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chapter5-3:エアリアルソニックパーク

ーー夏休みになった。

といっても補習などもあり、午前中は学校に行かなきゃ行けない場合も結構多い。そういう意味では夏休みらしい夏休みってどこだろうという感じだ。そんな補習が終わり、午後になれば自由な時間となるので自然と部室に集まってくる流れ。ちなみに補習など一切受けていないらしい輝夜先輩はとりあえずバイトに勤しんでいるらしく不在で、また補習だけでなくテストで色々問題のあった真心は当然まだここには来れない。部室で1人、何か作業でもしようかなぁと思ったけど、なんとなく気分がのらなかったので、オレは余っていたパーツや予備のドライブパーツを使って、簡単なエアロボードを一つ作ってみた。

「あれ、先輩何してるんですか?」

そこへ車椅子に乗った五十鈴がやってきて、そんなことを聞いた。

「誰も来なかったから、とりあえずエアロボード作ってた」
「ええ? えっと、それってとりあえずで作れちゃうものなんですか?」
「小学生の頃から作ってるからね、手癖でなんとなく」
「って言っても機械工作じゃないですか。疲れたりしないんですか?」
「うーん、慣れてるからあまり考えてなくて。設定はファイ任せだし。イラストレーターが息抜きに結局絵を描くみたいなのと同じかも?」
そんな事を言うと、五十鈴は驚きのような表情と呆れたような表情の、その間をとったような表情でひとつ息を吐いた。
「凄いですね。なんで作り始めたんですか?」
「乙羽が……日向が欲しがっててさ、小学生の頃。それで調べて見様見真似で作ったのが最初かな。そこから何枚作ったかわからないけど」
そういうと凄いですね、と他意のない笑顔で五十鈴はオレを称賛した。
「私は足が悪いのでボードには乗ったことないんですけど、どんな感じなんですか?」
「どんなって言われてもなかなか難しいけど、空を飛んでる浮遊感は面白いかな。オレはライディングそんなに上手くないんだけどさ。人が飛んでるのを見てるのも楽しいよね」
「空を飛んでる、かぁ……いいなぁ、素敵ですよね。私が憧れたのもボードじゃないけどそんな感じでした」
「五十鈴は、エアリアルソニック?」
「そうですね、初めて見たのがヴィーナスエースでした。女の子が自由に空を飛んでる姿がカッコよくて」
彼女の声のトーンが少しだけ上がったような感覚があった。憧れ・好きなものを語る時の人の声には想像以上に感情が乗るものだと感じる。きっとオレもエースについて話をする時は、同じように感情がこぼれているんだろうと思う。
「小学生の頃、病院のベッドの上にいる事が多かった時期があるんですけど、その時にたまたま見た動画がヴィーナスエースで。こんな風に自由に動き回れるのいいなぁって」
「じゃあ、五十鈴はライダーに憧れたんだ?」
「そうですね。あと、私の車いすも同じデバイスで動いているって聞いて、それで興味を持ったところもあるかも」
そういいながら、彼女は自身が乗っている車いすのサイド部分を軽く小突く。それに限らず、世の中には反重力デバイスがそこらかしこの機器に組み込まれている。
「飛びたいとは思わないの?」
「え?」
オレが聞いたその質問の直後、それまで温かみに彼女の表情が強張る。何かまずい事を聞いたのか?
「いや、ライダーに憧れたんだんでしょ?」
「あ、え、うん……はい、そうですね、えっと……」
五十鈴は二度三度視線を宙に泳がせながら、言葉を探すように意味のない相槌を繰り返す。
「小さな頃は飛びたいって憧れが、なかったわけじゃないけど、なかなか無理ができる体でもないかなって思うし」
五十鈴は言い終わると同時にフッと笑みをみせた。諦めました、と口にした際の少し悲しげな表情は以前試合後に感じた違和感と繋がるものがあった。そうか、才能があるとかないとか、それ以前に状況から諦めなきゃいけない憧れもあるのかもしれない。

「おっはよー!」

勢いよく開け放たれた扉と共に、会話の中でなんだか少し暗くなった空気が一気に入れ替わる。真心が部室へとやってきた。
「あれ? 2人だけ?」
そうだよ、と答えると真心は疲れたといわんばかり、崩れ落ちるように椅子に座りこんでうつぶせる。

「はぁ……ようやく試験が終わったよ」
「無事に?」
「多分これでOK! 夏休みに入れると思う。合宿だな!」

真心は疲れているのか、うつぶせた顔をあげることなく、ただグッと握りしめた右手を突き上げて答えた。すべての問題がクリアされて、ようやく夏が目の前にやってきた、そんな感覚があった。

合宿も決まり、徐々に個人個人のやるべきことも明確になってきている。人数はまだまだ足りないけれど、何かが動き出しているという確かな感覚があった。それがとても楽しい。そう思えた。


 * * * *


部活が終わる時間でもまだ明るいと夏だなと思う。
オレはまだ学生たちでにぎわっている校門を出るといつものように河川敷の方へと歩を進めた。そこまではいつも通りの景色だったのだが、その先で不意に目に入ってきたのは、橋の下で見覚えのある金髪の少女が数人の他校の生徒に囲まれている姿だった。シルヴィの表情はココからは読み取れないが、追い詰められているというよりはその圧を突っぱねている、そんな風に遠目には見えた。まるでマンガかドラマの世界のような、あまりにベタな場面に見えて一瞬思考が固まる。あの制服は、どこの制服だろうか。周辺の学校事情に詳しくないのでよくわからないけど……

「ホント、もういい加減してくれない? いつまでこうやって……」
シルヴィの声が聞こえる。何か憤りを感じる声色で、取り囲んでいる中、彼女の正面に立つやや体の大きい男子生徒に向かって話をしている。個別のイザコザに部外者が介入するのはよくないような気もする。民事不介入といえばそうかもしれないし。
――いや、まったく知らない相手でもないし……この状況、どちらにしても見て見ぬふりして通り過ぎるわけにも、いかないか。

「シルヴィ!」

オレが声をかけると、金髪の少女は驚いたといったように目を丸くしてこちらへと振り向く
「!!アンタ……」
それと同時に取り囲んでいた他校の生徒の注意も一手に請け負う形になった。年上か年下か、全然判断つかないけどどちらにしても5人とか結構な人数がまとめてこちらに敵意を向ける様はなかなかに恐ろしい。だけど、そんなことを言っている場合ではない。

「何してたんだよ、カメが探してたぞ、行こうぜ?」
「えっ? 何を言って……」
「いいから早く!」

シルヴィが何か言うか言わないか、その刹那。オレはその手段の輪に飛び込むと、ギュッと彼女の手をとった。その輪から強引に引きずり出すと、そのまま連れ去ろうと一気に河川敷の上まで引っ張りあげる。

「ちょ……待てよ! おい!何勝手にシルヴィ連れて行ってるんだよ!?」

虚を突いたはずだったのだけれど、すぐに彼らは追いかけてくる。まずい、オレじゃあの人数は……
そう思っていると、引っ張っていたはずの手が逆にグッとひっぱらられる。
「走るわよ」
そういうとシルヴィはあっという間にオレの前に出ていた。その細身の体躯からは想像できない力強さと俊敏さで、オレの体を引っ張った。見る見るうちに引き離すとそのまま商店街の路地影に隠れて2人座り込む。

「ふぅ……」

河川敷から商店街まで、かなりの距離を無理やり走らされて息が切れる。そんなオレの様子に深いため息をつきながら、シルヴィは不満を口にする。

「ったく、急に何するのよ。逃げる感じになったじゃない」
「何って……いや、なんかヤバそうだったから……」
「別に。中学の時の同級生たちだし、ヤバくはなかったわ」
「え? 同級生? じゃあなんであんな険悪な感じだったんだ?」
「……ったく、そういうのを聞くのは野暮ってもんよ、先輩」

それは悪い、と口にすると、シルヴィはフフフっと笑みを浮かべた。

「でもなんか。私ってホント、エース部に縁がありますね。この前は亀山先輩に助けてもらったし」
「カメに?」
「あの時は校門前でアイツに待ち伏せされてて、たまたま通りかかった亀山先輩が追い払ってくれたんですよね。一瞬でいなくなって、それで凄いなぁと」

――前にカメがいってた、助けた女の子に追いかけまわされてるって、なるほどそういう事だったのか。

「それでカメが好きになったって事?」
「まぁ、そうですね。頼りになるじゃないですか。それに亀山先輩と付き合えたら、アイツ等も二度と顔出してこないだろうし」
「……それって本当にカメが好きなのか?」
「好きですよ、役に立つという意味で。ついでにそこそこイケメンだし」

やっぱりこの子は捻くれているというかなんというか。本心がどこにあるのかイマイチつかみにくい感じだ。

「そろそろ行きますか。いい加減あのバカどもも居なくなっただろうし」

シルヴィはそういうとスッと立ち上がる。つられてオレも立ち上がった。

「どうする? もし必要なら家まで送ろうか?」
「へぇ……そんなこと言うんですね。先輩、大して役に立たないのに」
「うぐっ」

確かに。多分彼らに出くわしたとしてやれることはシルヴィに引っ張られて逃げるくらいかもしれない。それなら彼女一人で動いた方がまだ楽に逃げ切れる可能性があるくらいだ。
と、考えているとシルヴィは

「……ううん、冗談。お気遣いありがとうございます、先輩。ホントに助かったわ」 

そう真正面からお礼を言ってきた。これまでの態度から想像できない展開に、オレはすぐに反応ができなかった。
「じゃあ、また。今回のお礼に、五十鈴に関してはまかせて」
「ホントか? 助かるよ」
五十鈴の事は気にかけておくわ。っていうか、なんとなくわかってるんだけどね、五十鈴が時々落ち込む理由」
「えっ?]
「多分だけど。そういうの察してあげて欲しい気もするし、五十鈴自身が言うべきな気もするし。まぁちゃんとサポートしてあげてよね、先輩なんだから」
「教えてくれないのか?」
「そういうのは、彼女自身が言いたいって思う時まで待ってあげるのが正しいと思いません?」
そう言われると、それが正解なような気がする。
「じゃあね、神谷野パイセン」
こちらの感情をぐちゃぐちゃにした後、シルヴィは凛としたいつもの表情で挨拶だけするとその場を去っていった。

* * * *

少し大きめのスポーツバッグに、両手が自由に使えるリュックサック。着替えや必要な機器などを詰め込んで、出発前の最終確認を行う。
「ファイ、忘れ物はないか?」
「ソンナコトヲ、AIニ尋ネラレテモ……パンツノ枚数マデハ把握デキマセン」
「機器類の状況くらいは分かるだろ?」
「アァソレナラ昨日ノ時点デハ特ニ問題ハ無カッタカト。着替エハ知リマセンガ」
そんなどうでもいいやりとりをしながら、最後にエアロボードを手に取るとオレは家を後にした。
雲一つない夏の晴れ模様、影を探しながらアスファルトの上を歩く。いつも以上に荷物が多いのが難点だが、手にしていたハンドバッグからは重さを感じない。その下にエアロボードを仕込んでおいた。荷物運搬用というわけだ。歩く速度と同じになる様にファイに制御させている。とても便利。

「それってばちょっとズルくない?」

その様子をみながら隣を歩くで輝夜先輩が不平不満を言う。タンクトップにジーンズといういつものラフなスタイルに、少し大きめのバックパックを背負っている。そのまま海外旅行にでも行こうかという雰囲気に見えなくもない。
「先輩は荷物それだけですか?」
「ん? 私はこれだけかな。翼と違ってさ、基本的に動くの専門だし。着替えとかばっかりだよ」
ニコニコと上機嫌な先輩、きっと合宿それ自体に強い憧れがあったんだろう。

――それは駅で合流した真心も同じだった。

「おはよう、お2人さん!」
まださほど人も多くない駅前のロータリーで、真心は遠目からオレたちの姿を確認すると、大きく手を振ってきた。すでに絵美里と五十鈴の姿、そしてその横でカメラのセッティングをしているカメの姿も見てとれる。

「おはよう、カメ」
「おう。今日は誘ってくれてサンキューな」

シンプルな無地の緑のTシャツにラフなアイボリーの麻のパンツルック。元々髪色が派手なので、それでも十分に目立つキャラクターにはなっている。報道部による密着取材、という事でカメには合宿に付いてきてもらう事にした。予算はこちら持ちという事で部長の許可もとったそうだ。予算があるというのは幸せな事だ。まぁ部活立ち上げ当初から一緒にいるのでもはや兼部してるといってもいい状態ではあるが。そんなカメに絵美里は釘を刺す。

「あくまで取材だから、ちゃんとレポートしてよね。あと夜の動画配信もちゃんとやる事! 私たちの重要な収入源なんだから」
「わかってるって。任せてとけ」

麦わら帽子にひまわり色のノンスリーブのワンピース、夏らしい恰好で絵美里はこの合宿に参加する。この合宿の計画表は彼女がすべて作ってくれた。都心でヴィーナスエースの決勝ラウンド観戦を含めた2泊3日のプランになっている。ヴィーナスエースの試合は明日なので、明日はほとんどヴィーナスエースの試合観戦で終わるだろう。という事で実質自由に活動できるのは今日1日になる。オレ達は在来線に乗ると1時間弱時間をかけて、九段下の駅までやってきた。地下から交通量の多い交差点まで上がってくる。
「さて、まずはホテルにチェックインしましょう」
そういうと絵美里は先頭に立って駅から数分の所にあるビジネスホテルへと部員を誘導する。その後、オレ達がロビーで待っている間に絵美里はカウンターでまとめて人数分のチェックインを終えた。そうして各々に手渡されたカードキーはどれも同じフロアの横並びの部屋になっていた。

「じゃあ、それぞれ部屋で荷物を整理したら、1階ロビーに10分後集合で!」
「了解」

カードキーを扉に当てると扉のランプは緑に。ガチャっと音がしてロックが外れた。中に入ると、入ってすぐ右手にユニットバス、奥にはシングルサイズのベッドとテーブル&椅子という、実にシンプルなビジネスホテルのそれだった。オレは荷物を一通り床におくと、一旦リュックの中身を出して、この後に必要になりそうな端末や貴重品だけを再びリュックに詰め込んで、すぐに部屋を後にした。

比較的時間をかけずにロビーに降りたので、てっきり自分が一番だと思ったのだが、エレベーターの扉が開くと、ロビーにはもうすでに五十鈴が待っていた。白系のシンプルなワンピース、その裾の刺繍入りのレースががふわりとなびく。
「あ、先輩」
こちらを見つけると、彼女を乗せた車いすはすぐにオレに近寄ってきた。
「早いね」
「あまり荷物が多くなかったのと、すでに出かけるように荷物を仕分けておいたので」
「さすが。できる子は違うね」
「そんな事……ないです」
褒められると居心地が悪いのか、すぐに視線を床に落としてもごもごと否定の言葉を述べる。
「そうだ、AIは作ってきた?」
「将棋のですか。はい、もちろん! でも将棋自体あまり詳しくはなかったので、そんなにいいプログラミングになってるかどうか」
「それだけで十分勉強になるし、五十鈴が作ったのなら多分強いよ。じゃあ今日の夜、時間があったら勝負させてみよう」
「わかりました! でもこれからじゃないんですね」
「今から行くのは、それはもうとっておきのアミューズメント施設だからね。それどころじゃないさ」
そんな話をしていると次々とメンバーがロビーへと降りてくる。それからほどなくしてオレ達はホテルを後にした。そこから目的地までは徒歩で15分程度。いつも見ている田舎の景色とはうって変わって、人もビルも桁違いな街中を歩いていく。まぁ坂道が多いのが少しだけ気に入らないけど、そんな事はお構いなしに輝夜先輩と真心、ライダーの2人は楽しそうにはしゃいでいた。
「真心は当然知らないよね、エアリアルソニックパーク!」
「えぇ。でもネットで調べたんで、なんとなくはわかります。ごっつ面白そうなパークですね!」
「でしょでしょ! 最先端のシミュレーターから、VRのバトルフィールド、記念館までエースに関する事が何でも揃ってる国内唯一の施設だからね!」
そう、俺たちが向かうのはエース好きのために作られたテーマパーク・エアリアルソニックパーク。これまでの有名なライダーや記録を残した資料館だけでなく、ゲームセンターにおいてあるのと同様のシミュレーターや、ライダー気分が楽しめるVRでのバトルが楽しめる施設など、エースに関するあらゆる資料・設備を集めたテーマパークだ。当然お客さんも多いが、エアリアルソニック部を立ち上げたのであれば、勉強の意味でも一度は訪れてみたい場所である。オレのすぐ横を進む五十鈴に話かける。
「五十鈴は行ったことある?」
「小さい頃に。でも資料館とかだけで、体験型ブースには参加した事ないです。今回はそっちがメインなんですよね?」
五十鈴がそういうと、少し後ろを歩いていた絵美里がスッと横に並びながら今回のプランを説明し始めた。
「そうだよ。今回はテーマパークの体験型ブースの方でシミュレーションの形で練習試合をやってもらいます。ライダーの2人にはVRバトルフィールドでの実戦練習。翼と五十鈴ちゃんはシミュレーターの方で戦略・戦術の練習って感じで、人も多いと思うから時間までにどのくらいプレイできるか分からないけど、今から夕方まで可能な限り。あと人のプレイングを見るのも勉強になると思うから、そういうのもチェックしておいてほしいかな」
「なるほど……わかりました!」
「あー、もう!五十鈴ちゃんは素直で可愛いねホント。彼女か妹にしたいくらい!」
絵美里はそういうと五十鈴の頭をわしわしとなでる。
「あ、えっ……すみません。藤沼先輩、ありがとうございます」
えへへ、と五十鈴は苦笑いにも近い表情で絵美里にお礼をいった。そんな二人の様子をみながら、オレは絵美里に
「ちなみに、絵美里は何をするんだ?」
そう聞いた。唯一プレイヤーではない絵美里は時間を持て余したりしないのか、少し気になる。
「大丈夫。みんなの様子も見ながらだけど、私は資料館に行ってくるから」
「資料館に?」
「うん。まだまだ勉強不足なところあるし、あと歴代のスターたちの機種デザインがみれるわけでしょ? そういうの参考にしながら、もうちょっと2人のフレームのデザインをカッコよくしたいんだよね!」
「なるほど、そっか。絵美里らしいね」
「だから心配ご無用。何かあったら全体メッセージで共有しましょう!」
絵美里が言うと、少し先を歩いていた輝夜先輩と真心も振り返り「了解」と手を振って答えた。そんな様子を一番後ろからカメが写真で記録する。カメには主に輝夜先輩と真心の2人の様子を多く記録してほしいと頼んだ。ライダーである2人の人気はSNS上でも計り知れないものになりつつある。そこで掴んだファンが今回の合宿を支えてくれている。今回の合宿の様子もちゃんと記録として残さないとこの先の活動に支障が出る。そんな事情もあった。

――大都会・東京のど真ん中にある地上1階地下3階の巨大なミュージアム兼エンターテインメントパーク・エアリアルソニックパーク

外観は横広な美術館といった感じの白い四角い箱だ。入口では発券を待つ待機列がズラッとできている。明日がヴィーナスエースの決勝ラウンドという事もあり、最大繁忙期といってもいい状況だった。ゆっくり体感したいのであればこんな時期にくるべきではない、ともいえる。だがこのタイミングを狙ってきたことにももちろん意味がある。明日が決勝・つまり全国から強豪校の生徒たちが今この瞬間、東京に集まっているのだ。当然観光的な意味も含めて、この場所に足を運んでいる生徒も少なからずいる。つまり、VRでのバトルシミュレーターなどに彼女たち、全国の強豪選手が前日練習を兼ねて出てきている、かもしれないのだ。毎年結構な数の目撃情報も数多くあるので、実際地方のライダーたちはこの瞬間にこの場所を訪れているみたいなのは間違いない。もちろん乙羽など、東京の学生はわざわざこの時期にこの場所には来ないと思うけど、実際に全国レベルと接触するチャンスが間違いなくある。
この行列を後ろから並んで待っていたらかなりの時間を必要としそうだがそこは用意周到、幸い時間指定のチケットを事前に購入していたので、オレ達は行列を無視してすんなりと中に入れた。そこからはそれぞれがそれぞれの目的のために動くことになった。輝夜先輩と真心は地下2階のVRでのバトルルームへ。自由参加の中で上手く強豪の誰かと当たる事を祈りながら。そこにカメも付いていく。絵美里は1階フロアのエースのミュージアム会場へと向かっていった。残るオレと五十鈴は地下1階のゲーミングスペースへと進んだ。以前遊びに行ったゲーセンのシステムと基本的には同じものが、だがより広いスペースに様々に細分化されて設置されている場所だ。戦術・戦略のシミュレーターで遊べるスペースに、プロライダーの関連グッズなどが詰め込まれたUFOキャッチャーなどの定番のゲームが所狭しと並んでいる。
「うわぁ……凄いですね、先輩!」
五十鈴は車いすから身を乗り出すようにその景色を眺める。普段ならゲームセンター1件に1台あるかどうかという機械が、奥までずらりと並ぶ光景は確かにここにしかないものだ。
「これ全部シミュレーターですか」
「そうだよ。基本的にはゲーセンのそれと同じだけどね」
「でもこの台数……こんなに遊ぶ人いるのかな?」
「ここに来る人は好きな人ばっかりだからね。レベルは様々だろうけど興味ある人しか来ないから、ほとんど稼働してると思う」
そのオレの言葉通り、手前の機器はほとんどが使用中、または次のプレイを待つ人々でごった返していた。そこは初心者が多くいるビギナーズスペース。オレ達が向かうのはアドバンスドスペースだ。より実戦に近い難易度のAIと、実戦経験を持ったプレイヤーが集まる場所だ。そこは敷居が高いのか、先ほどの場所よりかは人の数は少なかった。とはいえ、シミュレーターはもれなく稼働している。オレと五十鈴は少し待って、そうして筐体へと入った。コインを入れて、AIとの対戦を指定するも、すぐに対戦相手の申し込みがくる。
「五十鈴、行ける?」
「もちろんです、先輩!」
頼もしい声を合図に、対戦申し込みを受諾する。相手はもしかすると明日の試合を控えたヴィーナスエース出場のオペレーターかもしれない。そう、オレたちの目標であり、倒すべきレベルの相手。負けるわけにいかない。そしてもし仮にそうじゃないのなら、やはりそんなレベルの奴に負けるわけにはいかない。
「ファイ、五十鈴のサポートを」
「了解デス!」
本番と同様のシステムバックアップを付けて、オレはこの短期間で驚くべき急成長してきた後輩の指揮を見守った。


 * * * *


「もう五十鈴には何も言う事ないな」
「そんなこと……先輩のサポートのおかげです」

オレたちはシミュレーターから少し離れた位置にあるベンチに座り、ジュースを飲んで休憩していた。ここまでぶっ続けで数時間シミュレーションを行った。勝率はざっと8割くらい。相手が雑魚だった例もいくつかあるのだが、まぁそれなりの成果と言っていいと思う。特に五十鈴に関しては、もう言う事がないくらい仕上がってきていた。当然オレとは思考が違う、少し守りに重きを置いている慎重な面があるのだが、それは個性の話で、彼女はきっとほおっておいてもどんどん上手くなるし戦力になると確信できた。逆に自分がちゃんと大丸達を倒せるくらいの的確なオペレートが出来るように実力を上げる必要がある、そう思っていた。
「どうする? 流石に頭を使いすぎたし、これ以上無理に詰め込んでも思考力下がるばっかりだと思うから、とりあえず今回の戦闘データを持って帰って、後日感想戦するって感じでいいかな」
「そうですね……わかりました」
確かにせっかくの機会ではあるが、やればやるほどいいとか、そんな話でもなく。やはり思考回路が万全な状態をキープするにも限界がある。今日の練習としては十分だと判断した。そんな話をしている間に飲み終えたジュースをゴミ箱へと放り投げる。空き缶がガコン、と音を立てた。
「それじゃあどうしようか。五十鈴が行きたいところとかある?」
「え? 私ですか?」
「合流するにも少し時間あるし、奥のUFOキャッチャーでもとる?」
「いえ、それは……」
大丈夫です、というように五十鈴は両手を顔の前で振った。
「でも初めて来たんだから、五十鈴が何か見たいものがあったらそこに行こうよ。ミュージアムでもいいし」
改めてそう言うと、彼女は少しだけ考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「そう、ですね。じゃあ、地下2階に行ってみたい、です」
「VRバトルフィールド?」
「はい」
そうか、有名な選手が来ている可能性もあるし、まだ下では輝夜先輩と真心の2人がバトルしてる可能性もある。どんな空間なのか見てみるのも悪くない。オレは五十鈴を連れて一つ下のフロアへと降りた。

1つフロアを降りただけで、まるでそこは雰囲気の違う場所になる。無数のモニターと歓声が入り乱れる、実際のエース会場さながらの雰囲気へと様変わりした。1基あたり大体6畳程度の空間の広いカプセルがいくつか設置されている。あれがVRバトルシミュレーター。そのカプセルの外には巨大なモニターが設置されていて、中でプレイしている人が体感している世界が描画されている。世界中の様々なエアリアルソニックのフィールドが再現されていて、そこをまるで自由に飛び回っているように錯覚するかのようなリアルな体験が可能なシミュレーターだ。AIとの対戦もできるし、カプセル内同士のライダーによるバトルシミュレーションも可能になる。これは具体的な機体のデータを持ち込めば、実際の機体を壊す事無く戦闘訓練ができる事から、プロリーグなどでも当然このシステムは導入されている。事実、DGT学園にはまるっとこの機械が入っていたので何度となく使用したし、設置されているゲームセンターがないわけではないので、そこで練習するといった事も可能だ。

「うーん、姫野先輩たち、いますかね?」
五十鈴はモニターを確認しながら、どこかにホーリーナイトとコジローが表示されていないか探していた。当然このためのデータチップは渡してあるので、プレイしているとしたら、モニターにオレ達が見慣れているあの機体が表示されている事になる。

「まぁ、オレたちと同じで休憩してたり、もうプレイし終えてる可能性もあるし」
「そうですか。どんな感じの戦闘になってるか、見たかったんだけどなぁ……」
五十鈴は残念そうにため息をつく。だが次のモニターに視線をやるとすぐに目をキラキラと輝かせた。
「あれ! 北海道代表の北山高校の機体ですよ!」
「え……あ、そうだね」
モニターに映し出されているのは、明日決勝リーグを戦う北海道代表の機体だった。という事は、このバトルシミュレーターを動かしているのは出場する学生である可能性が限りなく高い。
「本当に来てるんですね、今この場所に」
「そうだね」
五十鈴の今日一番のテンションに、こちらの顔も少しニヤけた。本当に好きでたまらない、彼女の態度からはそんな感情が零れている。それはとても素敵だと思う。こんな風にわかりやすく、自分の好きを表現できたら、自分ももっと違ったのかな、そんな風にも思う。
「……なぁ、せっかくだから五十鈴もやってみない? バトルシミュレーター」
「ふぇ!?」
突然のことに聞いたことのない声で彼女は返事をした。
「え、あ。うん、え? 私がですか?」
「そうだけど」
「無理ですよ、だって車いすで……」
五十鈴はそう言いながらポンポンと両手で車いすのサイドを軽く叩いた。
「別に大丈夫だよ、バトルシミュレーターだから。子供だって遊べるゲームみたいなものだし」
「でも……」
「それにさ、ライダーの気持ちってのを分かってるのも必要だ、って言ってたぜ。前に大丸がさ」
自分でそう言いながらちょっとグサっと心に刺さった。ただ彼の言葉も一理ある。自分がバトルしてみて初めてわかる景色も必ずある。
「でも……」
そういっても何か渋っている五十鈴の背後にオレは回った。
「ちょ、先輩!?」
「さ、行ってみようぜ」
そういうと、五十鈴を後ろから空いていたシミュレータースペースに押し込んだ。
プシューというガス圧音と共に扉が閉まる。中に2人で入ったが、プレイヤーは1人。五十鈴を中央のスペースへと導く。
「先輩、そんな、無理やりすぎ……」
「まぁまぁ。やってみなよ五十鈴」
「……わかりました、もぅ……」
まだ何か不平不満がありそうだったが、諦めたらしい五十鈴は、内部に設置されているヘッドマウントモニターを被り、両腕にはセンサー入りの手袋を付ける。足は難しいので、セッティングで対応するセンサーから脚部を排除した。オレはカプセルの壁側に立ってその様子を眺めた。すぐにモニターには明日見る決勝ラウンドと同じ、東京サーキットの景色が映し出された。相手は初心者設定のAI、1VS1のバトルマッチ。
「うわぁ……先輩! 私、飛んでます!」
中央に座っている五十鈴がヘッドマウントを付けたまま、少し頭を手をパタパタさせてそんな事を云うので、つい笑ってしまった。
「先輩、何笑ってるんですか!」
「ごめんごめん、つい。ほら、始まるよ」
「えっ、はい!」
ビーッというブザー音と共にバトルシミュレーターはスタートした。先ほどの戦術を俯瞰で眺めるのと違い、目の前にいる敵を実際に倒す。それは同じエースという競技でも全く視点だ。
「うわっ! えい。あー当たんないよ……きゃあ!」
一つ一つのリアクションが初々しくて、その様子を傍で笑いながら見ていた。最初こそ戸惑っていた五十鈴だったが、やはり勘がいいのか、コツをつかみ始めると次々と敵を倒し始める。徐々に敵AIのレベルが上がっていく中で、苦戦はもちろんしていたが、持ち前のセンスで見事に善戦してみせた。

――凄いな、この子。天才の類なのかも。

元々持っていたエースに関する知識がこういうバトルの場でも発揮されているのかもしれない。そんな事を想いながら、だが、ヘッドマウントモニターで表情こそすべてはみえないが終始口元が笑っていた楽しそうな五十鈴の姿がとても記憶に残っていた。

chapter5-3(終)

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