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chapter.6-3 才能という名の迷宮

――ベッドの上に寝っ転がって、ヘッドモニターを起動する。

真っ暗な中に白いポインターがみえて、次にVR空間が広がった。
以前手に入れていたシルヴィの連絡先を開く。

ポップアップで表示された先にあったのはちょうど夏休み、五十鈴について相談した時のメッセージや夏祭りの時のメッセージで終わっていた。夏休みが明けてからシルヴィと会話はしていなかった。学年も違うし、会おうとしなければ会えない間柄ではある。いきなり、「シルヴィってエースをやってたの?」って聞くのは大丈夫かな?

――いや、ダメな気もする。どのような事情があるのかわからないけど、過去の事を聞かれるのは自分だったら嫌だなと思った。しかし、もし彼女が経験者であるなら。ましてやヘッドハンティングがあったようなライダーであったなら、是が非でも話がしたい。そう思った。

――オレは、五十鈴の連絡先を開いた。

「ごめん、五十鈴。ちょっといい?」
テキストメッセージを送ると、数分後に返信が来た。
「お疲れ様です先輩。どうしたんですか? 珍しいですね」
通知と同時に、オレは次のメッセージを打ちこんだ。
「シルヴィについて聞きたいんだけどさ、彼女がエアリアルソニックの経験者だって、今日鬼怒川から聞いたんだけど、五十鈴何か知ってる?」
送ったメッセージはすぐに既読になったが、しばらくの間返信がなかった。それから20分くらい経って、ファイが通知を伝える。

『天原五十鈴カラ電話デス。繋ギマスカ?』
「OK、ファイ。繋いで」
『了解デス』

――ピコン

確定の効果音が響いた後、端末の向こう側から五十鈴の声が聞こえた。
「あ、もしもし先輩。遅い時間にすみません」
「お疲れ。いや、オレがメッセージ送ったんだし。時間大丈夫だった?」
「はい。それで、そのシルヴィの件ですが……」
そこで一旦間があった。ほんの数秒だけど、一瞬のためらいの後に再び五十鈴は話を続ける。
「先輩は知らなかったんですね、シルヴィの事」
「知らなかったって事は、ホントなんだ。中学の時にエースをやってたって話」
「はい。すっごく実績のあるライダー、ってわけではなかったけど、有名選手の妹っていう注目はあって。それにシルヴィって金髪で目立つし可愛いじゃないですか? そういうのもあってファンもいたんですよ。全国大会まではあと一歩って感じだったんですけど」
「へぇ……そうなんだ」
「クラスが一緒になった時、私がシルヴィのこと知ってたから、最初は私から声をかけたんです」
なるほど。五十鈴がどうしてシルヴィと仲がいいのか、雰囲気も性格も違う2人の関係性がいまいち分からなかったけど、最初にヲタクの五十鈴の方から彼女に声をかけたのか。
「シルヴィ、最初は嫌そうにしてたんですけど、そこから少しずつ仲良くなって。でもシルヴィがエースを辞めた理由とかは全然聞けてないです」
「アイツはいつ辞めたの?」
「中2までは大会に出場していたのに中3の時の大会には出場していないので、多分3年生の時なのかなって……でも、理由とかは話したくないんじゃないかなって思います。全然触れないですし」
「……シルヴィを勧誘したら、ウチに来てくれると思う?」
「それは……多分ダメなんじゃないかなって。私が部に入りたいって先輩に話した屋上の日の事、覚えてます? あの日シルヴィも一緒にって言おうとしたけど止められましたよね。物事はっきりしてる方だし、決めた事がブレるタイプには見えないです……辞めた理由はわからないですけど、それについて口にしていないって考えたらもうエースをやるつもりはないって決めてしまってると考えた方が……」

――まぁ、そうだよな。

五十鈴に聞くまでもなく、そうだろうとオレも思う。不意にこの夏前の自分自身を思い出していた。理由はわからないけど、辞めたモノや遠ざけたいモノがある人の気持ちは少しは理解できるつもりだ。

経験者、つまり即戦力というとても魅力的な単語ではあるけど、これ以上は何もできない、そう思った。


 * * * * 


「……え? 聞いてみたらいいのに?」
その無神経な言葉に、朝ごはんを食べる手が止まる。そう言い放った当の本人はテーブルの向かい側で、手を止める事なく美味しそうに納豆ご飯を食べている。朝練後の朝ごはんも気が付いたら輝夜先輩と一緒に食べるのが日常になりつつあった。まぁこの人、買い物に行っている素振りもないから、単に朝ご飯をたかられているだけかもしれないけど。1人よりも2人のご飯は楽しい気はする。
「……輝夜先輩、その……ちゃんと話の内容聞いてました?」
「シルヴィがエースやってたかもしれないから、部活に勧誘してみようって話でしょ? 誘ってみたらいいじゃない?」
「まぁ、ざっくり言えばそうだけど。でも本人はすでに辞めてるみたいで、そういうの聞かれたくない内容かもしれないので、無理には……」
「聞かれたくないかどうかは、聞いてみないとわからないじゃない?」
いや、それはもう本当におっしゃる通りそうなんだけど……デリカシーとかそういう感じのヤツ、輝夜先輩にはないのかな? 表情一つ変えずに、先輩は今度はお茶を口に運びながら話す。
「私ね。どんなに考えてもその人の本音なんて、本人に聞いてみるまでわからないって思うんだ。翼だって、そうだったじゃない?」
「うっ……それは、言い訳できない所もあるけど……」
「あとこれは直感だけどさ。本当に嫌いになったり絶対に遠ざけたいものなら、その近くに自分を近づけたりしないんじゃないかなって思うんだよね。私はだけど。シルヴィは何度も私たちの近くに現れているし何かしら関わりを持ってる。それって私たちのことが気になってるからなんじゃないかな」
なるほど先輩の言う事にも一理ある。五十鈴のためとはいえ、オレ達の周囲にいるという事は、もしかすると心のどこかでまだエースに対しての未練みたいなものがあるのかも。
「なんなら私が聞いてみようか? 翼が難しいなら」
「……先輩はシルヴィとそんなに接点ないじゃないですか? そういうのはオレか五十鈴が話すべきです」
「じゃあ、そこは翼が普通に頑張るって事で」
「わかりました、とりあえずチャンスを見て話してみます……」
オレがそう言うと、輝夜先輩は二度頷いてから、お茶碗に残っていた納豆ご飯をかきこむようにして平らげた。この人は本当に迷わない。思いをそのまますべてフィルターを通さずにすべてさらけ出しているような感覚がある。オレには絶対に真似できない強さだと思う。

でもそうだな、どんな事も言葉にしてみないとわからないのは、その通りだ。


 * * * *


まだまだ残暑も厳しいお昼休みに、オレは屋上にシルヴィを呼び出した。彼女もこの日差しが堪えるのか、貯水タンクの影になっているあたりに立つといつもの調子で話し始めた。
「それで、こんな人気のない屋上に呼び出して、何の用なんですかパイセン。もしかして私の事、好きなんですか?」
金色の髪の毛を指先でクルクルと回して遊びながら、シルヴィは意地悪な笑みを見せる。
「本当にそう思ってるわけじゃないだろ?」
「そりゃもちろん。でもまぁ、もしパイセンが私に告白なんて考えてるのなら、二度とナニできないようにメンタルボロボロにしますので。よろしく」
「よろしくないよそれ。ってか何をするんだよ、怖いよ」
オレの言葉を受けてアハハと笑うシルヴィをみながら、一旦呼吸を整えて、オレは本題に入る。
「……シルヴィ、お前エースをやってたのか?」
そう聞くと、シルヴィは虚を突かれたように一瞬目を丸くして、だがすぐにいつもの不敵な笑みを取り戻した。
「……あぁそっか、鬼怒川かぁ……」
「お前、情報が鬼怒川からだってわかるのか?」
「そりゃまぁ。あの五十鈴が私のプライベートをベラベラ話すわけないし、パイセンに知られるほど別に私、有名なライダーでもなかったし。この前、アンタたちが鬼怒川と練習試合してたの、ちょっと嫌な予感したんだよね……見事的中って感じ?」
少しため息混じりに、シルヴィはそう言って笑った。何か蔑むような、乾いた笑い声。
「それで。私をその要件で呼び出したってことは、あれですか? 部活勧誘ってこと?」
「それができるなら。ただでさえ人足りないし、まして経験者、即戦力なら喉から手が出るほど欲しい」
「即戦力、ねぇ……ウィ、って私が言うと思ってます?」
「正直、五十鈴だったりがお前を勧誘したときの拒絶だったり、何回かそういうの見てるから、何か理由があるんだろうなとは思ってて、簡単じゃないだろうなとは」
「簡単じゃないって事は、ワンチャン可能性あると思ってるんだ? ふふっ、可愛いこと。んなわけないでしょうに」
無理無理、と手を横に振りながらシルヴィは乾いた笑いで答える。
少しだけ間をおいて、オレはそんなシルヴィに意を決して問いかける。
「……どうして辞めたんだ、って聞いてもいいか?」
この質問が場合によってはどれだけ聞かれたくない質問かをオレは十分理解している。だけど、これを聞かなければ何も始まらないし、次にも行けない。そう思った。その問いにシルヴィは一瞬目を大きく見開いて、続いてため息を1つ吐いた。
「そういうの聞かれたくないって事、よく分かってるパイセンが、それを聞きます?」
呆れたような、そんな風にも聞こえた。その意味はよく分かっている。
「……ごめん、そうだよな。言いたくないなら、全然いい」
オレがそういうと、シルヴィは地面に視線を落として、しばらく無言で固まる。そうして少しだけ時間が経過した後、ため息とともに彼女は再び顔をあげた。
「今日の放課後、時間あります? ちょっとケーキでもおごってもらいたいんですけど。それくらいは要求してもいいですよね?」
「もちろん」
「じゃあ放課後、ウチのクラスまで迎えに来てください」
シルヴィは言い終えるとじゃあねと手を振り、屋上から去っていった。その後ろ姿を見送って、オレはようやくゆっくりと息を吐いた。


 * * * *


放課後のチャイムが鳴り響く。
オレはカバンに教科書類をまとめて詰めると、肩ひもを通してカバンを背中に運ぶ。そこに真心がやってきた。
「神谷野、今日は帰るのか?」
「あぁ、ちょっと約束があって。どうかしたか?」
いつもは明るい真心の表情が少し曇っているような気がして、オレは彼女に聞き返す。そもそもこんな風に教室で真から声をかけてくるのは珍しかったりもする。オレがそう聞くと、真心は少し間をおいて、頬に手を当てながら話し始めた。
「いや、全然大した話でもないんやけど……」
「なんだよ?」
「ウチも射撃系の武器、練習した方がええんかな?」
それはあまりに突然すぎて、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「どうしたんだよ急に?」
「この前の練習試合、全然役に立たへんかったやん?」
先日の鬼怒川との練習試合、真心はあまり目立った活躍がなかったのは事実だった。接近戦を主とする輝夜先輩と真心の2人は役割が重複してしまって上手く機能しなかった。
「五十鈴にも任せてって言ってたのに、全然ダメダメで……もっと練習せなあかんけど、もう少し色んな事が出来た方がええんかなって思って」
「それで、銃?」
「遠距離の攻撃手段があったら、当然状況変わるやろ? ウチは全然エースの事わかってへんから的外れかもしれへんけど、そうなったら五十鈴もっと色々できる事が増えるんやろうなって」
どこまでも真心の瞳は真剣だった。1人で色々考えていたんだろう。そんな真心にすぐに何かを答える事は難しいと感じた。正解はないし、少し考えてから答えたい。
「ごめん、ちょっと考えさせてもらえないかな。どうしたらいいのか、すぐには答えられない」
「……そっか、そうよな。すまんな」
「いや、色々考えてるのはわかったけど、今から人に会わなきゃいけなくて。少し考えてみるけど。でも自信持っていい、真心のスキルは十分通用するからさ」
オレがそう言うと真心は少し安心したといっあように頷いた。
「ありがとう。わかった、ウチももう少し考えてみる!」
少し反省した。真心の事ももっと色々と考えていかないと。彼女の才能は間違いないと思ってるけど、俺が思ってるだけだと伝わらない事がある。
「真心は十分強いから。それだけは信じて欲しい」
「なんや、そう何度も言われると照れるな。わかった、ありがとな」
そこでようやくいつもの真心の笑顔を見る事ができた。


* * * *

オレは急いで1年生の教室がある2階フロアへと向かう。授業も終わり各々部活などに向かう人々とすれ違う。ネクタイの色で上級生だと分かるからか、下級生たちは正面からくるオレを廊下の脇に少し避けるようにして道を譲ってくれていた。
「シルヴィ、ごめん!」
彼女の教室で開口一番、オレは彼女に遅れたことを謝った。教室には彼女とあと2名が残るくらいで、放課後らしく閑散としていた。先輩が後輩に首を垂れる姿を教室に残っていた生徒は不思議そうに見つめている。頭を下げたオレを前方右斜め前に、席に座って端末を眺めていたシルヴィは金髪のツインテールを右手で肩奥へと払いながらため息交じりに
「別にいいけど、私を待たせるなんて大した度胸ね。あと1分遅かったら帰ろうと思ってたわ」
そう目を合わせずに呟いた。そうして少し投げ出すようなしぐさで端末を机の上に置いた。
「ごめん、帰り際に真心にちょっと相談されて……」
そういうと興味があったのか、シルヴィは反射的に顔を上げる。
「なに? エースについて?」
「あぁ。遠距離武器を練習した方がいいかなって」
その言葉にシルヴィは怪訝な表情を浮かべる。
「……なんで? あれだけ近距離での駆け引きが上手いのに」
「この前の練習試合で、五十鈴の役に立てなかったのが悔しいんだって言ってた」
「へぇ……そう。なるほどね。それで、パイセンは何て言ったの?」
「ちょっと、考えさせてくれって」
そういうと、シルヴィは意外だと言わんばかり目を丸くした。
「考えるんだ? 止めないの? あの人はどう考えてもソードナイトフレームを貫いた方がいいに決まってるじゃない」
「まぁ、そうは思うけどさ。本人の希望だし無碍にはできない。そりゃ近距離だけでも十分強いの知ってるけど、そういう模索は大事かもしれないだろ」
シルヴィはこちらの言葉を一旦受け取って、そして首を横に振った。
「人には得手不得手があるわ。できる事とできない事がある。向いていない事を無理してやったって、そんなの時間の浪費、不幸なだけだわ」
そのシルヴィの言葉に、どこか影を感じてオレは聞き返す。
「それは、シルヴィ自身の経験?」
そう言うと彼女は小さく息を吐く。続けて諦めるように
「……ま、そうかもね」
一言そんな風に言葉をこぼして、続ける。
「期間限定のフラペチーノ、おごってもらいますね」
そう言うとシルヴィは先に流れるように教室を出ていく。あまりに流麗なその一連の動きに一瞬目を奪われて、ハッとして慌ててその後を追いかけた。

chapter6-3. (終)

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