スバル主義者が謳歌する美的な人生

アルシオーネSVXで24年33万km

 日本では、スバルのクルマを愛する人々のことを「スバリスト Subarist」と呼ぶ。スバル“主義者”なのだから、単にスバルが好きなだけではとどまらず、スバルのクルマ造りに対して深い共感を寄せているのである。
 山梨県北杜市に住む冨口秀一さん(64歳)もスバリストで、1992年型のスバル・アルシオーネSVXに乗り続けている。新車で購入し、もう33万km以上乗り続けている。他に妻の美恵子さん用のスバル・インプレッサワゴンもある。
 冨口さんの“主義者歴”は25歳の時に中古で購入したスバル・レオーネバン1400 4WDから始まっている。
 自動車雑誌に出ていた「富士スバル」という東京の中古車店の広告を見て、買いに行った。

「スバルを造っている富士重工業は小さな会社なのに、発想や製品がユニークで大きなメーカーに負けていないところに惹かれました。その気持ちは今でも変わっていません」

 富士重工業はスバルの他に、航空機部品や産業機器などを製造している重工業メーカーだ。その前身は中島飛行機。1945年の敗戦まで、アジア最古の歴史と世界有数の生産規模を誇っていた航空機メーカー。有名な戦闘機「隼」や「疾風」などの戦闘機をはじめとする多くの航空機を旧陸海軍に納めていた。
「ゼロ戦」の設計は三菱重工だったが、最終的に約3分の2は中島飛行機が造った。
 そのように、中島飛行機は戦前と戦中を代表する日本の巨大名門企業だった。戦後、GHQの命令によって中島飛行機は9つの企業に分割され、そのうちの5社が合併して今日の富士重工業になった。
 ちなみに、スバルというのは富士重工業が造るクルマのブランド名だが、奈良時代の歴史書『古事記』にも登場する六連星(プレアデス星団)を意味する由緒ある言葉だ。
 スバリストは、スバルのそうした出自にも惹かれている。僕などは今からでも遅くはないので、うまく経営すればBMWのようなプレミアムカーメーカーになれるのに、とさえ思っている。

「理想を追求したエンジニアリングに共感しています」

 製造コストは嵩むが、低重心で回転バランスに優れた水平対向エンジンを採用し続けているのは、世界でもスバルとポルシェだけになってしまった。

 世界で初めて乗用車に4輪駆動を採用したのもスバルだ。冨口さんが最初に持ったレオーネバン 1400 4WDがそのクルマだ。採用はアウディ・クワトロより早かったが、最初はパートタイム4輪駆動システムだった。パートタイムを採用する方がこの時代では効率的だったのだ。

「次に乗ったレオーネスイングバック1600 4WDには副変速機が付いていましたからね」

 現在では本格的なSUVでなければ搭載しない副変速機を、今から30年以上も前にレオーネスイングバックは備えていた。

 血統の良さをひけらかすことなく、技術においては愚直なまでに理想を追い求めて止まない。これ見よがしを嫌い、理想は高く掲げながらも実質を尊ぶ。スバリストは、スバルにそうあって欲しいと願っている。

 SVXは、1991年に富士重工が満を持して送り出した高級&高性能GTである。水平対向エンジンは初の3.3リッター6気筒が新開発され、4輪駆動システムも専用のVTD式が開発された。
 そして何よりも SVXを特徴付けているのが、ガラスキャノピーのようなキャビンを持つ2ドア5シーターボディとイタリアの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロによるデザインだ。個性的で何にも似ていない。それまでのスバル各車との造形上の関連性もほとんど見当たらない。

「SVXにはスバルを感じません。SVXは“SVX”という独立したクルマなんです」

 美的にSVXは独立していると、冨口さんは断言する。

「時を経ても陳腐にならない、この造形こそがSVXの魅力です」

 ちょうど満開だった桜の木々がたくさん生えている丘を駆け抜けるSVXに後ろから付いて行くと、独特の造形がよくわかる。

 直線と曲線そして曲面を組み合わせたボディは見る角度によって、さまざまな表情を見せる。目の前で右に左にコーナリングを繰り返すSVXは時に引き締まって、時に鷹揚にその容貌を変化させていく。
 特に、前後フェンダーの張り出しがSVXを優雅にも、力強くも見せるのに寄与している。久しぶりにSVXに対面したけれども、こんなにも精妙で、力強い造形だっただろうか。
 ジウジアーロの美意識が隅々にまで行き渡った傑作であることに改めて気付かされた。
 インテリアも、エクステリア同様に造形と素材が練りに練られている。

「スバルのクルマは技術は素晴らしいのですけれども、デザインをどうにかして欲しい。でも、SVXは例外的にデザインが素晴らしい。だから、発表された時にはスバルのクルマだと信じられないくらいに衝撃を受けました。SVXとそれ以外のスバルとのカッコ良さのギャップが大き過ぎますね」

 たしかに、SVX以外のスバルのデザインの多くは野暮ったく、そのセンスに共感を寄せにくいカタチをしている。

「チャスラフスカって知っていますか?」

ベラ・チャスラフスカは1964年の東京オリンピックに来日して金メダルを獲得したチェコスロバキアの女性体操選手で、美貌で知られている。その時、冨口さんは13歳の少年だった。

「SVXはチャスラフスカなんです。妖艶な、大人の女性の輝きがあります」

うまい例えだ。

「今の日本車には大人の佇まいを持ったクルマがない」

 同感する。

 最近は、ほぼ土日曜にしかSVXに乗っていない。冨口さんは新聞の広告を扱う会社に勤めている。60歳で一度定年退職したが、それ以後も再雇用されて毎日仕事をしている。

「土曜日の朝に、ブルーシートを剝がしてSVXに乗る時には心がときめきますよ」

 冨口さんは、東京と群馬に数年間ずつ単身赴任していたことがある。週末に自宅に戻って来る時にはSVXで往復していた。33万kmという走行距離は、その頃に走られたものがほとんどだ。

「クラシックやジャズを聞きながら運転するのが最高の時間です」

 バッハやモーツァルト、ジャズだったらキース・ジャレットやチック・コリアなどが好きだという。

「家の前まで戻って来た時に気に入った曲の途中だったりすると、そこで中断するのがイヤなので、またこの辺をグルッと一周して来ますよ。ハハハッ」

 これまでで最も大きなトラブルは、トランスミッションだ。13万kmの時に、走行不可能になった。

「初期型はみんな途中で壊れるみたいですよ」

 乗せ換え費用は約35万円だった。他にも、ずいぶんと修理と交換を繰り返している。挙げてみると、18万kmでプロペラシャフト交換、約11万円。4本のダンパーを、3回交換。コンプレッサーもオルタネーターもそれぞれ3回交換している。15万kmでハブベアリング交換、18万kmでエアフローメーター交換で約6万円。

 ずいぶんといろいろと交換し、出費が嵩んだものだ。請求書の束を繰りながら読み上げてくれる冨口さんの横で、妻の美恵子さんが呆れた顔をしている。

「いちど、80数万円という請求額を見たことがあるわよ。こんなにするものなのねと驚いたわ」

 よく許してくれたものだ。

「SVXは家庭とは関係ない、主人のオモチャです」

 今では別々に行動することが多いという。

「以前は、SVXであちこち旅行に連れて行ってくれて感謝しているんですけれど、主人の運転だと途中で全然停まってくれないからイヤなんですよ。フフフッ」

 男は、気に入ったクルマを運転している時にはなるべく停まりたくないものなのである。よくわかる。

「私は、このクルマがあって豊かな人生が送れていると思っていますよ」

 美恵子さんは、われ関せずといった調子だ。

「蔵を見てやって下さいな」

 母屋の裏に古くから建てられている蔵の2階が、趣味のオーディオルームに仕立て上げられているという。

 急な梯子階段を登って上がると、低い天井の広い部屋に「アコースタット」製の巨大なスピーカー一組とそれらを鳴らすための再生装置、膨大な数のLPレコードとCD、書籍、絵画などが並べられていた。部屋の中央には大きなリクライニングチェアが設置されているから、ここは完全に冨口さん独りの空間だ。

「誰も入って来ませんよ。ハハハッ」

 マイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』のLPを再生してもらった。マイルスが目の前でトランペットを吹いてくれているような臨場感がある。ベースやドラムス、サキソフォンなどの各楽器の音が混ぜ合わさらず、それぞれの位置で明瞭に鳴り響いているのがわかる。

 ここ数年で、若い頃に描いていた絵画にまた取り組むようになった。卒業した美術大学では絵画を専攻していたのだ。だから、SVXの美的な部分に強く惹かれているのだろう。

 蔵の上のオーディオルームは、冨口さんの王国だ。ここに上がって来たら、世間とも家族も隔絶してしまう。好きなものとだけ一緒に過ごすことができる。

「ええ、ここでひと晩明かしてしまうこともありますよ。二つ目の隠れ家のようなものですから」

 ひとつ目はSVXだ。

 リタイアしたものの、会社から請われて平日は仕事を続け、休日にはSVXで走り、音楽を聴き、庭造りを楽しんでいる。自然豊かな土地に暮らし、子供たちは独立し、孫もできた。誰もが羨むような暮らしぶりだ。

「運転する時のときめきが無くなったら終わりでしょう」

 SVXの美しさが年月を経ても輝きを失わないのと同じように、冨口さんもまた人生を美的に謳歌しているスバリストなのである。

(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)

文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂、photo/TAMARU Mizuho

Special thanks for TopGear Hong Kong 


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