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chapter6-2. デュボアという名の少女


――ブワン

桜山学園のグラウンド・校庭のど真ん中、足元の砂ぼこりを円形に巻き上げて、緑色の機体が宙に浮かぶ。脚部が大きなスカート状の装甲に包まれた機体。腕部はやや細身で鋭利な印象――全体的にシャープなデザインでまとめられている。ホーリーナイトやコジローとはコンセプトがまるで違う。近距離戦を想定していない、遠距離サポート型に相応しいデザインではある。特徴的なのは背面にあるリング状の装備。フラフープ、なんて表現したら怒られるかもしれないが、円線状のそれは背中部分に装着されている。そのポイントポイントで丸い球状のパーツが複数個取り付けられている。あれらが様々な情報を集める情報収集レーダー・ビットだ。遠隔操作が可能で攻撃機能もある事から、本体と複数のビットを連携させた360°オールレンジ攻撃も可能だ。もちろんそれをすべて操作・制御するだけの操作技術やプログラムが必要になるため、言葉にすると簡単だが実際は簡単な事ではない。五十鈴も相当練習したがまだ100%の運用には程遠い状態だ。

「五十鈴、状態はどう?」
「大丈夫です、先輩。行けます」

インカム越しに搭乗者・ライダーの五十鈴と会話をする。もちろんテストは何度もしてきたが実戦での運用は今回が初めてだ。慎重に、という事は2人の間で共有されている。5m程度の所まで飛び上がった五十鈴は、リング状の専用装備に取り付けられた複数のビットを一時的にパージしたり、戻したりを繰り返して、その動作感覚を確かめている。
そんな五十鈴に真心は嬉しそうに話しかけた。

「まぁウチにまかせて。ちゃんとサポートするから」
「真心先輩がサポートですか?」
「む? なんや五十鈴。そのお前みたいなバカがサポートなんてできるん? みたいな声は?」
「そ、そんな事言ってないです! 私の方がサポート機体なのにって」
「なんや。そういう話か。その辺は気持ちの問題! 多少トラブってもウチが守ったるって事!」
「……フフッ、分かりました。頼りにしてます」

2人の会話をインカム越しに聞きながら、絵美里も横でクスクスと笑っていた。ちょっと変わった人ばかり揃ってるけど、全体の雰囲気の良さはこのチームの武器だと感じる。

――五十鈴の機体は後方サポート寄りのセッティング。主にはシューターの補助に回る事が多い機体コンセプト。

ビットを用いたこのような索敵系の機体コンセプト・クラウドコントローラーとも言われる役割のファイターも決して目新しくはないが、では各チームに実装されているかというと数はさほどない。単に体を動かすとは違う、複数の操作系デバイスを使いこなすのは相当の練習量とセンスがいる事、そして攻撃手段があるといっても攻撃性能は他と比較すると低く、司令塔・後方支援がメインになるためライダーとしても面白くない所もあるだろうと思う。そんなこんなでチームの中で1人いるかそもそもいないかといったロールだ。しかし全国大会優勝のDGTのレギュラーにもこの索敵型がいるように、決して軽視できない存在でもある。一瞬で変わる状況の把握と索敵レーダーによる攻撃プランの確立、遠距離攻撃の精度上昇など、ピットからだけでは見えないリアルタイムの情報を各機に送り、場を支配する言わば現場指揮官だ。アクションだけで見れば地味に見えるかもしれないが、チームの中で最もリーダー的なポジションを担うといってもいい。

――様々な条件がある五十鈴に、これ以上ないほどベストな選択だったと今は思う。

ハンディキャップがあるために動きを重視したフレームは作れないという事情と、ここまでの練習試合で元々オペレーターとして非凡な才能を発揮していた事、さらにAIなどのプログラム技術があり自分で設計を変えられる。それらの点が繋がった結果がこのフレーム、必然だったとしか思えない流れで完成した。
そんな五十鈴の機体、ネーミングはまだない。これからだ、全部これから。そんな五十鈴にとって初めてのバトルの舞台は強豪校の鬼怒川。これは最高のステージだ。相手はレギュラーの3機、こちらの数ひ合わせてくれた形だ。逆に本番同様の設定を用意できなくて申し訳ない気持ちもあったが、レギュラーメンバー含めて多くの鬼怒川の生徒が桜山学園まで足を運んでくれていた。さらに鬼怒川サイドの雑誌取材だろうか、メディアの腕章を付けた大人の姿も見える。祝日の学校とは思えない、多くの人が中央グラウンドを取り囲んでいた。


 * * * *


練習試合は約2時間にも及んだ。フレームのセットや鬼怒川の参加メンバーを入れ替えながら、4試合。見学に来ていた桜山学園自動車部のメンバーにも早速だけど少し外装のセッティングを手伝ってもらった。これまではオレ一人とライダーとでやっていたので、随分と作業が速くて楽だった。そんな収穫もありながら、課題も数多く浮き彫りになる。どの試合でも五十鈴がうまく機能しなかった事だ。真心と輝夜先輩、2人の近接型フレームに対して、支援しようにもグラウンドは障害物も少なく戦略戦術に乏しいためやる事が少なくなった。加えて、やはり遠距離攻撃の際の索敵による位置補正などで最大の威力を発揮する五十鈴の機体は、このチーム状況ではなかなかその長所を活かしきれない。これは始まる前から分かっていた事ではあったのだが、実際に目にするとどうしても人材不足が悔やまれる。決して五十鈴の能力が悪いわけではなく、むしろ最初の戦闘にしては十分すぎるくらいの活躍を見せていた。

――練習後、鬼怒川のエースである3年・斎藤優利選手がオレに話しかけてくれた際にも五十鈴の能力を褒めてくれていた。

「索敵タイプのフレームに乗っていた、あの子が新人さんだったよね?」
栗色の前髪を右手人差し指で軽く耳にかけるようにして視界を確保する。肩にかかるかどうかといった長さのセンターわけのヘアスタイルに、えくぼがハッキリ両頬に出るその口角の上がった口元はとても可愛らしくみえる。練習後という事で、彼女を始め鬼怒川の生徒たちは青緑色の学校指定のジャージに着替えていた。
「そうですね、天原五十鈴って1年生です」
「そうそう五十鈴さん! 知ってるよ、動画で見てたからね。オペレーターからライダーに転向した1年生。ホント色んな紆余曲折があって面白いよねキミたちって。もちろんライバル校ではあるんだけどさ、動画見てて気が付いたら私も桜山のファンになっちゃったよ」
チームメイトからも学年を問わず優利、と呼ばれて気さくに話をしている様子からも、この人がきっといい人なんだろうことは見てとれた。
「鬼怒川みたいな強豪にライバル校って言ってもらえるほどの状態ではまだないですけど、ありがとうございます」
オレがそう言うと、いやいや! と言葉を遮るように
「キミたちは強いよ。お世辞じゃなくて、個の力で言えば十分に全国に通用するし、私たちだって勝てるかどうか……ただヴィーナスエースはチーム戦だからね。個の力ではないチームワークの部分で、負けない自信はもちろんあるよ」
斎藤選手はそういって、視線を輝夜先輩へと向けた。さっきまでの練習試合で斉藤優利が操るフレーム・ヴァルファーレは、タイプ的には高宮先輩のデュランダルと同じ中長距離汎用タイプのシューターだが、今回は輝夜先輩とのマッチングが多かった。もちろんチーム戦なので1VS1ではないが、その速さをなかなかハンドガンなどでは捉え切れていなかった。真心にしてもまだ縦軸に課題は残っているが水平方向での戦闘であれば、輝夜先輩に引けをとらない立ち回りが出来る。そういう意味では近距離・接近戦において確かに桜山学園は全国に通用する個の力を持っているといってもよかった。
「でもそれだけに惜しいよね、シューターがいない構成ってのは……」
「そうですね」
「フレームが持っているサポート能力は十分に活かせていなかった感じがあったしね。でもそれはチーム構成の問題で、彼女自身の問題ではないけど。1VS1になった時の独特の動き、凄かった……あれは何?」
「――企業秘密です」
斎藤さんの質問にそう答えると、残念と少しオーバーリアクションで身振りを付けて答える。彼女が五十鈴を評価してくれている事はよく分かった。
「五十鈴さんの装備とか位置取りを考えても、あれで中距離からの攻撃が想定される機体がいたら、それもケアしなきゃいけないから、より至近距離で戦うアタッカーの2人の攻撃力が際立つと思うし、そこにオペレーター気質の機体が位置取りや射撃サポートを加えてきたら、試合中視点をどこに向けたらいいかわからなくなると思う。私みたいなのが入ったらベストね。アハハ」
冗談と分かる言い回しと笑い声で、しかし鬼怒川の斎藤選手は桜山学園エアリアルソニック部をそう評価してくれた。冗談ではなく本当に彼女のような中距離タイプの選手がいてくれたら、戦術の幅が一気に拡がるので、引き抜きなんて事が出来るのなら引き抜きたいくらいだ。もちろんそんな事は無理なのだけど。
ひとしきり笑い終えたところで、斎藤さんは改めてオレに話しかける。
「それで、桜山学園にライダーの候補はいないんですか?」
「なかなか部員集めに苦労してて……学校の方針でそもそもうちだけじゃなくて部活自体が縮小傾向なんです」
「へぇ……そうか。大変だね、これだけ魅力的なメンバーがいたら、きっとあなたたちに興味を持つ人はいると思うけど……そっか」
斎藤選手は校舎の方へ振り向くと上空へと視線を上げていきながら、ふと思い出したようにして再びこちらへ視線を向ける。
「そういえば! 桜山学園、デュボア選手の妹がいるんじゃなかったっけ?」
「……デュボア?」
「ブロンシュ・デュボア。プロリーグで活躍してるでしょ。その妹がいるのって桜山じゃないの?」

――デュボア?

彼女は後者の方へきょろきょろと視線を泳がせながら、そのデュボアという名の少女を探すかように校舎を見つめた。そんな斎藤選手の背中にオレは声をかける。
「もちろんライダーのブロンシュは知ってるけど、彼女に妹がいるなんて知らなったな」
「ブロンシュと年が少し離れてるけど、中学まではエアリアルソニックやってたはずよ。ウチのコーチが都内の中学までデュボアの妹をスカウトに行ったって聞いててさ。去年の話だから今年1年生のはず」
中学にもエアリアルソニックを部活としている学校はもちろんある。オレや乙羽もそうやって中学時代活躍をした結果、DGTから声がかかったのだ。そういう風に有力な選手はヴィーナスエースで優勝を狙う高校から声がかかるのが常だ。有名選手の関係者であったり、鬼怒川からスカウトが向かうレベルであれば、中学時代にまったく接点がなかったわけじゃなさそうだけど、学園が違うから知らなかったのか。心当たりが全くなかった。
「でも結局彼女、中学3年時にエースを辞めたみたいでウチに来なくて。進学先は神奈川の桜山学園ってコーチから聞いてたから、てっきり動画を見るまでは、この部活に彼女がいるんだと思ってたんだ。なるほど、だから強いって話なのかなぁーって!」
鬼怒川の主力選手の話がただの噂話や与太話の類とは思えない。本当なんだろうか、エースの経験者が桜山学園にいるというのは。
「その子の名前って覚えてます?」
「確か……シルヴィ。シルヴィ・デュボアだったと思う」

――ん?

オレの周囲では、まだ部員たちの感想戦や観客となって取り囲んでいる学生たちの声が響いていた。

chapter 6-2 (終)

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