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chapter6-1. 生徒会長の憂鬱

長いようで、過ぎ去ってみれば一瞬だったともいえる夏休みが終わり、桜山学園も2学期を迎えた。休みの間はまばらだった学生の姿も、2学期が始まればいつも通り。クラスやグラウンドには沢山の制服が溢れていた。まだ夏服である半そでだが、あと1ヵ月もすれば徐々に冬服へと変化していく。
クラスではオレや絵美里に話しかけてくる人の数が相当増えた。エアリアルソニック部の注目度は、動画配信チャンネルを作って以降、指数関数的に増えている。この勢いで、部員が増えてくれたらいいのだけれど、とはいえ敷居が高いのか、生徒会の圧力を気にしてか、もしくは9月という時期が微妙過ぎるのか。複合的な理由だとは思うけど、なかなか新規部員は増えてはくれなかった。

ライダーは3人、オペレーターは1人。デザイナー1人の計5人。専属カメラマンを入れれば6人かな。

秋に入れば、冬のヴィーナスエースに向けて地方予選が始まる。そこまでに何とか戦える形にしたい、となるとなりふり構っていられない部分もある。オペレーターサイドやメカニックについては、既存の部活にサポートをお願いするという方法がないか、絵美里と少し話をしたりしていて、その辺は絵美里が色々と話をしてくれている。
そんな悩みなどは引き続きありながら、それでもライダー組の3人のモチベーションは最高で、VRバトルシミュレーターや朝練など、精力的に実力アップに取り組んでいた。五十鈴のために作った新しいフレームも順調そうだ。週末、絵美里が北関東の強豪、鬼怒川高校との練習試合を組んでくれたので、そこで初めて実戦形式の舞台に五十鈴を投入してみようという話になっている。それもきっと3人の士気を高める要因になっているんだろう。絵美里はそんな五十鈴のフレームデザインをより可愛くしたいという事で、部室で見かける度、物凄い勢いでスケッチブックを消費していた。
そんな練習試合のための学内手続きとして、練習試合の計画表と課外活動届をウェブベースのシステムに打ち込んで登録する。これで本来はOKなんだけど、オレはあえてプリントアウトした書類を持って生徒会室に向かっていく。夏休みの話にはなるが、射的の際に五十鈴にテディベアのぬいぐるみを取ってくれた事、なんとなくだけどお礼を言えていなかったので、それを伝えなきゃいけない気がしていた。
生徒会、と書かれた札の前に立つ。ここに来るときは、基本的に嫌な事があった時、という記憶ばかりなので今回はそうではないにしても、少し緊張する。一旦深呼吸して、扉をノックをした。

「――どうぞ」

中から会長の声がして、オレは「失礼します」と一言入れてから扉を開けた。中には生徒会長・佐倉先輩がテーブルに座っていた。子本や加瀬先輩の姿は見えない。どうやら1人のようだった。
「……めずらしいわね、エース部が何の用?」
こちらを見定めるや否や、不敵な笑みを浮かべる会長。オレはテーブルに向かうと、手にしていた書面を差し出した。
「週末に練習試合があるので、課外活動届を」
「……なるほど。鬼怒川か……北関東でも屈指の強豪校ね。よく練習試合のオファーがとれたわね?」
「DGTとの練習試合の動画で興味を持ってくれたみたいで」
「なるほど……あれを見たら戦ってみたくもなるか……はぁ。わかりました。申請書類、受理します。でもそれって、学内イントラの申請フォームに書き込んでおけばよかっただけじゃないの? なんでわざわざ生徒会室まで手持ちで?」
「この前の夏祭りのお礼、言えていなかったので。ぬいぐるみ、会長がとってくれたでしょう?」
そういうと、会長は少しクスっと笑みを浮かべて答えた。
「あれね。久しぶりにいい息抜きになったし、欲しかったわけでもないし。気にしなくていいわ」
「意外でした。会長も射的とかで遊ぶんですね」
オレのその言葉に少しムッとした表情で
「私だって普通に遊んだりするわよ。一体なんだと思ってるの?」
「鉄の女?」
「サッチャーか。って何言わせんのよバカ」
流れるような会話の後、会長から笑いが零れた。輝夜先輩と一緒にいる時はこんな風に話す印象がなくて、その振れ幅に少し驚いたりもする。思った以上に普通の人だ。
「……今日は、子本や加瀬先輩、いないんですね」
「あぁ、子本は今日は地域の集会に出席してるわ。例年通りだけど、地元の人たちに文化祭への協力を貰いに行ってるの」
「文化祭か……いつなんでしたっけ?」
「そっか。あなたは桜山学園の文化祭は初めてか……11月3日。秋に入ってからだけど、もうそろそろ準備もしないとね……はぁ……」
会長はそこまで話して、少し大きなため息をつく。
「……どうかしたんですか?」
「え? まぁ色々考える事が多くて大変なのよ。アンタたちエース部も好き勝手してくれるし」
「……そこは譲る気はないですよ」
「まぁ、でしょうね。ホント、大変なことになっても知らないんだから……どいつもこいつもバカばっか」
会長はそう言うと再び大きなため息をつく。
「さぁ、用事は終わったんでしょ。さっさと出ていって頂戴。私は他にもやらなきゃいけない事があるんだから」
「そう、ですね。失礼しました」
オレはそういって頭を下げると、生徒会室を後にした。なんだろう、思ったよりも嫌な気持ちにはならなかった。絵美里をひどい目にあわせたり、会長がこれまでやってきた妨害工作は気に入らないけど、彼女自身の人間性が嫌いとか、そういう感じではないなと思う。


 * * * *


部室に戻ると、1人デザイン作業をしていた絵美里が出迎えてくれた。
「おつかれ、翼!」
そう言うと、作業をしていた手を止めて、そのスケッチブックをこちらへと差し出してくる。
「五十鈴の機体デザイン考えてたんだけど、これでどうかな?」
そこには緑色を基調とした、足のない昆虫……蜂のようなデザインにも見える不思議なデザインが描かれていた。
「なんか蜂みたいだな」
「おっ! 正解! 虫をイメージして作ってみたんだ、どうかな?」
「いいと思うよ、出力の発注かけてみたら?」
「OK! 急いでやっておく。今日中に頼んでおけば、週末の練習試合に間に合うはず!」
そう言うと、パソコン前に移動して早速そのデータをプリンターショップに転送しに入る。絵美里は画面をみながら話しかけてきた。
「そういえば翼、生徒会室はどうだった?」
「どうって?」
「なんかさ、色々噂聞いちゃったから……」
「噂?」
「とりあえず加瀬先輩だっけ。あのちょっと不良っぽい感じの3年生。あの人停学になったらしいよ」

――そういえばさっき、生徒会室にはいなかったな。

「どうして?」
「私たちの妨害をする際にさ、東聖に対してなんかちょっとヤバイ事したみたいで。脅したとか、なんかルール違反? らしいよ。それで生徒会長が2学期頭から2週間の停学処分にしたんだって」

生徒会長と加瀬先輩の間にももしかしたら何かしらの齟齬があるのかもしれない。生徒会長が輝夜先輩に部活を辞めさせようと思っているのは間違いないけど、だからといって、あらゆる手段を使ってなりふり構わずという感じではない所に、何かオレの知らない2人の間の秘密があるように感じてはいた。

「あとさ。この学校、ヤバイみたいよ、統廃合」
「統廃合、って桜山学園が?」
「そうそう。やっぱ少子化で子供減ってるとかで、入学希望者も年々減ってるらしくてさ。近隣の学校との統廃合だったり他校の分校化だったり、色々と話が出てるらしいよ。もし本当に募集が止まったら、私たちというか、五十鈴達の年が最後の卒業生だったり」
「……別に本決まりじゃないんだろ、それ」
「まぁ、これからみたいだけどね。でも入学希望者が集まらなかったらそういう方向性もあるって話。生徒会長、理事長の孫でしょ? やっぱりこの学校名、残したいんじゃない? わかんないけど」
先ほど生徒会室に寄った時に、何かため息が多かったのはその辺りの事情もあるのだろうか。エアリアルソニック部に対しての圧力が最近少し弱いように感じるのは、そういった別の事案があったり、集中できない理由があるのかもしれない。部活単位で見たら好都合、かもしれないし、学校の生徒として考えた時に、もしかすると学校がなくなるかもしれないという問題は気になる案件でもあった。だからといって自分が何かするとか、そういう話でもないけれど。
「……それってさ、入学希望者が増えたら考え直してもらえるものなの?」
「どうかな。でも入学希望者が多い学校をつぶすのはないと思うし、指針にはなるんじゃないかな」
そう考えると今の桜山の学校の方針、活動実績の弱い部活を潰して、進学実績を上げるために特進クラスにリソースを全振りするのは戦略としては全面的に正しい。学校の存続なんて、そんな事を考えて学生生活なんて普通は送っていないので、生徒会長の胸の内はわからないけど、オレ達とは別の意味で大変だろうなと思った。本当は輝夜先輩にその事を聞くべきなのだろうけど、何故だか生徒会長との事はうまく聞き出せなかった。それはその人にとって絶対に触れてはいけない領域な気がしていた。

「まぁチャンスじゃない? 考える事が多いってことは、生徒会がこちらに構ってる時間がないって事だしさ」
データを送り終わったらしい絵美里がパソコン前から立ち上がると大きく伸びをしながらそんな事を言う。
「邪魔が入らない今のうちに新規メンバー探して、なんとか5人で戦いたいよね、エース!」
「そうだな。なるべく早くフルメンバーで戦える体制を作らないと、全国大会優勝は難しいよな」
「まぁ、私的にはデザイン対象が後2つ増えるのが楽しみなんだけどね!」
なるほど、絵美里からしたらそういう側面もあるよな。デザインが増えるほど、彼女のポートフォリオが増えるわけで。
純粋にエースが好きな輝夜先輩や五十鈴だけじゃない。女子剣道部の復活を目指す真心にとっても、デザイナー志望の絵美里にとっても、色んな形で目標に繋がる場所がここなんだ。
生徒会長にとっては何故か目の敵にされる邪魔な存在みたいだけど。他にも不安定な部活はある中で、でもどうしてエアリアルソニック部だけがここまで標的にされているんだろうか……わからない。

ーーピロリン

不意に端末から音がするが、それはオレではなく絵美里の方から聞こえた。彼女は端末を取り出すと右手でスワイプして画面を確認する。
そうして画面の通知を読み終えたであろうその流れのままに話しかける。
「あ、翼。連絡があって、鬼怒川の練習試合なんだけどさ、自動車部の結城先輩が見学に来るから。対応よろしくね」
「え? 自動車部?」
「結城部長、メカニックのサポートの件、考えてくれるって。自動車部総勢23人で!」
「ホントに! それはありがたいけど」
「動画見てファンになってくれた自動車部の部員が結構いたみたいで。無理のない範囲で試合のピットサポートしてくれるって! 代わりに輝夜先輩のサイン欲しいみたい」
「先輩なら間違いなく大丈夫でしょ?」
「だね。返信と先輩への連絡しとくね!」

桜山学園で1番機械類に強そうな部活は自動車部だ。そこの協力を得られたのはかなりの前進だと思う。たくさんの事を同時に考えられない、考える余裕が今はない。オレ達は足りないばっかりだ。だけど足りない事ばかりに囚われて幸運が見えなくなってはいけない。そう思う。生徒会長には悪いけど、目の前にある色んなピースをかき集めるようにして、絶対に輝夜先輩をヴィーナスエースに届かせる。そう決めていた。


chapter6-1(終)

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