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chapter.6-4 何もかもが普通の女の子

以前、秋葉原で乙羽と一緒に入った全国チェーンのカフェ。ここ桜山学園最寄りの駅前商店街にも、同じチェーンが出店されている。
女子高生はどうしてクリームが山盛りになっている不思議なコーヒーが好きなんだろうか?
前に絵美里に「試しに飲んでみたら?」と言われて飲んだことがあるけど、甘ったるくて頭痛がした。その時は期間限定商品のピーチなんとかという商品名だったが今はマンゴーテイストのフラペチーノが期間限定となって目の前でその存在を主張していた。黄色に青っぽく装飾されたカップがいかにも夏っぽい。夏休みも終わった9月、そろそろ雰囲気がわざわざ合わなくなりそうな真夏のドリンクどうやら来週いっぱいで終了となるらしく、まもなく終了の文字が躍る。
見た目にもクリームたっぷりのそれはお値段もガッツリという感じ。学食でA定食が買える値段に心がささくれ立つのを感じながら、だがシルヴィとの約束なので意を決して財布からお金を出した。

「パイセンは普通のアイスコーヒーなんですね?」
自分のドリンクを片手に、先に店内の席に座っていたシルヴィはオレが手にしたアイスコーヒーを見つけてそんな事を言う。
「――フラペなんとかを2つ買うのは、バイト代が増える大学生になってからにするよ」
そう答えると、フフフッとシルヴィは口元を指先で隠して笑った。
「意外に経済観念とかしっかりしてるんですね。歳とった頃になったらモテるんじゃないですか?」
「今は?」
「顔面が足りないから無理」
「なんだよそれ」
「人は見た目10割なんで」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべながら、フラペチーノを口に運ぶ。この桜山に来てから、何故だかこういうからかわれるような立場になる事が多い気がする。以前はそんな事なかったんだけど。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「どうって? 何がですかパイセン」
「恋愛方面」
そういうと、ハッと鼻で笑うようにして続ける。
「何言ってるんですか、モテるに決まってるでしょ? こんなに可愛いのに」
「自分で言うか? じゃあ彼氏は?」
「いませんけど?」
「なんでそんな自信満々なんだよ」
「そういうプライドを持って生きてるって話。男ってだけで若干嫌悪感あるくらいには嫌な言い寄られ方されてきたんですよ」
ふざけた言い分だけど、可愛いを否定することは出来ないくらい、確かにシルヴィの見た目は華がある。だが自分からそういうことを言うヤツは付き合ったら最悪だろうなと思った。直感で別に他意はない。
「ってか夏休み明け、早速1人告られて断ったばかりだし」
「断ったのか」
「ええ。話したこともない奴だったし、私のこと特別だとか言っちゃってて。何か特別なんだか。基本的にめんどくさくなりそうだからスルーで」
「でも彼氏は欲しかったんじゃなかったっけ? それこそカメみたいな」
「そうね。私をトラブルから守ってくれそうな亀山先輩みたいな強面な彼氏はいたら便利だと思うわ。だけど、夏祭り以来会えてないのよね。学校始まったしまた探してみないと……」
「前にも思ったんだけどさ、それって好きとか嫌いとかじゃないような、なんだろう。オレも人の事言えないんだけどさ」
「あの人は多分私のことなんかまるで目にも入っていないのよね。きっと他に好きな人や好きなことがあるんだと思う。なのに面倒ごとに巻き込まれるのをわかってて私を助けてくれた。そういう掛け値のない男っているんだなーってね」
へぇ。その本音は少しだけ意外な感じがした。要するに裏表のないストレートな優しさに惹かれたという事なら、シルヴィが求めているものはどこまでも純粋なのかもしれないと感じた。だが――
「でも、相手の視線がこっちに向いてないってわかってて好きでいるのはしんどくないか?」
「そうかしら? まぁ好きって結局突き詰めたらエゴだしさ。私がそれでいいなら別にそれでも良くない?」
その言葉とともに、元々クールに見える目元がさらに冷たさを増したように見えた。
「まぁ、私ってば可愛いだけが取り柄だからさ。その力も使いつつ、いつか振り向かせてみせるよ」
その言葉は前向きなような、投げやりなような。
シルヴィはニコリと笑って、続けて机の方に言葉を落とす。
「私、どうしょうもなく普通だからさ。なんかもう本当に、普通に学生生活過ごしたいんだよね。なんとなくだべってる彼氏いて、適当に勉強して、色んなところ遊びにいって……」
「なんか荒廃的だなそれ。その普通の中に部活はないのか?」
「やりたい事ないしパス。もう少しダラっとした感じでいいのよ、ほどほどに」
「……でも、中学まではやってたんだろ、エアリアルソニック」
シルヴィは手にしていたカップを一旦机に置く。そうして周囲を少し見渡すように、店内の方へと視線を動かした。
「そうね。でも3年次には辞めたわ」
そのまま視線を合わせることなく、投げ捨てるようにそう言う。そんな視線の合わない彼女をしばらく見つめていると
「……で、どうして? って聞きたいんでしょ?」
シルヴィの方からそう声をかけてきた。
「そのためのフラペチーノだから」
そう答えるとシルヴィは苦笑いを浮かべた。もう一度、そのフラペチーノを口に運ぶと、彼女は少し申し訳なさそうに眉をひそめた。
「まぁ、これだけもったいぶって悪いけど、本当に普通の理由よ?」
「普通?」
「うん。普通に才能がなかったの、私」
その少女は涼しい顔であっけらかんと、そう言い放った。
「才能、って……」
「パイセンなら分かってくれる気がしたんだけど……違う?」
そう言われてハッとした。彼女の言う通りだった。きっとオレは同じ瞬間を知っている。
「私、桜山で神谷野って名前を聞いた時に、ピンと来たんだ。この人、私と同じだって。だからちょっと気にしてみてたの。もちろん五十鈴のこともあったけど。辞めた人間に対する興味もね」
シルヴィはそこまで言うと、ひと呼吸の間をおいて、眉をひそめて苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「でも、違った。パイセンはエースにもう一度向き合ってるし、才能がなかったんじゃなくて、才能が認められなかった類の人。私とは違うわ」
「シルヴィは、どうしてエースを始めたんだ?」
「それはお姉ちゃん……ブロンシュの影響。お姉ちゃんが先にやってたら妹もやってみたい、って言いだすヤツよくあるでしょ? 私ももれなくそれだったわ。年は少し離れてたけど、すでに活躍していたお姉ちゃんを見て、私もやりたいって両親に言ってやらせてもらったの。幸いウチ、お金持ちだったし、機材とかお姉ちゃんが一通り揃えてたから、すぐに始められたわ。しかもすぐに結果が出た」
「勝てたんだ?」
「そう、充実のサポートと圧倒的な機材の差でね。小さい頃にそれだけ道具や環境が揃えられる家庭、そうはないでしょ。実力がブーストされちゃったのよ。それで勘違いしちゃって、私もお姉ちゃんみたいにって、どんどんハマっていった。だけど、普通に中学上がる頃には伸び悩んだわ。当然よね、環境の差が小さくなれば自ずと才能があぶりだされる。全然中学以降は鳴かず飛ばずで、もういいかなって辞めっちゃった。どう?」
「……なんというか……」
「思ったより普通でしょ?」
「まぁね。よく聞く話だなとは思うよ。実際、オレも含めてそういう感じだと思うし」
シルヴィはオレの言葉に少し目を丸くして、被せるようにして否定した。
「ううん、パイセンとはまったく違うわ。目の前にいる神谷野翼は正真正銘、中学MVPで現女王のメカニックだった人。才能が発揮できなかった人と才能がなかった人はまるで違うわ。私は地方予選でも大した成績が出なかった普通の人。まったく違うの」
そう言うと少し寂しそうな表情を浮かべて、シルヴィは言う。
「ごめん。だからあなた達の期待には応えられない。経験者だけど、輝夜のような天才じゃないし、真心のように何か1つの事に秀でているわけじゃない。確かにプロライダーの妹だけど、本当に普通の女子高生でしかないだよ、私」
次の言葉が見つからなかった。シルヴィに何を言えばいいのだろう。彼女のバトルスキルを見た事があるわけじゃないから、違うとかそんな事は言えないし、才能という壁がある事もよく知っている。頑張れば夢が叶うなんてそんな風には欠片も思っていない。シルヴィにかける言葉が見つからない。

――と不意に五十鈴が頭をよぎった。

「五十鈴のことはなんで助けてたんだ?」
「なんでって……」
「エース辞めた後にさ、それを好きな奴に関わるのって嫌じゃなかったのか?」
「ははん……それってパイセンの感想ですよね?」
察しました、と言わんばかり。シルヴィはニヤリと口角を上げて指摘を入れる。
「……そうかも。輝夜先輩に関わるの凄く嫌だったんだよね」
「でしょうね。せっかく距離をとった所にあんな”エース好きが服着た”みたいなのがまとわりついたら嫌ですよねー、わかります」
一応先輩なんだけど、その表現はちょっとフランクすぎませんか?
と思ったけど、言いえて妙だったので不覚にも笑ってしまった。
「そうだなぁ、嫌だったね。必死に避けようとしてたものが逃げても逃げても、いつまで経っても正面に立ってる感じ」
「うわぁ、しんど。でもじゃあ、なんでパイセンはそれでもエース部を辞めなかったんですか?」
質問していたはずが質問される側にいつの間にか回っていた。
「そうだなー、やっぱり好きだった事に気づけたからかな。余計なこと考え過ぎて、そういう元々スゲェエースが好きだった事、輝夜先輩をみるまで忘れてたんだと思う。シルヴィはそういう事ない?」
「私? ないない。それ聞いたらやっぱり私とパイセンって全然違うんだなって思った。最初は同じタイプの人なんじゃないかって思ったんだけどさ」
「オレとお前が同じタイプ?」
「そう。てっきり私と同じように、辞めて普通に生きようとしてる人なんだって勝手に思ってて。だから学園でもパイセンの事、気にしてみてたんだけど。でも違ったみたい。私は普通の女子高生だけど、神谷野翼ってのはやっぱり才能のある人間で、全然普通じゃなかった。その周りの人たちも普通じゃない人ばっかり。だから私とは違ったの。私はどこまでもフツーなのよ」
「オレがフツーじゃない、みたいな言い方だな、それ」
そういうと、彼女は小さくため息をつく。そうして少しだけ口角を上げると嘲るようにこう云った。
「あなたはオリジナル、私はコピー」
「は?」
「替えの利かない特別な才能と、誰かの模造品でしかないものと。前者はあなた、後者は私」
「模造品って……」
「――私は、いつだってそうなんだよ。本物にはなれないの。だからせめてフツーになりたいだけ」

――きっとそれは。
姉の事を言っているのだろう、という事は感じられた。
だけど彼女の過去がどれだけ深い所に沈んでいるのかまでは分からない。それを想像するにはあまりに彼女の事を知らな過ぎた。だから余計な事は言えない。

「……シルヴィの口癖だな、普通って。さっきからそればっかりだし」
「まぁね。しょうがないよ、事実だもの。特に才能はないし、勉強も運動も別に秀でてるわけじゃない。フツーに学校いってそこそこに楽しんで、彼氏とか作って、放課後はカフェでだべって、それでなんとなく2年が終わったら受験準備して、それで大学行く。そんな感じの普通な女子高生活を過ごす予定なの」
「本当にそれでいいのか?」
「んー、いいとか悪いとかじゃなくて。結局それしか選べない気がするんだよね、って言ったらさ、努力の価値ガー! とか。頑張った先にある感動ガー! とか話してくる暑苦しい人とかもまぁいるだろうけど。でも自分の才能は自分が一番わかってるからさ。向いていないことに時間を浪費して、あーあ、結局全部無駄だったなー、って思う方が嫌なんだよ、私」
指先で髪の毛をくるくると遊ばせながら、シルヴィはこちらを見ているようでその実、どこか遠くにその視線を向けているように見えた。
「まぁ、別に頑張ってる人を否定はしないよ。パイセンにも五十鈴にも頑張って欲しいって心から思ってる。だけど努力する方向を間違えてもしょうがないんじゃない? ってのは思ってるから。もしも頑張っても報われないのが分かってるのなら、最初から努力しないほうがいいに決まってるでしょ。人生短いんだから、できるだけ効率よくいかないと」

――そんな事ない。

とか、いろんな言葉が頭の中を駆け巡った。だけど、そのどれもが彼女に向けるべき言葉ではないと思った。誰かに否定されたわけじゃない、自分自身が出した結論を他人が覆すのは何か違う気がする。輝夜先輩の努力を生徒会長が無駄だと言った事は絶対に本人が諦めていない以上、絶対に譲っちゃいけない。

――だけどこれは。

シルヴィは自分で自分の才能と努力に見切りをつけて、これ以上進むのは無駄だと結論づけている。これは、オレがそれは違うとか、無駄じゃないとか、そんな事をいった所で、何か違う気がする。本人が自分を一番よく分かってる。オレはシルヴィの事を何も知らない。
そんな思考がぐるぐると一回りした後、オレはシルヴィに再び問いかける。

「シルヴィは五十鈴についてはどう思ってるんだ?」
「五十鈴? 世界一可愛い」
「違う! そうじゃなくて。五十鈴がエアリアルソニックをやる、って事について」
そう言うと、残り少なくなったドリンクに口を付けてから、ふっと息を吐いた。
「あぁ、そういう事。五十鈴に才能があるかどうかなんて、そんなのは私には分からないけど、あの子は凄くエアリアルソニックが好きだから。私なんかの何十倍もそれが好きなのよ。だから応援してるし、困っていたら助けたいって思うわ」
そういうシルヴィにオレは怪訝な顔をして問う。
「そんな姿を近くでそれを見てて、シルヴィは辛くなったりしないのか?」
「はぁ? なんで?」
「シルヴィにとって、距離を取りたいものが近くにあるわけだろ?」
オレがそう問うと、シルヴィは一瞬だけ困惑の色を見せて、しかし次の瞬間には何か、ため息交じりのような苦笑いを浮かべていた。
「……あぁ、そういうことか……全然。輝夜先輩から距離を取りたいって思ってる時点で、パイセンはエースが好きなんですよ、きっと。私はそもそも近くにエースを頑張ってる人がいようが、活躍しようがなにも感じない、でしょ。そこが全然違うんじゃないですか?」

――あぁそうか。

今日の目的は経験者であるシルヴィを、エース部に勧誘すること。だけどこれは……彼女は距離をとっているとかそういう話じゃなくて、つまりエースに対する興味をなくしてしまった人だ。好きだった瞬間はきっとあるんだろうけど、今ではまったく興味をなくしている。彼女が言うように、オレとシルヴィのスタンスはまるで違う何かだった。
続けて、
「それにねパイセン。五十鈴はさ」
そこまで言うと、少し間を置く。それは息を吸うための間というよりは何かをかみしめるような。そんな時間に感じられた。
「五十鈴は、私の事、シルヴィって思って話してくれるんだよね」
彼女のその言葉の意味が分からなくて、やっぱり怪訝な顔をしてしまった。
「ごめん、意味がわからない。オレもシルヴィって呼んでる気がするけど……」
余りにストレートな返しに、虚を突かれたらしくシルヴィは苦笑いを浮かべた。
「ハハッ。それはそうね、ごめんなさいパイセン。そういう事じゃなくて……」
そういうと、少しだけ言葉を探して、彼女は続ける。
「エースをしていた時の私はね、模造品(コピー)なの」
「は?」
「エースをしているときの私は、いつだってブロンシュの妹でしかなかったの。話しかけてくる人も、姉に近づくために私と友達になりたがってた。パイセンだって、私に姉の姿を期待して話しかけてる。でも私はそんなに強くないのに」

――違う、そんなことはない。

言葉でそれを否定しようとしたが、言い訳できない感情もそこにはあった。チームに即戦力が必要なこの状況で、「プロライダーの妹」という言葉に淡い期待を抱いた事は紛れもない事実だったから。
そう、強く否定できなかった。
そんなオレを見て、彼女はどこか嬉しそうに笑った。
「だけどね、五十鈴は私の試合の話を沢山してくれたの。初めて話しかけられたときはウザかったけどね。せっかく学校を遠い所にしたのに、また姉の話かって。でも五十鈴はヲタクだからさ、本当に私の試合を見てて、その話を沢山してくれたの。それはなんか嬉しかった。彼女にとってそれは模造品じゃないんだって」
オレは兄弟がいないから、そんな風に比較するものがいないから、シルヴィが抱えているその苦しみを完全には理解できない。
だけど自分の事を模造品だという、彼女の絶望の深さはその言葉の端々から十分に感じ取れた。だから、それ以上何かを聞くことができない。

「ねぇパイセン。逆にさ、質問してもいい?」
シルヴィはグラスを横目に肩ひじに頬を寄せて寝そべる様に頭を横にする。そこから上目遣いでこちらを見る。
「なに?」
そう答えると、シルヴィは目を少しだけ細めながら、
「一生懸命、ってなんだろうね?」
そんな事を口にした。
「なんだよそれ」
「たまーにそんなこと考えるんだ。一生懸命頑張りなさい、もっと努力しなさいってさ。パイセン言われなかった?」
「小学校の担任がそんな事言ってた気がする。そいつ全然人気なかったけど」
そう言うとシルヴィは口持ちを抑えながら笑いをこらえた。
「ハハッ、でしょうね。ウザいわ、そんな奴」
その乾いた笑いに、だが少しなんてものじゃない。オレはその感情に強く共感していた。頑張ったらいいなんて、世界はそんなに単純にできていない事をきっとオレたちは彼らよりも知っていた。
「……でもさ、羨ましくはあるよ。そんな風に一生懸命ってのになれるのが。私には無理。それが才能ってやつなんじゃないかなって思う。そう、私には無理」
少し寂しそうな顔をして、
「アンタたちの事は応援してるけど、でも頑張るのは嫌。だから一緒にエースやるなんて死んでも無理、OK?」
いい終わりに合わせて首をかしげて、彼女は満面の笑みでオレにそんな風に笑いかけた。


chapter.6-4(終)

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