逆エンパスの数奇な恋愛~焼かれる太陽~


ここには逆エンパスの恋愛の必勝法が書かれているわけではない。

ここに書かれているのは、逆エンパスの具体的で、愚かで、情緒豊かな恋愛の失敗談である。

ここに書いてある恋愛談のすべてに逆エンパスの特徴が関係しているかどうかはわからない。

しかし、私の恋愛のこれまでの上手くいかなかった実績と逆エンパス傾向が全くの無関係であるとは思えない。

私は、少なくとも現段階では、逆エンパス傾向の強い人と、恋愛の相性は最悪であると考えている。

逆エンパスといっても、一括りにできるものではなく、その純粋エネルギーの強さにはかなり個人差があるのではないか?と、現在私はみている。

身体に宿している純粋エネルギーが強ければ強いほど生きづらい。

それは恋愛においてでも同じであるようである。

逆エンパス傾向が少しあっても、それを活かして、むしろ恋愛上手な人もいるかもしれない。

私は、この記事をこれまで本当に恋愛が上手くいかずに苦労した逆エンパス体質の人のために書いている。

この愚かな恋愛体験談を読むことで、恋愛下手の逆エンパス体質の人が、自分の恋愛時のエネルギーをコントロールするための、一握りのガッツを得られるれるようにと思うばっかりである。


全文字数15402文字


逆エンパスの数奇な人生ー隠れた太陽ーはこちら



逆エンパスの数奇な恋愛ー初恋―「好きなんだ」というバカの塊


私の初恋は中学1年生の頃。まさに思春期である。

私は恋愛の始まりと共になんとも多くのものを失ったような感覚すらある。

アダムとイブがリンゴを齧ってどうのという話もあるが、まさにそんな感覚である。

私はそうなることを自分で選んだわけではない。

しかし勝手に苦しみは始まってしまったのである。



最初に思い出す場面。

小学6年生の頃。

隣の席の女の子。

ポニーテールの女の子。

ピアノが得意な小さな女の子。

笑顔が可愛いが、基本的にはクールな女の子。

私はその子のことがとても気になった。


前の席に座っている悪戯な男子がその子にちょっかいを出してくる。

イライラした。

私は消しゴムのカスを沢山作成し、机の上に罠として仕掛けた。

振り向いたいたずら男子は机に手をつき、消しゴムのカスまみれ。

私はニヤリ。

隣のその子もニヤリ。

調子にのって、次は、ノリを机に塗って、よりハードは罠を用意したが、悪戯な男子にあっさりと見破られ失敗。

非常に残念だった。



もう次の記憶では私は中学生になっている。

私は、その子とはクラスは違うが、同じ中学校に入学した。

中学生の話題の中心は何はなくとも恋愛である。

男子も女子も、誰もかれもが恋愛の話をしている。

私は、「あなたは誰が好きなの?」と、誰かに聞かれるたびに、何の躊躇もせずに、その子のことが好きであると話した。

今思うと本当にバカだったなと思うのであるが、その子を含めて、学校中の人が、私がその子のことを好きであるということをかなり早い段階で知っていた。

別にそれでも私はかまわなかった。

というか自他の区別がほとんどついていなかったというだけかもしれないが。

その子のことが好きであるということに何の迷いもなかった。

誰かに、その子のことが好きなのか?と聞かれれば、好きだと答えられたし、その子と付き合いたいのか?と聞かれれば、付き合いたい即答できた。

誰に、どんなに冷やかされようが全く気にならなかった。

隠す必要も、ごまかす必要もない、真っすぐな感情であることが疑いようもなかった。

私がそのように真っすぐに、「好きだ、付き合いたい」と感じられ、そのまま考えなしに他人に言えたのは、この初恋が最初で最後だった。



恋愛時の凄まじいエネルギー


ともかくこの恋愛時のエネルギーはすさまじいものだった。

まず、その子と面と向かって話すことができない。

意識しすぎてしまってまともな会話ができないのだ。

そもそも、その子のことを好きになってからまともに会話をした記憶がない。

(中学校の行事のフォークダンスで手を握ったことは覚えている!)

自分の強烈な恋愛エネルギーに、自分が焼かれてしまうかのような感覚。

あんなもの人間の力で制御できるようなものではない。

その子が見ていると思えれば、普段は発揮できないようなパワーを発揮できたし、その子に嫌われたと思ったら地の底に沈んでしまった。

本当に最初の恋愛から、制御不能の凄まじいエネルギーの暴走状態だったのだ。

逆エンパスの放出エネルギーは、恋愛になると凝縮されてしまうのだろうか?

たとえ、今の心の成長した状態で思春期に戻ることができたとしても、あのエネルギーをさばききれる自信は私にはない。

当時の私はまさに、「その子が好きなんだ」というバカエネルギーの塊だった。


私は結局、その子に2度告白して、2度とも振られているが、面と向かって話をすることすらできない私は、そのバカみたいにエネルギッシュな気持ちを直接その子に伝えられたことは一度もなかった。

あのエネルギーを抱えたままで、そんなことできるはずもなかった。

告白は2度とも手紙。

そして2度とも手紙で冷たく振られた。


私は完全に希望を失ってしまった。



逆エンパスの数奇な恋愛ー初めての彼女ができるー


逆エンパスはエネルギーの泉だという話をよく聞くが、Sさん(その子)に振られてから、私のエネルギーは枯れてしまったかのようだった。

まさに意気消沈。

元気の欠片も希望もない。

完全にゾンビ化してしまう。


その頃、ずっと仲良くしていた同じバスケ部の友人には彼女ができた。


そのとき、嫉妬や羨望の気持ちがわいたかどうかすら覚えていない。

とにかく、何もかもどうでも良かった。

その友達が、自分の彼女の友達で、私のことを好きであるというTさんの存在を教えてくれて、紹介してくれた。

そして私にはあっさりと初めての彼女ができる。

当時、私が、Sさんのことが一途に好きだということが学校中の常識だったから、振られたとはいえ、あっさりと別の女の子と交際を始めたことに、びっくりするほど批判的な雰囲気が高まった。


私には隠れファンみたいな人がいたらしい。

その人は私がSさんのことをあれほどまでに好きだというから、自分は隠れていたというのに、あっさり、他の人と付き合うとは何事か!という感じだったらしい。

また、その隠れファンの人は女子のボス的な存在だったこともあり、それ以降、まわりの女子からの風当たりがグンと強くなった。


ともかく私はTさんと付き合いだしたのだが、Sさんに恋していたときのあの狂うほどのエネルギーは完全に消失してしまっていた。

一緒に映画を見たり、ボーリングをしたり、手をつないだり、プレゼント交換をしたり。

微笑ましい、年相応の交際はとてもありがたい体験だった。


しかし、どうしてもSさんのときに溢れかえっていたエネルギーと比較してしまう私は、誰かに「Tさんのことを好きか?」と聞かれたときに、「そうだ」とは、真っすぐ言えなかった。


程なくして、どちらからともなく連絡を取らなくなり、Tさんとの交際は綺麗に自然消滅した。

話し合いも喧嘩もなく、ただ、どちらからも連絡を取らなくなった。


この頃から、少しずつ自分にとって、誰かを好きになるということよりも、彼女がいるかどうかということの方が大事になっていったように思う。


中学を卒業して間もなくの同窓会のとき。

女子のボス的存在からのプレッシャーから逃げるように、私は「Tさんのことは本当は好きじゃなかった」と皆に言ってしまったことを今でも後悔している。

Tさん、私はあなたとステキな時間を過ごすことができました。

Tさん、私はきっと、あなたのことが好きだったのだと思います。

Tさん、ありがとう。



逆エンパスの数奇な恋愛ー高校時代ー実を結ぶ告白と地獄の恋愛ー


初恋の大失恋以降、そして、女ボスからのプレッシャーを感じて以降、私は結構な女性不信に陥ってしまっていたような気がする。

また、この頃の私は、彼女がいるということは、男子グループの中で一目置かれる存在になるために、どうしても必要なステータスであるという価値観に追い詰められていた。

私は周りの男性よりも体格が小さく、そのまま、のほほんとしていると、なめられてしまうのだ。

さらに、逆エンパス特有の体質である、こわい人に目を付けられやすいという傾向もあいまって、私の精神的な防衛性はどんどん高まっていった。

とにかく彼女をつくらなければ、周りに太刀打ちできない。

そんな感覚に支配されていた。

周りの進んでいる男子に負けないように、彼女を作り、初体験をすませ、一歩も二歩も進んでいないとダメな気がしていた。

同年代の男性に、「俺はもうここまで進んだぜ!?」と、ドヤるための体験と話題がどうしても必要だった。

そうでなければ負けている。

軽んじられる。

劣っている。

そんな感覚が強かった。

なんとも苦しい毎日だった。


クラスの女子を好きになっては告白し、振られる。

私の恋愛の流れはいつも一緒。

好きになると制御不能のエネルギーに包まれて、コミュニケーションが取れなくなる。

そもそも仲良くなってから好きになるという順番じゃない。

まず、激烈に好きになってしまう。

まともに話したことがないのだから、その人がどういう人かわからない。

つまり外見だけを見て好きになっているということだ。

まぁ、素直と言えば素直だが。

まともに会話もしたこともないのに、最初の会話が告白になるような感じである。

それでうまくいくのは、一部のイケメン(死語?)だけではないか?

そんな無鉄砲な恋愛であっても、振られた時の落ち込みは、毎回相当のものだった。

その子と付き合えないことに落ち込んだのではなく、女子に告白して、振られてしまった自分という存在に落ち込んだ。

そして、「あの子に振られた男」として見られる周りの視線を意識し、誰にも何も言われていないのに、ひとりで迫害されている気持ちに追い詰められていた。

あの時の私は、女子に好かれるかどうか、モテるかどうかが他の男子と比べる強烈な指標だったのだ。

「こんな可愛い子」と付き合える私になりたくて恋をしていた、そんな感じだ。

固執していた。

自分が、彼女ができる存在であるかどうかということだけに。

好きになった人と付き合えるかどうかよりも、多くの女子に好かれるかどうかの方が大事だった。

好きという感覚がどんどんわからなくなっていった。

可愛いと思う子はたくさんいる。

別に誰でも良かった。

そして恋に落ちるとエネルギーが暴発し、暴れ狂う。

それが誰であっても。

それはずっと変わらない。

自分の強烈な衝動に翻弄される中で、それが「好き」という気持ちかどうかということに確信が持てなくなっていった。


そんな高校時代の私にも彼女ができた。

高校時代に唯一上手くいった恋愛。

そして私の人生において、私が自分から告白して唯一上手くいった恋愛。

そして、今思い出しても切なく、苦しくなるような恋愛。


Uさんとの恋愛


Uさんとは高校時代の修学旅行が一緒の班だった。その頃私はなんとか学年のちょっとイケてる(死語)男子のグループに食い込もうと必死で、特に心を許せる友人もいなかった。

Uさんとはどれだけお喋りしただろうか、あまり覚えていない。

だけど修学旅行がなんとなく楽しかったことは覚えている。

修学旅行が終わり、特にあまり仲良くない男友達と話をしているときのこと。

私は相変わらず恋愛がうまくいっていなかったが、その時はその対象すらいなかったので、相手を探していた。

その候補にあがったのはUさんである。

そしてもう一人、同じく修学旅行で班が一緒だったMさんだ。

Uさんはどちらかというと引っ込み思案だったので、旅行中私は、Mさんの方と多くコミュニケーションをとっていた。

だから私はどちらかというとMさんのほうが気になっていた。

しかし、そのあまり仲良くなかった男友達にUさんとMさんってどっちがいいと思う?と聞いてみた。

するとその男友達は断然Uさんだと答えた。

意外だった。

しかし、私は自分で選んだ相手ではこれまでほとんど恋愛がうまくいかなかったということを踏まえ、また同年代の男性が良いといっているほうを選ぶことに合理性を感じ、Uさんと恋愛をすることを決めた。

私は初めて、恋に落ちる前に、自分で恋愛の対象を選んだのである。


携帯電話のない時代である。

私がUさんと仲良くなるために使えた手段は家の固定電話である。

学校で同じクラスでもあるのだが、学校では話せない。

いつものことである。

だから学校の連絡網にある電話番号にいきなり電話をかけるのである。

最初の理由は化学の勉強を教えて欲しいという理由でかけた。

Uさんは、驚いて拒絶などせず、不思議なほどテンション高く対応してくれた。

化学の勉強の話などすぐにやめて、二人で楽しくおしゃべりをした。



そして、それから毎週1回、30分。

電話をかけ続けた。

話が尽きないように、話題のカンペを毎回しっかり用意して。

Uさんはいつも楽しそうにしてくれていた。

毎回話題を考えることは大変だったが、私も楽しかった。



電話をかけ続けて早3か月。

クリスマスを迎える。

絶好の告白チャンス。

しかし、私はまだ早いかなと思い、特に約束も告白もしなかった。

後日「あんなに寂しいクリスマスは今までなかった」と恨みがましくUさんに言われたのが思い出深い。

さらに毎週1回、30分の電話は続く。

話題探しは大変だが、二人のテンションは一向に落ちない。


クラスでは話さない。

電話でしか話さない。

だけどその電話がとても楽しい。

そんな不思議な二人。

そんな切ない二人。

ときは流れ、あっという間に2月になった。



バレンタインデー。

私は初めてUさんの家の近くに行き、会いに行った。

原付バイクにのって、トラックがビュンビュン走る、国道を使い、30分ぐらい時間をかけて。

待っていたUさんが用意してくれていたのは手作りクッキー。

チョコじゃないんだ・・・。

それが、二人の関係の微妙さと繊細さを表していた。


私たちは楽しくおしゃべりをして、私はその日は、そのまま何も告げずに帰った。

そして、次の週。

私はもう一度Uさんと約束をし会いに行き、そこでやっと告白する。


告白直前の私の心境は、断られる理由がどう探しても見つからないという感じだった。

「付き合わない?」

Uさんの答えは、

「待ってた。」

私の努力が実を結んだ瞬間である。思わず私は、

「これでハッピーエンドだね」

と、言ってしまった。

Uさんはそれを聞いて「えっ!?」と驚く。

「あ、ハッピースタートか!」

私はあわてて言い直したのをよく覚えている。

しかし、確かにここが二人の関係のピークだったのである。


私の頭の中は、いつもUさんのことでいっぱいだった。

寝ても覚めてUさんのことを考える。

だけど学校ではほとんど話さない。

私はUさんと正式にお付き合いが始まってからも、異常に人目を気にしていた。

私は、Uさんと話したり、仲の良い姿を他人に見せるのは恥ずかしいことだと強く感じた。

あれほど彼女という存在を欲し、他の誰かに私は彼女を作ることができる男だと誇示したかったのにである。

私は隠れるようにUさんと交際していた。

学校社会における異性交遊というものは、当時の私が思っているよりもとても複雑で、誰と誰が付き合っているかということは、他の人にとって大問題であったようだ。

実際Uさんは、私との交際が確実視されるころには、周りの女子に私は彼と付き合うことになるということを伝え、調整的な動きをしていたようだ。

Uさんは真面目で素朴なタイプの人だったので、彼氏ができたことを祝福されていた。

本当に良い子だったのだと思う。


交際は最初のころは順調に進んだ。

お互いの家に遊びに行ったり、初めて同士のキスをしたり。

Uさんは、初めてのキスのとき、アヒルの口になった。

なんとも可愛らしい思い出である。



しかし、私にはUさんを穏やかな幸せにつつんであげられるような器がなかった。


今、思い出しても情けなく、申し訳ない、苦しい記憶である。

束縛というよりは、依存、依存というよりは精神的な癒着。


私は私がUさんのことを思う気持ちと、同じレベルでUさんに私のことを思ってもらうことを痛切に願った。

そしてそこにズレがあると癇癪を起し、冷たい態度をとった。


実際Uさんは、私のことを充分に好きでいてくれたのである。

恋愛期特有の周りが見えなくなるあの愚かな感じに、充分なっていてくれたのである。

それは私も嬉しく思っていた。

しかし、それでも、私には足りなかった。

私からばかり連絡を取ることに不満を感じ、私のことが好きなら、Uさんから連絡もしてきてほしいと願った。

内容は微笑ましいが、その訴え方が全然微笑ましくない。

言葉で説明せず、癇癪を起し、非常に攻撃的で冷たい態度をつきつけた。

あんな態度を大事な人にとってはだめだ。


もっと私を求めてほしい。もっと私に応えてほしい。

自分でもどうにもならないようなコントロール不能のエネルギー。

私は、自分で自分の衝動を止められなかった。

私の存在価値すべてが、Uさんとの関係に集約されているかのような、そんな思い入れだった。

私は、自己肯定感の低さ、心の空虚感、わけのわからない渇望を全て、Uさんとの関係に投影していたかのようだった。

それはまるで、抑え込まれていた逆エンパスのエネルギーが、淀み、くすんだ状態でUさんとの関係に濁流のように流れ込んでいたかのようだった。

Uさんが私と同じ人間ではないこと、そのこと自体に欲求不満になっていくような感じだった。

穏やかで幸せな時間よりも、二人の間に冷たい時間が流れることが増えていった。


高校の行事である、卒業旅行で行ったディズニーランドでも喧嘩。

Uさんとの関係にしか希望を見いだせなくなっていた私。

Uさんがおそらくもっぱら社会的な理由で、クラスの友達と過ごしてから、私と二人の時間を過ごしたいという判断をしたことが許せず、私は癇癪を起こす。

おそらくあの日、あの時、私たちは、世界で一番不幸なディズニーランド入園者だったと思う。

夢の国で一番笑っていない二人だった。


私たちの交際は5ヵ月で終了する。

初めて私がUさんに、化学の問題の答えを教えて欲しいという名目で電話をしてから、交際にいたるまで半年近くの月日を要している。

それよりも、実際の交際の期間は短いのである。


ある日、いつものように癇癪を起した私は、Uさんに手紙を書く。

Uさんが自分の思い通りに動いてくれないことの苦情を書き、別れるか、態度を改めるか選んでほしいという挑戦的な内容だった。

もちろん私としては、別れたかったのではなく、ただUさんに私の望むような態度をとってほしかったのである。

それは、突き詰めれば、Uさんに私になってほしいという無茶苦茶な要望である。

私は、Uさんが、なんだかんだ言って、私の要望を受け入れてくるものだと思っていた。

しかし、Uさんの答えは賢明にも、「別れましょう。」だった。


私は、その日の帰りの電車の中で、人目もはばからず、号泣した。

私は一度だけUさんに、やり直そうという懇願の電話をした。

しかし、それがUさんと話した最後の電話となった。


別れの後、心のどこかでUさんに対して思っていたことがある。

それは、あそこで別れることを選択できたUさんの健全さに感心していたということである。

別れるべき二人だったのである。

それが何よりUさんのためだったと思う。

そんな選択ができる賢明なUさんは、きっと現在、幸せな暮らしをおくることができているだろうと、私には思えるのである。


Uさん、ごめんね、ありがとう。

どうぞ、どうぞ、お幸せに。



逆エンパスの数奇な恋愛ー大学時代ー苦しい恋愛の終焉?ー世界は変わり始める



高校卒業が近づいてくるころ、私には将来やりたいことなど見つかっていなかった。

ただ不安定で、劣等感に満ちた、くすんだエネルギーの塊のような感じだった。

親が許してくれたので、とりあえず大学受験はすることにした。

自分の偏差値に合わせ受かりそうな大学を選んで受験。

いくつかの大学に落ち、いくつかの大学に受かる。

選んだ学部は法学部。

理由は、就職のときにつぶしが効くとクラスメイトが言っていたからだ。

私の大学生活を一言でいえば、モラトリアムだった。

私は親に大金を出してもらい、大人になるための猶予期間をもらった感じだった。

大学には半分は友達と遊ぶため、もう半分は恋愛するために通っていた。

恋愛のために入ったテニスサークルでは、誰かを好きになっては諦め、誰かを好きになっては諦め、という感じを繰り返していた。

そんな中、一人の女性に告白され付き合うことになる。

そこで念願の初体験を済ますことになるのだが、思ったよりも感動は薄く、むしろ自分のその行為に違和感と背徳感の方を強く感じた。

その女性との間でも何度も癇癪を起し、わずか3ヵ月で交際を終えている。

その女性に対しての自分の発言や態度を思い出し、今でも思い出すたびに、自分自身に寒気がすることがある。

本当に申し訳なかった。

ごめんなさい。ごめんなさい。Fさん。



それでも、私は恋愛を続ける。

しかし、誰かを好きになっても自分から告白するということはなかった。

なんとなくうまくいかない感じがしたり、付き合う前に小さな癇癪を起してしまったりで、自分から距離をとってしまうことが多かった。

そして、丁度20歳になったころ、私は、私の人生を変えるきっかけとなる恋愛をする。


Wさんとの恋愛


私は当時、Y君という男性の友人と特に仲良くしていた。

非常にユニークな人で、グループの中のお笑い担当ポジションの人である。

いつも一緒にいて、ガハガハ笑いあっていた。

Y君は非常に繊細な一面も持っていて、そんなところも気が合った。

Y君が愉快にボケて、私がえげつなく突っ込む。

お前の突っ込みは笑えずに、ただ痛いだけのときがある、とよく言われたものである。

その二人の間に入ってきたのがテニスサークルの後輩、一つ年下のWさんである。

Wさんは小柄で、可愛らしい子で、いわゆる天然な子だった。

しかし、父親が哲学者らしく、やけに哲学に詳しく、奥深い、不思議なことをポツリポツリという子だった。

Y君と二人でWさんのことを女性なのに舎弟と呼んで仲良くした。

いつも3人でガハガハと笑いあっていた。

とても愉快で幸せな時間を共に過ごした。


しかし、私がWさんのことを好きになってしまうのにはそれほど時間はかからなかった。

問題なのは、少し遅れてY君もWさんのことが好きになってしまったということだ。

よくある三角関係である。

私はWさんの哲学的なところを好きになり、Y君はWさんのお茶目なところを好きになった。

Wさんはかなりの天然っぷりで、話すエピソードのひとつひとつに「はぁっ!?」と首をかしげずにはいられないような子だった。

Y君曰く「あいつは、頭を1回叩けば、必ず面白いことが一つ、口からこぼれる」である。


Wさんを好きになったこの頃、私は自分の恋愛時の癇癪の起こし方に自分で辟易していた。

親元を離れ、一人暮らしを始めたのも転機になっていたのかもしれない。

私は今のままではWさんと、もし交際ができるようになっても、Wさんを不幸にしてしまうという確信があった。


このままではダメだ。

私は変わらなくてはならない。

そういう気持ちが一層強くなった。


そして心理学の本を読み漁る。

感銘を受けたのは「加藤諦三」の本である。

何冊も何冊も読んだ。

そして、自分の心がそれに強く影響を受けている実感があった。

頭の中がザワザワとうめき、思考が走る。

バイトに行くために一駅電車に乗ろうとしたのに、気が付くと何駅も乗り過ごしてしまったり。

とにかく落ち着かなかった。

Wさんにその話をしたら、

「引っ越しの時って落ち着かないじゃないですか。そういうことじゃないですか?」

と言われた。

この私の精神的状況を分かった上でのコメントだと感じ、ますます好きになった。


私の身体は強烈な変わりたいという強いエネルギーに包まれていった。

私はWさんを傷つけないですむようになりたい。

その強烈なエネルギーは後に、私の人生を変える出会いを呼び込む。

それが、カウンセリング学習との出会い、逆エンパス先生との出会いである。

詳しくはこちら逆エンパスの数奇な人生ー隠れた太陽ー



その頃の私は、寝言で「舎弟」という言葉をこぼすほどWさんのことが好きになっていた。


Wさんへのアプローチは、Y君よりも私の方が先に行った。


私には焦りがあった。


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逆エンパスの数奇な体験

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