百円の記(1)〜 ひこにゃんを見にいく

この先いつかわたしにも「わたしはわたしで良かったな」と思える日が来るんだろうか。

ブログの最後に書いた、やらかしたというか、これまでずっとやらかしてもうてた件で、成り行きをご存知の方は「まだ引っぱっんの?」て思われるかもしれませんが、あれは確かに私にとって節目というか、尾崎豊の歌で例えるなら「何某からの卒業」のような印象で、しかし歌詞にある通り、一体何から卒業したのか、あと何度卒業すれば本当の自分に出会えるのか、43才で卒業したはいいけど今後の身の振りか方とかどうすんのとか、いろいろと要領つかめないまんまですが、自分なりに自分をどないかせんといかんく、その一環としてお酒飲むんやめたら、急に不眠や胸痛や動悸息切れみたいな、自分の口から吹き出した毒を自分の鼻から思っきし鯉の滝登りみたいに吸い上げる、ヤンキーの子がセブンスターの煙でよくやってんの見かけたあの状態に咽せ苦しんでるような、こんな心持ちのまんま一生終わるんほんま嫌やなーと思う。

図書館でドメスティクバイオレンスやモラハラ、ノイローゼや本谷有希子さんの本など借りて読んでみたら、どうも私には(自己肯定感)いうのが足りないらしい。これまで人生に於いての瞬間瞬間、なんかぜんぜん歯車が噛み合わん感じしたんも、いつも見てないところで私に恨み持った誰かが私の車のボンネットをゴルフのアイアンでボコボコにするんちゃうかいう不安感に苛まれるのも、実家の隣のおばちゃんにぼんち揚げもろたとき咄嗟に「いらん」言うてもて「なんちゅーシケた子や」とキレられてもた幼い頃の後悔も、外ヅラばっか育メン気取りしていざ家庭内では弱いもんイジメするみたいな歪んだ人格なんも、これらはすべて私の自己肯定感のなさから湧いてくる事柄だろうと理由付けし、どの本もそんな感じに書いてあるし、とにかく自己肯定感を何かしらで補わなくてはならないと焦る。しかしこの「ならない」っていう回避不能みたいな思考に至るのも、自己肯定感がない人間の特徴なのかもしれない。

自己肯定感をどないかするとして、職場の閉店作業、劇場の床にモップ掛けしながら、とりあえずいま手っ取り早く取り除ける不安は何かなと考える。やっぱお金が手元に多少あれば、それを使って贅沢するとかじゃなく、単に心強いというか、けどいま貯金が5万しかなく、そもそも5万なんて貯金とは呼べず、せめて30万くらいはずっと通帳にあるような状態をキープ出来れば、自己肯定感を補うとまではいかなくても、憂鬱の種を1つ減らせんのではないか、と考えながらねずみ色に汚れたモップをバケツで洗い、素手で絞る。なんか簡単に貯金を増やせるええ方法はないだろうか。

最後のブログを書いた翌日、何人くらい読んでるかな?と調べたら、2日で1800人くらいの人が読んでいた。例えば読んだその人らから100円づつ徴収出来るとしたら、それだけで職場で一月働いた手取りとほぼ同額になるから、もう手作りCDを内職して売るよりはブログ売った方が断然儲かるやん、と悟る。ネットで調べると、noteいうサービスがあり、文章や音楽のデータなどを販売が出来るらしく、ならば!って感じで今回からブログみたいなんを100円で売ることにしました。タダで読めると思ってた人、すんません。すんません、とか全然思ってないのにとりあえずすんません言うてまう感じも、自己肯定感ない人っぽいな。

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百円の記(1)〜 ひこにゃんを見にいく

カニコーセン

100円

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カニコーセン

播州スラッジフォークと銘打って自分探しのグレイトジャーニー https://www.kanikoosen.com/
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