ショートショート「The Dark Side of the Moon」

それは絶海の孤島か、険しい峰を越した先の、堅牢な城塞にあることだろう。もしかしたら、天空に浮かぶ城か、地獄の底の要塞にあるかもしれない。どこかはわからないが、そこが人を拒み、簡単には近付けないであろうことだけはわかる。それの重要さを考えれば、それが当然だ。 

そして、そこは、鎧を身に着けた衛兵たちに守られているに違いない。始終彼らが巡回し、少しでも怪しい者を見かければなんの躊躇いも見せずに殺すことだろう。抵抗など無駄に違いない。彼らはより抜きの精鋭たちであるはずなのだ。彼らの守っているものを考えれば、それが当然だ。 


彼らの守るのは、時計の親玉である。この惑星の上にある、星の数ほどの時計、それが時刻を合わせる際に基準にするのが、その時計の親玉なのだ。と思う。

それについてはその秘密が厳重に守られているから、詳しいことはわからないのだ。それについての何かが明らかにされてしまえば、方々でなぜいまが一時で二時ではないのか、とか、文字盤に十三時があってもいいのではないか、とかの疑問が持ち上がるに違いないのだから。それが絶対的な力を持つには、隔離され、神聖不可侵のものと見なされなければならないのだ。我々はそれに従う。なぜなどという疑問は差し挟まずに。それが秘匿されているからこそ。それは誰かによって作られたものではなく、常にそこにあった。過去も現在も未来もなく、無時間的な場所に。 


ぼくはそこへ忍び込むことを夢見ている。いま、ここで。その場所を探し出し、そこを守る衛兵たちを打ち負かし、時計の親玉の鎮座する間へと入って行く。 


そして、その針を、そっと一分だけ先へ進めるのだ。誰にも気付かれないように。

すると、世界中の時計は、それに合わせて、みな一分だけ進むことになる。なぜって、それが時計の親玉であるからだ。人々は時計の親玉を見て、自分の時計が一分遅れていると思うだろう。実際には遅れてなどいないにもかかわらず。そうして世界は一分だけ狂うのだ。

その世界の中で、ぼくは自分の時計の針を進めずにおくのだ。ぼくの時計を見た人は、ぼくの時計が一分狂っているというだろう。しかし、実際はぼくの時計こそが合っていて、世界が狂っているのだ。

そんな狂った世界で、ぼくは狂っていると言われ、そして微笑むだろう。

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兼藤伊太郎

For Beautiful Human Life

つたない創作ですが、よろしければどうぞ。
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