んでいる。そうして夜空に上がる花火を今か今かと待っていた。

「――あ!」

一番に声をあげたのは絵美里だった。夜空に光の線がのぼる、そして、宵闇に花が咲いた。
わぁ、と周囲からも歓声があがる。その声をかき消すように次々と花火が連続で上がっていった。先ほどまで薄暗かった景色と部員たちが赤・青・黄・緑、様々な色に染まる。先ほどのエアロボードの光とは違う、より鮮やかで刹那的な光は、どこか夏の終わりを感じさせる。そんなに花火大会を毎年見ているわけでもないのに、切ない気持ちがわき上がるのは日本人のDNAに何かしら刻まれた記憶か何かがあるんだろうか。視線の少し先では父親に肩車された女の子が空に手を伸ばしてはしゃいでいた。
「……あの」
花火の音にかき消されそうな、五十鈴のか細い声が隣から聞こえた。ちょうど花火の炸裂音が消えた一瞬だったので聞き取れたけど、もしかすると何度も同じように声をかけてくれていたのかもしれなかった。
「ごめん、花火で聞こえにくくて。どうかした?」
オレがそう聞くと、五十鈴は困ったような顔で口を閉じて黙り込む。
――と、その横にいたシルヴィが背中を押すように、車いすを一歩前へ。オレの方へと押し進めた。
「わっ……」
驚いたのは五十鈴だった。戸惑いの声を上げる。だがそんな五十鈴に、シルヴィは何も言わず、ただアイコンタクトのようにして、無言のまま何かを彼女に伝えようとしていた。2人がどんなことを考えているのかはわからないけど、それで五十鈴の決意は固まったらしい。改めてオレや絵美里たちがいる方に向き直ると、
「すみません先輩方。聞いてほしい事があります」
そう、話を切りだした。それまで夜空の花火を見上げていたみんなも、その声に五十鈴の方へと視線を向ける。
「……ごめんなさい、私。沢山よくしてもらったり、オペレートの事教えてもらったり。凄く嬉しかったです。だけど……」
五十鈴は泣きそうな声で、何か気持ちを絞り出すかのように、言葉を紡ぐ。
「だけど私、やっぱり空を飛ぶ憧れが捨てられなくて。オペレーターじゃなくて、本当はずっとライダーになりたかったんです!! だからその……でも、私こんなだし、無茶苦茶言ってるのは自分でもわかってるんですけど……その……」
五十鈴の声が少しずつ小さくなっていく。そうして徐々に彼女の声は花火の音にかき消されていく。

――そうか、そうだったんだ。

俯いた彼女を見つめながら、昔見た小学生の頃の乙羽の姿を思い出していた。
その話を聞いていた絵美里が、何かを思案するように顎に手を当てながら口を開く。
「――ねぇ翼、どうしたらいいと思う?」
「そうだな……役割をどうするかだよね。近接のファイターは輝夜先輩と真心ですでに2枚あるから、できれば違う役割を持たせたいし……」
そう言うと、話を聞いていた乙羽が
「うちの学校だと、かりんのスターゲイトの役割とか、演算支援タイプはオペレーター経験者ならピッタリじゃない? 空間把握能力もいるし」
「なるほど……って、乙羽が一緒に考えてくれるのかよ?」
「え、ダメ?」
「ダメじゃないけど……でも確かにそうだな、演算支援は向いてるかも。それに対戦管理系の補助兵装とかコントロール上手そうだし……」
そんな話をキッカケを作った五十鈴本人は目を丸く、あっけにとられたような顔で見ていた。
「……あの、神谷野先輩?」
「ん、どうした? 何か提案があるのか?」
「いえ。そうじゃなくて……本当にいいんですか? 私なんかがライダーしても……」
「え?」
「なんで反対しないんですか?」
「は? なんでって……」
「だって! だって私、上手く動けるかわからないし、ここまでオペレーターとして合宿とかも沢山指導してもらったのに、そういうの全部無視して、ただ私がライダーをやりたいからって……」
沢山の思いと気遣いと。五十鈴から零れだす言葉に、真心や絵美里もオレも、そしてゲストであった乙羽も笑顔になっていた。その問いにきっと誰が答えてもよかったんだろうけど、言葉にしたのは輝夜先輩だった。
「ここはみんなの夢が集まる場所、だからさ。五十鈴の夢も叶わなきゃ。一緒に頑張ろう、私も色々考えるから」
輝夜先輩はそう言って、気持ちを落ち着かせるように五十鈴の頭を撫でた。だが、その瞬間に緊張の糸が切れたのか、五十鈴の両目からは大粒の涙があふれて止まらなかった。
「ぐす……すみ、ません……ホント、あの……ありが、とう……うわあああああああ」
そんな涙や泣き声は花火の炸裂音がかき消す。感情がとめどなく溢れた五十鈴のそばにずっといたシルヴィは五十鈴の手を握ると
「ほら、話してよかったじゃない?」
泣き腫らした五十鈴の目は少し赤くなっていた。そんな五十鈴に、乙羽は近づいて
「……次の大会、戦えるの楽しみにしてる」
そう言って彼女の肩をポンポンと2度叩いた。
「――! はい、同じ場所に立てるように精一杯頑張ります!」
五十鈴の言葉に、乙羽は満面の笑みで答えてみせた。


 * * * *


――夏休みも終盤になった。

全面は難しかったので、グラウンドの一角を借りて、エアリアルソニックのフィールドを構築する。今日はVRではなく実機で試す必要があった。
「五十鈴、違和感はない?」
「いえ、大丈夫だと思います」
「じゃあとりあえず起動させたら、1メートルくらいの所で静止してもらってもいい?」
「はい、わかりました!」
彼女の決意を聞いた日から1週間かけて、桜山学園の既存のフレームの1つを、五十鈴のために大改造した。もちろん足にハンデを抱えている彼女は脚部のセンサーや動作を行う手段がない。そのため脚部の存在しない、要塞型のような独特のフレームを構築する事になった。もちろん輝夜先輩や真心のシステムは流用できないし、動きに関して不利な面をサポートするための補助システムやAIを組み立てる必要もあった。それらをオレと五十鈴、2人であーでもないこーでもないと悩みながら、なんとか書き上げて今日に至る。

――ブワン

脚部がなく、やじろべえのようなシルエットの新フレームは、起動と共に砂煙を上げて宙に浮きあがる。
「どうだ、五十鈴。問題ないか?」
外からインカムで五十鈴に問いかける。しかし返事がない。
「――五十鈴? どうかしたか?」
もう一度問いかけると、少し震えた声がヘッドセットに帰ってきた。
「先輩、私飛んでます?」
「……ハハッ、そうだね」
「先輩! 私飛べてますよね!」
「範囲はちょっと狭いけどさ、テストだから好きに飛んでみたら?」
そう言うと、さらに上昇したり、急降下したり、五十鈴は思うままに空を翔ける。機動力も十分、ライダーの思考を読んで行動をサポートするAIも十分に機能しているように思う。

――と、そんな事はさておき。

空を舞う五十鈴が楽しそうという事実だけで、オレや他のメンバーみんなは笑顔になる。こうしてバトルフィールド内での指揮やオペレートなどが可能な3人目のライダーが桜山学園に誕生した。彼女が実際にバトルでどんな活躍を見せてくれるようになるのか、それがとても楽しみだった。

chapter5-7(終)

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