アップデートの死


 アップデートという言葉がよく使われるようになって久しいが、その内実まで考えている人は少ない。
言わなくなる、やらなくなるだけのことに「アップデート」という言葉を当てて、悦に入るおじさんが多くて嫌だなと思っていた。
考えを改めるのは簡単なことじゃないから、
「禁止」くらいの単純なことはおじさんでもできるので、行為の改めという意味を残してあげているんだろう。

そろそろ、アップデートという言葉でおじさんの甘い考えを救うのをやめるか、アップデートという言葉は行為でなく考えを改めるときに使うことにしないといけないと思ったりもするが、もうタイミング的には遅くて、

言わなくなるアップデートは子供の遊びで、
思わなくなるアップデートは人間への挑戦で、
人によって意味と難易度に差がありすぎるようになってしまったので、結局、アップデートという言葉はもう使わない方がいい。

これもまた、浅はかな男性によって潰された言葉と運動の一つになった。

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