「科学的手法」という言葉に騙されないために (1)

この連載では、「科学技術とアントレプレナーシップ」分野における先端的な経済学や経営学の論文のご紹介を行っていきます。それぞれの分野で私が面白いと考える論文を毎回3本程度、取り上げます。

社会科学の論文には大きく分けて、「理論系論文」と「実証系論文」の二種類があります。「理論系」というのは、数理モデルだったり、既存の研究の積み重ねだったりに基づいて、演繹的に理論を構築していく類の論文です。ゲーム理論のモデルなどを用いたものは、「理論系」の代表例です。一方で、「実証系」というのは、データを集めて検証し、その結果をまとめる類の論文です。集めたデータから理論を構築していくような帰納的な研究スタイルもあれば、「理論系」で提示された理論を検証するようなスタイルもあります。社会科学においては、「理論系論文」と「実証系論文」のどちらも重視されています。「理論系」は仮説構築型、「実証系」は仮説検証型というような分類もできます。

この連載でとりあげる論文の多くは、「実証系」です。なぜ「実証系」にこだわっているかというといくつもの理由があります。第一に私の研究スタイルが「実証系」だからです。第二に理論系の論文は一般的に高度な数学の能力が要求されることが多く、授業で扱うには、ハードルがとても高いです。第三に、理論が実証されて初めて実務家にとって役に立つという意味では、「実証系」論文を理解することが重要です。第四に、政策の意思決定プロセスにおいては、「エビデンス」に基づいた意思決定が重要であると言われていますが、「エビデンス」を具体的に示すのは、「実証系」の論文です。そんな訳で、「科学技術とアントレプレナーシップ」の分野に関していうと、「実証系」論文を網羅的に抑えておくことが、"State of the Art"(先端的な知)を理解することであると、私は考えています。

ちなみに、「実証系」の論文にもいくつかの研究手法があります。まず大きく分けて、定量分析と定性分析に分かれます。定量というのは、数字で測れるものをデータとして集めることによって分析し実証します。定性分析というのは、インタビュー等を用いながら、ある現象のメカニズムを分析するものです。「ケース・スタディ法」などはその代表例です。ちなみに、経営学分野においては、日本では定性分析が主流になりすぎている印象があり、一方で米国では定性分析を軽視しすぎているのではないか、と思います。ちなみに、定量分析は更に、実験系と計量経済学等の手法を用いた統計分析に分かれます。この二つの違いについては後でまたお話しします。

この「実証系」の論文を読むためにも、いくつかのテクニックが必要です。いくら数字である理論が証明されているように見えても、本当にその分析の結果が「科学的な根拠」もしくは政策決定における「エビデンス」になっているのかどうかを見抜く目が必要になります。「科学的手法」と呼ばれているものに騙されない力が、必要となるのです。

具体例を出しましょう。ある研究者がレストランでお客さんを観察しています。そのレストランでダイエットコーラを飲んでいるお客さんはみんな太っていた。その観察をもって研究者は、「ダイエットコーラは人を太らせる要因だ」と結論付けました。皆さんはこの結論を信じますか?何かがおかしいですよね?

まず最初に大切なのは、「相関関係」と「因果関係」は別物だということです。相関関係というのは、現象Aと現象Bに関係があると言っているにすぎません。一方で因果関係というのは現象Aが現象Bという結果の原因となっていることを示します。先ほどの例でいえば、体重とダイエットコーラを飲む行為には相関関係があります。では、次に「体重」と「ダイエットコーラ」のどちらが原因でどちらが結果なのか。実はこの答えは、上記のような観察では分からない、というのが正解です。「因果関係」をきちんと示すためには、「実験」や、計量経済学などを用いた統計分析等、専門的な手法を用いなければ、分からないのです。詳細については、また後ほど解説します。

さて、次に以下の例題をご覧ください。この設問は私が博士課程1年生のときの期末試験で出題されたものを改編しました。

STE Inc.は、カリフォルアニア州にある会社です。社内の研究所には300人以上のサイエンティストが働いています。この会社に新しいCEOが雇われました。これからの経営計画を立てるために、CEOはコンサルタントを雇い、なぜ社内でサイエンティストには業績が高い人と低い人がいるのかを明らかにするように依頼します。CEOはこの分析結果を今後、人材の採用や報酬制度に役立てたいと考えています。
コンサルタントは、今年第一四半期に高い業績で目標を達成することができたサイエンティスト10人にインタビューをしました。このインタビューの結果、コンサルタントは、高い業績をあげたサイエンティストは、内発的な動機付けが強い (例: 仕事に強い関心を持っている、勤務時間外も仕事に関係のあることに時間を割いている)、と結論付けました。

さて、もしあなたがこの会社のCEOであったならば、この結論を信じますか?信じるとすれば、どのような理由で?もし信じないとすれば、何が課題なのでしょうか。もしこの結果を「エビデンス」として用いようとするならば、何が課題で、どのように改善することができるでしょうか。

「実証研究」における「エビデンス」が妥当であるかどうか、というのは常日頃からこのように、その研究手法の妥当性を疑ってみることなのです。さて、この例題に関する議論は次回にしたいと思います。

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牧 兼充

科学技術とアントレプレナーシップ

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