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chapter5-2: 夏休みの合宿へ

期末試験の喧騒もどこへやら。気がつけば夏休みが目の前に迫ってきていた。テストが終わった学校はどこか長期休みへの期待に浮き足立っているようだった。
エアリアルソニック部も色々と問題はありつつも(主に真心の追試絡みだが)なんとか無事、夏休みへと突入できそうな様相でとりあえず一安心。午前中だけの短縮授業を終えて、オレは輝夜先輩と2人で湘南新宿ラインの電車に揺られていた。先輩は車窓を眺めながら、抑えきれない感情が笑顔としてこぼれている。それも仕方ない、オレ達が向かっている先は秋葉原、先日の練習試合での故障箇所の修理を終えたホーリーナイトを見に行くのだ。数日ぶりに自身の相棒と対面できる先輩はよほどうれしいのか、ずっとそわそわとしているようだった。

「でも本当によくフレームの修理ができたよね、部費もないのに」

不意に先輩がそんな話をしてくる。確かに大丸率いる乙羽との練習試合でホーリーナイトはシステム周りも含めて基幹の部分までもれなくボロボロになってしまっていた。それは敵からの被弾のダメージというよりは、先輩がスペックの限界を超えてフレームを動かした結果、自壊してしまったという印象だ。修繕はもちろんしないといけないけれども、その修理項目はもはや新品を買うくらいの内容になっていた。ちなみに真心のフレームであるコジローについては広範囲に被弾はあったものの常識の範囲内だったため、外装パーツの発注などで十分修理が可能だった。それとは対照的にホーリーナイトに至ってはもはや自分たちの手に負える範囲を超えていた。
部分補修と完全オーバーホール、2体のエアロフレームを抱えて、同好会で部費はゼロ。短期バイトでどうにかなるレベルを超えている金額に、目の前が真っ暗になった、のは一瞬で。そこに意外な助っ人が登場したのだ。

――それは先日の乙羽たちとの練習試合の様子を撮影した動画をネットにアップした”誰か”。

正直、それが誰なのかはわかっていない。撮影位置的にあの日校舎近くで見ていた学生の誰かであることは推察できるが、あの日いた生徒の数は相当数なのだ。そこから誰が動画を撮影してアップしたかなんて、多分本人が名乗り出てこない限り分からない。動画アップロード者のアカウントも明らかにそれだけ用の捨てアカだった。しかし、その”誰か”のおかげで起死回生、千載一遇のチャンスを得た。モテキというのはこういう事をいうのだろう。弱小で人数も足りない桜山学園エアリアルソニック部が日本中の注目を一気に集めている、そんな状態だった。

間も無く始まる夏のヴィーナスエースの優勝候補、再注目の選手が無名の学校と練習試合。しかも内容的には少なくとも素人目には互角に見える展開だ。あの白いフレームはなんだ? 桜山学園って? という話題が一気にネット上に拡散された。動画再生数は1日を待たず100万回再生を超えて、今もなお再生数は伸び続けている。その情報の拡散タイミングで、絵美里は支援の依頼をネットに発信した。同好会である事、今なお団体戦出場の人数が足りていない、予算もない事などをまとめてサイトに掲載し助けを求めたのだ。すると瞬く間に支援の申し出が上がっていく。お礼は写真画像程度の内容だったのだが、次々と支援金額が積み上がっていく。改めてエアリアルソニックの人気を感じた。直接的な金銭面での支援・募金の問い合わせなどは学校にも入ってきているらしく、教員や生徒会などが対応に追われているらしい。それらをどうするのかは同好会単位ではなく学校サイドに任せるとして、エアロフレームの修理については前回修繕をお願いしたアキバのファクトリーが直接オレ達に連絡をくれた。動画を見て興味を持ってくれたらしく、前回直してくれた縁もあって、今回の修繕を超特価で受けてくれる話になった。その代わり輝夜先輩とエアロフレームの写真をお店のPR用に撮影させてほしい、というバーターだが。しかし、一刻も早く修理をしたいオレ達にとってこの申し出は渡りに船、すぐに修理を依頼した。

――そして今日に至る。

「絵美里の機転だよな。動画のタイミングで情報を出したらこんなトントン拍子でうまくいくなんて」
「そうだね。でも藤沼さんだけじゃなくて、誰かが動画をアップしてくれたおかげでもあるけど。誰なんだろうね?」
「そもそも向こうの許可をとってるわけじゃないからホントはグレーだけど。頼んでも大丸サイドはOKくれなさそうな気がする」
「……うん、そうかも」
優勝候補筆頭のチームが、聞いたこともない学校と練習試合をする自体、ライバル校からしたら不思議だろうし、ましてやこんないい勝負をしていた、なんてなれば女王の沽券にかかわる。しかし関係者が公式に動画をアップしていない事に加えて、こういうバズっている動画の削除依頼を出すと逆に面白がってコピーが増える可能性もあるからか、特にDGT側から何か話はきていなかった。
どちらにしてもチャンスがやってきていた。部員も部費もない、そんな状況の打破へ向けて、このタイミングで少しでも次につながれば、と思っていた。

「これをキッカケに、メンバーはまだ足りてないけど先輩や真心、他校との練習試合とかが積極的に出来たらいいですね」
「うーん、そうだね。でも今は難しいかな?」
「え?」
「もうすぐ夏のヴィーナスエースだからさ。どこも練習試合どころじゃないよね」

それもそうか。
夏休みが始まる、それはつまり年に2度の、女王を決める戦いの始まりを意味している。参加する学校はもちろん、地方予選敗退で参加できなかった学校もこの時期はその熱量にくぎ付けになる。学校でエアリアルソニックをやっている学生たちは、どうしたって誰よりも熱狂的なエアリアルソニックのファンなのだ。そのカルマからは逃れられない。


* * * *


機体が戻ってきた事で、無事練習などが再開できる事になった。そして夏休みという自由度が高いこの期間に何をするのか、が議題に上がる。練習として、湘南のスタジアムで毎週末行われているエキシビションの試合に出る、という案。これは費用はかかるけど、間違いなく練習にはなる。強いて言えば2人しかいないので、ソロかタッグマッチにエントリーするのが普通だけど、あえてチーム戦に乗り込むか、といった所が思案のしどころだろう。他校への練習試合の申し込み、については夏のエアリアルソニックグランプリが終わるまでは難しそうだし、できればもう一人くらいは戦えるメンバーを増やしてからお願いしたい。そんなこんなで、夏休みの計画が迷走していたエアリアルソニック部。この状況を打破するのは当然輝夜先輩の一声だった。
「合宿しよう!」
明日から夏休みという日の放課後、キラキラした目で、先輩はそんなことを言った。
「合宿ですか? なんで?」
「え、だって楽しそうでしょ? 部活っぽいじゃん合宿って!」

――まぁ、そんな事だろうと思った。

他のメンバーの印象はどうだろうか、と思ってそれぞれの顔を見てみる。真心はニヤニヤと、わかりやすくワクワクしているのが見てとれた。部活らしい活動に憧れている点で、先輩と感覚がリンクしているんだろう。五十鈴はいつも通りニコニコとしている。さて、問題は絵美里だが、彼女はすでに画面に向き合って予算を考え始めているようだった。

ということで、採決をとったわけでもないが、満場一致で合宿案は採用された。普通は山や海など自然たっぷりなエリアに行くイメージがあるけど、そもそも海に面した桜山学園の合宿を海岸線がみえる素敵なエリアでやったとして、いつもの風景でしかなくだれもわくわくしない。じゃあ山に行ったとして、エアリアルソニックの練習になるのかは疑問しかなかった。という事で、行くなら東京だろうという話になった。専用スタジアムもあれば様々な最先端シミュレーション施設もある。当然エキシビジョンに参加するなど実戦練習も詰める。少し前までなら費用の問題があったが、それに関してはファンがこれだけいる現状なら問題ない。合宿の様子なども逐一アップしてさらにファンを増やそうという話になった。
残るは日程を決めるだけだったが、それについてはこちらの予想に反してエアリアルソニック部に届いた封筒によって決定されることになった。

「この封筒……DGT学園から? 何かしら?」
怪訝そうな顔をしている絵美里が手にしたのは、部活あてに届いたDGT学園からの封筒。糊付けされたその端を慎重に切り取ると、中からは数枚のチケットが出てきた。それは誰もが欲しがるだろう、ヴィーナスエース・大会関係者席チケットだった。DGT学園・高宮部長の名前でオレ宛ての手紙が同封されている。

「もしよかったらチームのメンバーと一緒に見に来て。関係者席だから、周りにDGT関係者とか色々といるかもしれないけど。ちなみにチケットの日程は、日向さんが決めたから。よろしくね」

高宮先輩からのサービス、というよりは宣戦布告のような何かだと感じた。それにまだ決勝まで行けると決まっているわけでもないのに、決勝戦の日程のチケットをよこしてくるとか、さすがは絶対王者だとも思う。まぁただ客観的に考えて、今のDGTに勝てるチームなんて想像できない。順当にいけばこの日程のカード、1枠はDGTだろう。

ちなみに全国大会はトーナメント方式で、北海道・東北・北関東A・B・南関東A・B・北陸・中部・近畿・阪神・中国・四国・九州の各地方予選を勝ち抜いた13校に加えて、前回王者、準優勝校、そして毎年選出されるチャレンジ校の3校を加えた系16校で行われる。16校(初戦)⇒8校(準々決勝)⇒4校(準決勝)⇒2校(決勝)という形だ。修繕の問題もあるため各試合のインターバルは3日以上設けられている。高宮先輩が渡してきたのは、その決勝ラウンドの関係者入場チケット。ヴィーナスエースに出場する16校の生徒は自身とその関係者を招待する権利を持っている。もちろん勝ち進めない可能性もあるのだけど、それでもヴィーナスエースに出場した時点で4日程すべてについて自分と自分の知り合いを招待できるという仕組みだ。一般チケットは正直高額で転売されるほどのチケットでなかなか手に入らない。そういう意味でもこの関係者チケットは人によっては喉から手が出るほど欲しいものだったりする。

もちろん現地で試合を観れるなんてファンでなくても一度は体験したいものだ。ましてやヲタクの揃ったこの部活メンバーならなおのこと。そんなわけで、決勝戦開催の日程に合わせて都内で合宿をしよう、という事で話がまとまった。スタジアムでの観戦に加えて、最新機器の並ぶ施設でのシミュレーション練習、エキシビジョンやアキバのパーツ店巡り、あとは都内観光。色々と詰め込んでいく。

「ってか、日帰りで行ける距離っちゃ距離やけど、泊りで行くん?」

不意に真心がそんな疑問をぶつけたが、すぐさま輝夜先輩はそれを否定する。
「せっかく一緒に部活をやってるんだよ。こんなイベントがある事も大事だって、少なくとも私は思う。もちろん予算次第だとは思うけど」
そう笑顔で答えた。ずっと部活に憧れていたのは先輩も、真心も同じだ。2人はお互いの顔を見るとその気持ちを言葉を交わすことなくリンクさせた。そして2人同時に絵美里の方を見る。
絵美里はニヤリと笑った。
「なに? 会計的に日帰りにしなくてもいいのかって事? 別に大丈夫よ、それくらい。どちらかというと練習試合とかで可能な限り練習用フレームやVRシミュレーションを使ってほしいって感じかな。あと動画配信はするから、そこはちゃんと参加する事!」
そういうと、2人は当然といった感じでグッと親指を立てた。こうして部としては初めてのイベント・夏合宿が決定した。日程は二週間後、8月の第2週。ヴィーナスエースの決勝ラウンドが行われる日曜日を挟んだ日程だ。

「合宿、決まっちゃったけど、五十鈴は大丈夫?」
不意にここまで無言だった後輩に声をかけてみた。するといつものくったくのない笑顔で
「はい!とても楽しみです」
と答えた。
よかった、いつも通りの五十鈴がそこにいた。先日感じた違和感は勘違いだったのかもしれない。後輩の天使のような笑顔につられてオレも笑っていた。そんな表層だけで安心してしまうオレがその奥にある彼女の本心など、気づくはずもなかった。
そんな合宿に向けて、1つ思いついた事があってオレは五十鈴に声をかける。

「そうだ、五十鈴」
「えっ、はい!」
「エースのAIプログラムは組める?」
「AIですか。やった事はないです」
「合宿までの課題って事で、戦略シミュレーションAI、作ってきてもらってもいい?」
「それは、プログラミングの練習って事ですか?」
「戦術の基礎みたいな。シミュレーション練習にもなるし、自分のサポートAIを用意すると、オペレートの手が足りないときに凄く便利だったりするんだよ。まだ合宿まで少し時間があるから、空き時間にでもちょっと挑戦してみてよ。合宿の時にそれを実機で戦わせよう」
「わかりました、やってみます!」

五十鈴らしい、マジメさしか感じられない返事を受け取りながら、同時に自分自身も輝夜先輩や真心と同じように、合宿に対して少しずつ楽しみな気持ちが膨らみつつあった。

chpater5-2(終)

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