ショートショート「火気厳禁」

天使は非常に燃え易かった。火気厳禁である。コンロの近くや石油ストーブのそばなど言語道断、あっという間に火が燃え移り、跡形も、灰や炭も残さずに燃え尽きてしまう。静電気で火が着き、それで燃え上がって消え失せた天使もいて、だから天使はセーターを着ない。そもそも天使は背中の翼のせいで着られる服は限られているのだが。
人々はその天使の可燃性に目をつけた。なにせ天使は至るところにいて、簡単に捕まえられたのだ。山に入って薪になる木を拾い集めるなんて馬鹿らしくなるくらいだ。というわけで、馬鹿らしいことなどやめて人々は天使を捕まえた。天使は簡単に捕まった。天使は人間などよりもはるかに高度な知性を持っていたが、人間よりもはるかに善良で他人を疑うことを知らなかったのだ。その性向はどんな知性も愚鈍に見えるほどに。人々は言葉巧みに天使を騙し、捕まえて火にくべた。天使は実によい燃料になった。燃え易いし上手くやれば長いこと燃やし続けられる。火力は十分だし、燃えカスは残さない。
倫理的にどうだろう、という意見も出るには出た。なにせ燃やすのは天使だ。こんなに罰当たりなことがあるだろうか。今に天罰が下る。という人間もいたが、人は便利さには勝てないらしい。あまり好ましくはないだろうと誰もが思いながらも、躊躇いながらも、人々は天使を火にくべ続けた。
やがて蒸気機関ができ、天使はその燃料となった。発電所ができ、天使はその燃料となった。人々の生活に天使は欠かせないものになった。人々は天使をありがたがった。別に天使が神聖だからではなく、よく燃えるからである。
ところが、ある日を境に天使は姿を消した。乱獲のせいだと言う者もいたし、賢い天使だから、人目につかないところへ逃げたのだろうと言う者もあった。中には天罰だと言う者もいた。とにかく、天使が消えたことにより人類のそれまで築き上げた文明は滅亡へ向かうことになった。全ては天使を燃やすことで成り立っていた文明である。仕方がない。仕方がないとは誰も言わなかったけれど。
「自業自得さ」と天使は言った。

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