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日本馬は何故海外遠征で勝てるようになったのか?

随分と挑戦的な表題ですね、しかもロイヤルアスコットが始まる直前です。
自分が本格的に海外競馬という沼にクビを突っ込んだきっかけはディープの凱旋門賞なので、この世界の「常識」でいえばまだまだ若造なのですけど、やはり日本外のレースを見てきてある程度の気づきというのはあります。
私見ではあるのですが、論点としてはおそらく皆が漠然と抱いている感覚だと思いますし、当たらずも遠からずな話なのではと自負しています。

大前提、海外遠征の三大動機

 これはつい今しがた自分で思いついたものですが、偉大なホースマンたちが書籍やインタビュー等で皆同じ事を言っているので、ぶっちゃけ中身は一緒です。日本馬が海外遠征をする理由は今も昔もこれしかありません。

①種牡馬(繁殖牝馬)としての価値向上
②馬主もしくは生産者としての名誉
③賞金(補助含む)


 これらがある程度まとまらないと、ただでさえ国内賞金が高い日本においては敢えて外に討って出る意味なんて無いのはご存じと思います。しかしながら、凱旋門賞をはじめ欧州の主要レースに中東系の資本がスポンサードに入ることによってG1賞金自体は世界的に上昇傾向にあり、さらにはサウジカップのような激烈に法外な賞金レースがポンポンと生まれているので、③が突出している場合のみでも日本から馬を持ち出す旨味は充分にあります。昔のジャパンカップとは逆の現象ですね。所詮は金目。

1.調教技術と、遠征パッケージの体系化

 まず第一に、日本の海外遠征の形がある程度テンプレートとして経験値を蓄積してきた点です。それとほぼ同時期に並行して、外厩調整が厩の常識としてポピュラーな「工程」となり、直前までファームやオーナーサイドの希望によるお任せや融通が利くようになった。これがおそらく海外遠征と親和性の高い組み合わせ。
 何年か前にグリーンチャンネルで流していた海外遠征の特集番組、二ノ宮元調教師が言っていたと思うのですが、当時はエルコンドルパサーの飲み水まで日本から持ち込んでいたというエピソードがあるほど、遠征に際しては手探りが続いていたので、まさに当時は月にでも旅行に行く気分だったと思います。そんなことまで厩舎が考えるなんて今じゃ絶対にありえないよ笑。
 それに、例の藤澤&多田信尊のコンビや森センセイの遠征、短期免許制度を使った海外有名騎手の起用、フランスに送った照哉の娘とか、イギリスに嫁入りした花子とか。そういう数々の日本人脈が現地で着実に根をおろしてようやくその効果が出始めたのがここ十年来の対日感情。地元贔屓(というかスミヨン贔屓)だった06年の凱旋門賞当時の空気感の違いは、向こうのメディアを見ていても痛感します。ディアドラが勝ったナッソーSだってITVでも丁重に主演女優の扱いをされていました。それどころか今やシャンティイで日本人が調教師開業しているほどですからね。
 その小林師やニューマーケットでRヴァリアンのところを間借りするのが欧州遠征では当たり前になるほど、余所で調整しても全く問題ない(人繰りもそうだし馬のメンタルな意味も含めて)馬作りがある種のスキームとして完成されてしまっている。ゴルシみたいな余程の癖馬は知らないですが、どんな馬でもある程度均一な仕上がりを外厩で作れるのが現代競馬なので、あとは日本で作ったフレッシュ感をどれだけレース当日まで鮮度維持できるかに注力できるからではないでしょうか。

2.クラブ馬が口減らしとして積極的に海外に出されるようになった

 凱旋門賞を除いて、かつての海外遠征といえば結果はともかく、お世辞にも世代最強とは言えないクラスの個人所有が道楽半分で持ち出されるケースが多かったと感じます。
 それがいつの間にか香港やドバイといった高額かつバラエティに富む番組構成の国を中心に、クラブ馬の大遠征団が組まれるようになりました。
今ではJRAがこんな素敵な海外遠征まとめ(https://www.jra.go.jp/keiba/overseas/historia/)を作ってくれていますが、2000年代前後と、近年で最も派手に遠征をカマしていた2015〜17年あたりを比較すれば一目瞭然です。

 今更挙げるまでもないのですが、オルフェーヴルの凱旋門賞あたりから事実上ノーザン系のファンド馬が遠征解禁されているのが分かるように、前記③の金銭さえついてくるなら賞金獲得が見込める国内を捨ててでも海外レースを使うのは利益相反では無くなっています。

 一方で、最近は国内で使い分けと揶揄されるほどに同法人、同牧場内でのレース選択の細分化が進んでおり、これらの批判を回避する目的としての高額海外レース狙いというのはより顕著になっていると言っても過言ではありません。
 かつて海外G1競走では、少ない賞金を補う為の奨励的な補助金がJRAより出ていたこともあって、その制度を突いた森厩舎の海外遠征が乱発されていたのですが、現在は一部指定競走(最近は著者も調べてないのでどの競走にどれだけ出るのか分からない)だけしかおそらく補助は出ていません。
 しかしながら、最近の国際競走は輸送費については主催者持ちのアゴアシ付きが多く、また、そんなものが無くてもレースで入着さえしてしまえばとりあえず損はしない程に賞金が上がっています。
 最寄りの例を挙げても01年アグネスデジタルが勝った香港カップの優勝賞金1,000万HKドル(約1億5千万円)から直近21年で1,710万HKドル(約2億5千万円)、リスグラシューが勝利し追加ボーナス200万豪ドルをゲットしたコックスプレートも、19年は1着300万豪ドルではあったものの09年は150万豪ドルなので、為替動向は多少無視しても、たったの10年間で倍増していることになります。この流れは競馬産業が上手く回っている地域では同様の傾向にあります。国内の超一線級と勝負するぐらいなら、様々な選択肢からこれらの隙間を狙う戦略はクラブサイドとしても充分に検討余地があります。
 現在の日本馬は、国内でのパフォーマンスを発揮できるならば海外において勝ち負けするには充分すぎる水準にあり、まさに迎え討つ側にとって脅威の侵略馬です。それは端的に言って以下の理由他なりません。

3.この20年で日本の血統力が恐ろしく強化された

 98年に第一回セレクトセールが開催されてから、もうすぐ四半世紀が経とうとしています。この間、世界経済はITバブル、リーマンショック、ユーロ危機や昨今の感染症と世界経済は様々な景気後退局面を迎えました。
 日本でも一時的な影響は見られたものの、いやはや金はある場所にはある。セレクトセールの購買額平均や落札率は右肩上がりであり、今や世界でもっとも高価なセールとなっているのは皆さまご存じの通り。このセリの資金力を背景に、特に社台・ノーザン系が強力に世界中で買い占めを進めています。

 日本も失われた30年と揶揄されつつも、競馬界においては2000年代前半に頻発した地方競馬場の廃場騒動で一旦は底となり、その後はネット販売が堅調に伸びたお陰もあってかファンボリュームは一定数確保されています。
 けれども、世界的な傾向で見るならば競馬産業は一部の地域を除き斜陽の一途。日本と同じように慢性的な不況に苦しむ欧州だけでなく、比較的堅調であるはずの米国ですら生産頭数は減少傾向。最近ではサンタアニタのトラック問題や薬物使用による現役馬死亡など経済面以外での風当たりも強くなっている現状にあります。切り出しになりますが、下記の表でも世界的な縮小傾向なのは明らかです。

 データ値の明瞭性が低い南アフリカを除けば、母数として総数が低下している以上、現状維持が図られている国地域は相対的に「生産として勢いがある地域」に充てはまります。馬もナマモノであるから、ぱっと見プラマイ5%ぐらいは誤差の範囲だと思うので、単純に平均以下or数値として上回っているかの2択でざっくりラベリングしています。
 陸地で隣接している関係上、一概にこの国の良い悪いがあるわけではないのですが、特にドイツやブラジルといった地域は業界として縮小傾向にあると言わざるを得ず、また競走馬資源が近隣諸国(ドイツならフランス、ブラジルならアルゼンチン)に流出している可能性を示唆しています。
 競馬大国として身体がでかすぎた故にシェイプアップが進んでいる米国、豪州、アイルランドはもちろんですが、近年特にディープインパクトを筆頭としたサンデーサイレンス系の嫁候補として引っ張られてきたドイツやアルゼンチンの血統(ドイツならマンデラやムーンレディ、アルゼンチンからはマルペンサ、バラダセール、ライフフォーセールなど)が、これら資源流出の副産物として、結果として日本にとって良い方向へと繋がっているのではと推定することができます。
 日本の周りは海しかなく、また国境をまたいだ生産交流はほぼ無いので、純粋に繁殖牝馬や出生頭数が維持されている要因は、自国生産に限らず海外からの輸入も堅調であるからに他ならず、これらが常に一定数安定的に導入されて血の入れ替えが行われているからだと想像に易いと思います。
 他国の生産者が経済的な理由等で自家のファミリーライン維持に苦しむ中、これらを根こそぎ導入した堆積が確実に日本競馬を底上げし、海外遠征の成果に繋がっていることは間違いないでしょう。

最後にプリンスオブウェールズSの予想


シャフリヤール→ベイブリッジ=グランドグローリー、ステートオブレスト


以 上 !!

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