わたしのAI(前編)

 ここは2350年のトーキョー。

 地球の人口は約30億人。人々が自分たちを賄える限界を迎えてから、約200年が経った。その間に食料や水、住む土地などをめぐり様々な争いが起こった。世界中で争いや和解が繰り返される中、日本は徐々に人口が減少し、益々の少子高齢化が進み、とうとう年金や子育て支援をはじめとする社会保障の仕組みが崩壊した。全ては自己責任の時代である。ただし優秀な頭脳の持ち主には「投資」の対象となるシステムがあったから、勉強やスポーツなど、ある分野に特化した能力が見られた者には「奨学金」という名の投資がなされた。もちろん投資なので、出世すれば出資者には出資額に応じ配当金が分配され、出世が見込めなくなったら、投資の対象だった若者は、直ちに出資が打ち切られる。その査定は年1回行われる。投資者は出資額の元本は保証されない。全ては自己責任だ。

 一方で、日本は自衛の必要から自衛隊を軍隊にし、多くの若者が徴兵され、若い男子が、あるいは女子も入隊により減っていった。希望して軍隊に入れば、家族の暮らしは保証されるためだ。それも叶わぬ者(体が弱いなどで働けない者)は野垂れ死ぬよりほかなかった。

 先ほど、地球の人口は30億人と言ったが、この頃、日本人は実に3,000万人ほどの人口しか残っていなかった。純粋な日本人は今や稀少となり、人種別レッドリストにも載るようになった。

 仕事も役人以外は殆どドングリの背比べ。多くの日本人は妻も子も養えるだけの賃金を貰うことができず、また自由に職業を選択できることもまれであり、よって自由恋愛などとはほど遠い男女が殆どであった。それでも頭が切れ、体も心も健康で稼ぎのいい男性は、その遺伝子を残したい生物の本能によって、多くの女性達にモテたため、自由に恋愛することも、精子を高値で取引することもできた。残りわずかの若い男性のうちの多くは適齢期の女性と出会うことも、結婚することもなく生涯を終えていくのであった。

 こうして、自分1人ならどうにか暮らしていけて、趣味に少し費やす程度にお金の余裕のある人は、この時代良くできた男性型、または女性型AIロボットをレンタル、または買って心の慰めにした。自分好みにカスタマイズされたAI恋人ロボットは、難しいコミュニケーションによって神経をすり減らす必要もなく、快適な生活をもたらした。勿論、値段によってできることは違ったがそれは車の性能やPCのスペックが値段によって違うことと大差なかった。

「いらっしゃいませ」

AIロボットのレンタル及び販売の店内はもちろんネット内のバーチャルショップだ。しかし最新のVR技術でかなりリアルにショッピングを楽しむことができる。

 相性や好みなどを確かめるため、まずは1週間お試し価格によるレンタルをする人が殆どである。

「あの……」

男は25歳のシステムエンジニアである。比較的優秀な方の若者として今日まで何とかやってこられたが、顔も身長も中身も中の中くらいの比較的どこにでもいる若者だ。

「いらっしゃいませ!お客様……初めてでいらっしゃいますか?」

「あ、はい」

「どういった機能のAIをご希望でしょうか?」

ショップの店員がにこやかに話しかけてくる。

「いや、あ、あの……えっと、家事全般ができて、あ、あと、は、話し相手になってくれれば、それで……」

「話し相手……以上の機能のあるAIもありますが、いかがですか?」

「えっ、以上?以上って……あ、いや、あ、予算もありまして、そのう……」

男がしどろもどろになりながら答えると、ショップ店員は

「でしたら、こちらのA、Bタイプのいずれかはいかがでしょう?価格は1週間のレンタルが……」

言われるがままに、勧められたAIのカタログを眺める。よく分からないが、AもBもどちらもぴんとこなかった。

「あの、実物を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、少々お待ち下さい。ではいくつか同じ価格帯のものをお持ちします」

実物と言ってもVRであたかも本物のように見えるだけである。直接触れるわけではない。

 持ってきて貰ったAIとカタログを見比べながら、スペックにそう差がないことがわかったので、後は見た目の好みぐらいしか無い。男はその中で一番人に近い見た目のものを見つけた。

「これ……他のAIと違ってだいぶ見た目がリアルなんですけど……本当に同じ価格帯ですか?」

「あ、こちらですね。今すぐお調べしますね」

ショップ店員はすぐに検索に入った。検索は10秒足らずで終了した。

「はい、確かにこちら同価格帯のAIですね。見た目はかなり人間に近いものですが、家事も話し相手としてもそれほど期待されない方が……」

「ええ?それはどういう……」

「こちらはロボット作家が造形を作るのにかなり力を入れたもので、その分初期スペックは他のものよりだいぶ劣ります。しかし、AIですので、自分で学習して後から少しずつ習得できる機能もありますので、お客様次第ということでして、そういったことがご面倒でしたら、先ほどお勧めした……」

「いや、あの、これに……」

「……」

「これに、します」

「承知致しました。ではこちらにお名前、住所、電話番号、マイナンバーをご記入下さい」

「あ、はい。市村才蔵……トーキョー都……」

こうして男……市村才蔵は、決して結婚を諦めたわけではないが、身の回りに全くあてもないので、まずはお試し1週間レンタルのAIを頼むことにしたのだった。予定では、明日の午前中には配達されるらしい。才蔵はその夜、遠足前の子どものように少し浮かれた気分で眠りについた。


(つづく?)

(2256字)

中編

ありがとうございますサポートくださると喜んで次の作品を頑張ります!多分。