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挫折の軍用車

ランボルギーニ LM002(1990年型)LAMBORGHINI LM002(1990)

 ランボルギーニ自身によってその存在が告知されていた新型SUV「ウルス」が発表されたのは2018年が開けてのことだった。
 ウルスがランボルギーニ初のSUVではないことは、モダンクラシックカーに詳しいトップギア読者諸氏ならばご存知のことと思う。
 ランボルギーニが1986年から1993年にかけて製造していた、初のオフロード4輪駆動車が「LM002」である。
 7年間で製造されたのはわずか300台あまりだが、そのうちの何台かが日本にある。2017年に東京で行われたイベント「ランボルギーニ・デイ2017」に参加していた赤いLM002のオーナーと知り合うことができた。
 小山のように大きなボディは迫力満点で、周囲のカウンタックやディアブロなど地を這うようなスポーツカーたちばかりの中で、LM002は異彩を放っていた。


 オーナーと言葉を交わすと、昔からランボルギーニが好きで、他にもカウンタックやムルシエラゴベースのイオタなどを持っていると、スマートフォン内の画像を見せてくれた。会津ナンバーが付けられている通り、福島県からの参加だった。
 その後、メールや電話でのやり取りが続き、年が明けて春が来て、雪も融けて、福島を訪れた。
 オーナーの一重卓男さん(53歳)は、福島県の猪苗代湖畔で広大なオートキャンプ場とドッグラン施設を経営している。
 我々が訪れた日は好天で、キャンプ場のビーチから湖を望むとその向こうに名峰の磐梯山が手が届くくらい近くに見えた。
 猪苗代湖や磐梯山は、東北地方有数の観光地のひとつだ。現代日本の成立にも大きな影響を及ぼした歴史的な土地でもある。

 夏を思わせるような青空の下、湖面にはジェットスキーが何機も飛び跳ねていた。
 半年ぶりに、それも自然の中で対面したLM002は、東京で眼にした時と同じような強烈なオーラを放っていた。
 ボディの前後、左右すべての面が直線で切り落とされたような角張った造形だけでも独特なのに、黒一色のフロントグリルの左右には真ん丸のヘッドライトが2灯取り付けられている。
 グリルの中央部分の奥にはラジエーター、向かって左にはエアコン、右にはオイルクーラーが組み込まれている。フロントガラスも真四角の上に湾曲がなく、一枚の巨大な板ガラスのように見える。4枚のドアも前後で形状は異なるものの、直線と平面で造形されていることに変わりはない。
 エンジンフード中央の巨大な膨らみは5.3リッターV型12気筒エンジンのヘッド部分をクリアするものだ。
 エンジンフードを開けると、巨大なV12が収まっている。ディアブロ用のものを流用している。450馬力/6800回転の最高出力と51.0kgm/4500回転の最大トルクを発生し、その力はトランスファーを経て4輪を駆動する。
 パートタイム4輪駆動だから、通常の後輪駆動状態から4輪駆動に変更するためには停車して、4輪のホイール中央部のフリーホイールハブを固定しなければならず、そのためのレンチが巨大で頑丈なのにもこのクルマのパフォーマンスが表れていると思った。
 同時代のトヨタ・ランドクルーザーや三菱パジェロなどは指先ほどのスイッチでそれを行なっていたことを思い出した。


 後ろに回ると、トランク部分にフードはなく、ピックアップトラックのようなオープン構造になっている。
「このトランクボックスはオプションなのですよ」
 そう言って、一重さんがLM002のトランク部分の覆いを外すと、中の座席が見えてきた。ベンチ状の座席は左右に一脚ずつ設置され、座った人たちは向き合うかたちになる。こんなふうになっているとは知らなかった。
 覆いの開閉やロックの仕組みなどが厚みを持った金属製のパーツで頑丈に造られている。中に収まっている工具やジャッキなども立派なものだ。
「立派で頑丈なのは、クラッチも同じですよ。踏んでみて下さい」
 一重さんに促されて踏んでみると、あまりの重さに驚いた。よくこれで運転していたものだ。
「あらゆるところが頑丈に造られているのは、このクルマがもともと軍用車として開発される予定だったんですよ」
 そうだったのか。たしかに、あちこちに見受けられる頑丈な造りは軍用車と聞くと納得できる。LM002が「002」と2番目を表す車名となっているのも、その前身である「LM001」が軍用車として開発されたプロトタイプだった。
「ですから、“LM”というのはLamborghini Militaryの頭文字なんですね」
 軍用車として開発が始まったが、その道が閉ざされ、民生用に方向転換されて生まれたのがLM002というわけだ。


 助手席に座らせてもらい、オートキャンプ場の先の林まで走ってもらった。キャンパー達から熱い視線が向けられるのをヒシヒシと感じた。
 LM002のことを知っている人も、また知らない人も、このクルマの強烈な存在感には有無を言わせずに圧倒されてしまうのだろう。
 しかし、その外見とは裏腹に、LM002の助手席は平和そのものだ。まず、想像していたよりも車内がとても静かなのに驚かされた。フロントに搭載された5.3リッターV12エンジンの排気音は低く抑えられ、横で聞いている限り不快ではない。それでも、大排気量のV12の存在感は十分に発揮させられている。
 また、ボディ全長に対してホイールベースが長く、前後のオーバーハングが短いからなのか、乗り心地もソフトで快適だ。林の中の凸凹道をペースを上げて走ってもらっても、上下に大きく揺すられたり、路面からの強い衝撃がそのまま伝えられるようなこともない。すべて、サスペンションが上手に吸収してくれて、車内は平穏に保たれている。
 淡いベージュの革シートの掛け心地は上々で、とても高級感がある。シートだけでなく、メーターやセンターコンソールなどに用いられているウッドパネルは本物だし、各部の工作にも手が込んでいる。
 外観や機能部分などは軍用車由来の機能最優先の印象だが、車内は一転して高級車の設えがなされているのが面白い。ウルスの誕生を予言しているかのようだ。
 また、リアシートの座面が外れ、その下の空間が収納スペースになっている工夫も興味深い。とても実用的だ。欧米の高級車はこのような細かな実用性には意を払わないのが一般的だが、LM002には実用的な工夫が散見される。軍用車として開発されたというバックボーンがその理由だろうか?


 ジープやランドローバーを軍用車ベースと呼ぶにはあまりに時間が経ち過ぎている。メルセデス・ベンツのゲレンデヴァーゲンぐらいが現代に生きる僕らがイメージしやすい軍用車だろう。そのゲレンデヴァーゲンにしても、ヨーロッパではヘビーデューティ仕様の「プロフェッショナル」と民生用の豪華な「Gクラス」を造り分けている。
 LM002もうまくプロジェクトが進行していたら、ゲレンデヴァーゲンのように長きに渡って造り続けられ、多くが生産されていたのかもしれない。そうなっていたら、ランボルギーニ社自体のあり方も変わっていたことだろう。でも、そうはならなかった。
「ランボルギーニは、“挫折の物語”を宿しているところが魅力です。それが、フェラーリにはない独特の個性となっているのだと思います」
 鋭い指摘だと思う。ランボルギーニがエスタブリッシュメントたり得ないことは、その誕生の時から運命付けられている。
 創立者のフェルッチォ・ランボルギーニが自分が購入したフェラーリの品質だか性能だかにクレームを付けたところ、フェラーリ社から邪険に扱われた。怒ったフェルッチォが「ならば、フェラーリを打ち負かすクルマを造ってやろうじゃないか!」と奮起したという有名なエピソードだ。真偽のほどはわからないが、本当だと思いたくなる話ではないか。
「ランボルギーニの魅力を具体的に感じられるのは、カタチだと思います」
 同感だ。LM002だけでなく、一重さんのカウンタックもイオタも突き抜けたカタチをしている。3台をキレイに並べてもらって、改めてその魅力が良くわかった。
 ウルスも、カタチは十分に個性的だ。他の高級SUV群の中から飛び抜けたカタチをしている。そう遠くないうちにウルスを運転することになるだろうが、その時にはきっとこの一重さんのLM002のことを思い出すに違いない。奥深い魅力を備えたクルマだということがとても良くわかった。

(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久 text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com


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