ショートショート「階段が下りられない」

ある日、急に階段を降りられなくなった。
一歩踏み出す、すると次にどうしたらいいのかがわからない。まごつく。出した一歩を引っ込める。そして立ち尽くす。こんな具合だ。こうして見ると、階段はたとえ一階分であろうと凄まじく高く感じられ、それは目眩を催させる。
弟にこのことを言うと「なんだって?」と驚かれた。そして、階段の降り方を教えてくれた。
「ほら、こうするんだよ。一つ下の段に足を踏み出す」
「こうかな?」
「そうそう。で、今度はこっちの足を出す」
「こうか?」
「違う違う。そうじゃないよ」
「こう?」
「うーむ」
客観的に見てもかなり懇切丁寧に教えてくれたのだが、いっこうに上手く降りられるようにならない。最後には匙を投げられてしまった。
「まあ、いずれ降りられるようになるでしょ。だって、今までちゃんとできていたんだから」と弟。
「そうだといいけど」
階段に不自由するようになると、世の中には至るところにそれがあるのに気付かされる。ちょっと歩けば階段。それは現状壁か崖に等しい。
また厄介なのは階段を昇る分には苦もなくできてしまうことだ。うっかり階段を昇ってしまい、降りられなくなって大騒ぎになった。
「誰かー!助けてー!」
「どうしました?」
「階段が降りられないんです」
「降りられないって、なぜ?」
「さあ、とにかく降りられないんです」
相手は首を傾げていたが、背中におぶって降ろしてくれた。親切な人で良かった。それでも、
「なんで階段なんかが降りられないんです?」と尋ねられた。もっともな疑問だ。一見、なんの異常も見えないのだからそれはそう思うだろう。しかし、降りられないものは降りられない。この辺りがわかってもらえないのはちょっとツラい。

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兼藤伊太郎

For Beautiful Human Life

つたない創作ですが、よろしければどうぞ。
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