10年10万kmストーリー TVRグリフィス

ブルース・リーとフレッド・アステアと

 昔のことを憶えていてくれる友人ほどありがたいものはない。もう15年以上も前に僕がTVRグリフィス500に乗っていたことを知っている友人が、先日、メールをくれた。
「カネコさんと同じようにTVRに乗っている人と知り合いましたよ」
 懐かしい。グリフィス500にはとても気に入って乗っていたけれども、長い旅に出ることになって手放した。
 誰かに預けて戻ってきたらまた乗るつもりだったけれども、慣れていないと手に負えないクルマなので断られ続け、“誰か”はとうとう見付からなかったのだ。
「その人はグリフィスを10年以上も乗り続けているんですよ。スゴいでしょう?」
 エエエエエエッ!?
 あんなクルマを10年以上だなんて、いったいどんな人がどんな風に乗っているのだろうか。

 メールアドレスを教えてもらい、すぐに連絡を取った。山口司郎さん(49歳)という方で、医療情報関連会社に勤めている。とても礼儀正しく、キチンとしていて、どんなメールにも丁寧な返信がすぐに返ってくる。

 山口さんは1999年型のTVRグリフィス スピード500を14年8万8000km乗り続けている。やり取りしたメールの中で、さらに驚かされた。山口さんはグリフィスを2台持っているのだった。

 帰省した時にも楽しみたいから、鹿児島の実家に2台目を持っている。大学生となってからずっと東京暮らしで、京都に転勤したこともあるが母親が元気に暮らしている故郷に帰省する時間も大切にしている。
 京都で乗られていた6000マイルしか走っていないグリフィス500を、2004年にインターネットオークションで競り落とした。
 1台だって持て余してしまうことがあるのに、2台とは……。
 山口さんは、僕がグリフィス500に乗っていた時にWebに書いたコラムを良く憶えてくれていた。

「まだグリフィスを買えないでいて、Webや雑誌の記事を読みながら、“いいな~、いいな~”と憧れていた頃に、カネコさんのこの記事を何度も読み返していましたよ」

 ライター冥利に尽きて、とてもうれしい。

 忘れていたわけではないけれども、グリフィスを10年以上も乗り続けている人がいると聞いて、自分の気持ちの中で薄れつつあったグリフィス500に乗っていた3年半の記憶を急に呼び戻されてきた。だから、ぜひ、山口さんに会って、グリフィスの話をしたくなった。

 “それならば”ということで、ちょうど近々開催されることになっていた山口さんが加入しているTVRオーナーズクラブのミーティングにゲスト参加させてもらうことになった。
 会場の長野県車山高原に着くと、グリフィスだけでなく、キミーラやサーブラウ、タスカン・スピードシックスやその後のT350やサガリスなどが駐車場を埋め尽くしていた。 

  こんなにたくさんのTVRを一度に眼にするのは日本では初めてのことだったし、手放してからグリフィスと対面するのも初めてのような気がしてきて気持ちが昂った。会場に到着した連絡をすぐに山口さんに入れなければならないのに、誰もいない駐車場で小一時間ぐらい見惚れてしまった。

 山口さんのグリフィスは赤いボディに黒い内装を持っていた。左右ドアの下に、“Griffith Speed 500”という白いデカールが貼り付けてある。短い全長に幅が広いボディ、端を巻き込むような特徴的な造形が施されたドアとそれに対応した形のエンジンフードなど、忘れようとしたって忘れられない。
 隠れたノブを押してドアを開け、小さめのシートに腰掛けると、そこにも忘れられない光景が広がっていた。
 タイトな空間を支配している革とウッドに、アルミがところどころにアクセントを効かせている。一面のウッドパネルに各種のメーターが配され、その外側が革で包まれている。縦に3分割されたセンターコンソールもパッドを革で覆い、肘を置くのに具合が良い。
 その中心には無垢のアルミ材を削り出したシフトレバーがある。夏は熱く、冬は冷たくて握れないからグローブをする。

「カネコさんもそうでしたか!?」

 左右のドア開閉レバー、4個のエアコン調節スイッチなどもアルミ削り出しと凝っている反面、バックヤードビルダーらしくエアコン吹き出し口やライト類のインジケーターなど他メーカーのクルマのものを最大限に流用している。その対比具合がグリフィス、キミーラ、サーブラウなどの世代では絶妙で、TVRの魅力のひとつになっている。

 助手席に乗せてもらい、ビーナスラインを走りながら、TVRやグリフィスの魅力について話した。ドーベルマンが喉を鳴らしているようなV8エンジン音がBGMだ。もっと話したかったが、山口さんも僕も早退しなければならなかったので、再会を約束して僕は東京へ、彼は郷里の鹿児島へ向かった。

 大阪まで自走し、そこからフェリーで鹿児島へ向かったのは、グリフィスのエアコンを修理するためだった。信頼を寄せている工場があるのだ。

「じっくりと時間を掛けて整備して欲しいので、鹿児島まで持ってきてお願いしています」

 都内の工場でも構わないのだが、スペースと効率の関係から、どうしても作業を急がざるを得なくなってしまう。
 いつも、鹿児島市内にある倉岡自動車整備工場に依頼している。トラックから軽自動車まで、何でも手掛ける工場だ。

「工場長の山下さんに、とても良く面倒を見てもらっています」 

 前述のように、TVRはバックヤードビルダーと呼ばれる規模の小さなメーカーなので、既存のクルマのパーツを可能な限り流用している。

「山下さんは、自らの知識と経験から、TVRがどのクルマから流用しているのかいつも探りながらグリフィスを直してくれるので、とても助かっています」

 今回も、エアコンの故障を直すに当たって、交換が必要なエアコンのコンプレッサーの温度センサーにフォルクスワーゲン・ゴルフのものを流用していることを突き止めた。

「すぐに修理を行わなくても、流用されている元のクルマがわかると、パーツを見付けて保存しておいてくれます。そこにも、彼の知識と経験が良く活かされています」

 山口さんは運転免許を取得して初めて手に入れた中古のトヨタ・コロナクーペで16万km走った後、2000年にホンダS2000を新車で購入した。

「速いオープン2シータースポーツカーが欲しかったんです。(メルセデス)SLKや(ポルシェ)ボクスターなど、世間に良く知られたブランドのクルマは嫌で、女性では乗りこなせないようなクルマに乗りたかった」

 確かに、グリフィスのハンドルやクラッチ、シフトなどはとても重いから、女性には厳しいだろう。S2000を買う時に、すでにグリフィスの存在は知っていた。

「でも、高くて、とても買う気になんてなれませんでした」

 山口さんによれば、まだ排気量が4000ccだったグリフィス4.0の定価が880万円だった。
「円高差益が還元され、一気に780万円に値下げされ、“イケるかも?”と思ったのも束の間、1999年には排気量が5.0リッターに拡大されてグリフィス500となり980万円にまで値上がってしまいました」
 グリフィス購入の望みを打ち砕かれるのと前後して、S2000が約250万円で発表された。
「ゲンキンなものです。グリフィスに較べたらとても安く感じてしまって。ハハハッ」
 S2000を買ってもグリフィスのことは忘れられなくて、愛知県岡崎市にあったTVRジャパンのショールームにS2000で通っていた。もらったA4サイズのパンフレットをカラーコピー機で拡大して部屋に貼って眺めていた。
「3カ月に一回は行っていましたよ。ただ見るだけで試乗はさせてもらえませんでしたが、店員さんが丁寧に説明してくれました」
 まだ、インターネットが広く一般化する前だったから、TVRジャパンからはちょくちょくダイレクトメールでパンフレットが送られてきていた。
「これが僕のグリフィスですよ」
 パンフレットに出ていた最後のグリフィスは、458万円にまで大幅に値下げされていた。定価980万円が半額以下になっていたのは、2年間在庫されていたからだった。後から、クラブの仲間が東京モーターショーに展示されていたクルマそのものだったとも教えてくれた。
 あまりの値引き幅に驚いたが、理由を知ってすぐに購入した。その時に、ファクシミリで申し込んだ予約申し込み書を山口さんは今でも大切に持っている。

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10年10万kmストーリー

一台のクルマに長く乗り続ける人々のルポルタージュ。自動車ライター金子浩久が全国に出掛け、クルマ好きの喜怒哀楽を共有する。
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