第8回 ただのおススメ本目録ではない——レインボー・ブックリスト(佐々木楓)

ブックリストという取り組み

 世の中には数々の文学賞があり、新たな作家や本について読者に情報発信する役割も担っている。どのような作品や作家に授与されるかは賞ごとにある程度の傾向はあるが、文学賞の受賞によってその作品や作家は、権威や話題性といったお墨付きを得ることになる。一方で、そうした権威や話題性の大きさでは文学賞には及ばないかもしれないものの、ブックリストというかたちで、読者により多くの本についての有用な手引を作成する取り組みも存在する。アメリカの大手出版社であるペンギン・ランダムハウスは、年間ベストとして数十タイトルを毎年紹介している。『USAトゥデイ』や『ニューヨークタイムズ』などの新聞社や、老舗雑誌『エスクァイア』も同様である。テーマごとのブックリストも盛んで、一例を挙げると、昨年こちらも老舗で創刊130年を誇る雑誌『コズモポリタン』は「みんなが読むべきフェミニスト・ブックス12冊」を特集している。今回はそうした取り組みの中で、アメリカで毎年発表されているレインボー・ブックリストについて紹介したい。

レインボー・ブックリストとは

 これはセクシュアルマイノリティの問題を扱った書籍のうち、主に0歳から18歳の幼年期から若い読者向けに書かれたものから選ばれた、短い注釈つきの推薦図書目録である。「レインボー」はもちろん、セクシュアルマイノリティの運動のシンボルだ。運営しているのは「レインボー・ブックリスト委員会」で、これはアメリカ図書館協会(American Library Association、以下ALA)の中にある「ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーのラウンドテーブル」(以下、GLBTラウンドテーブル)に設置されている。

 レインボー・ブックリストの始まりは2008年で、毎年1月中旬から2月上旬に発表される。リストの対象となるのは、発表の前々年の7月1日から前年の12月31日にアメリカで出版されたものとされている。たとえば2019年のリストの対象は、2017年7月1日から2018年12月31日に出版されたものとなる。最終的に選ばれたリストは、ALAのウェブサイトや同協会が発行する季刊誌『ブックリスト』のほか、関連するインターネット上のページや10代向けの雑誌などのさまざまな情報源に提供される。

 ブックリストは年齢層に応じた各部門に分けられており、2019年では①「絵本」、②「ミドルグレード・フィクション」(8~12歳が対象)、③「ヤングアダルト・ノンフィクション」、④「ヤングアダルト・フィクション」(13~18歳が対象)、⑤「グラフィック・ノベル」(小説や漫画とも違う、大人も読者対象とした文学作品)の5つの部門において推薦図書が選ばれている。2012年以降は、全部門混合でトップ10作品も発表されている。
 どういった部門を設定するかは、年によって少し違いが見られる。たとえば18年には「ボードブック」(ページが板紙でできた絵本の一種)、17年には「ミドルグレード・ノンフィクション」のカテゴリーがある。「ミドルグレード」という区分けについては、過去には名称が「ジュブナイル」や「ミドル/アーリー・ヤング・アダルト」となっており、運営側の試行錯誤が見て取れる。
 どの部門にいくつの作品が選ばれるのかは特に決まっておらず、委員が調査する書籍数や最終的に選ばれる数についても年によって増減している。以下、簡単に各年の最終的にリストアップされた数を見てみよう。( )は委員会が調査した冊数で、2009年から2012年は公式サイトに記述がないため、2008年と2013年以降のみ記載する。

2008年:45タイトル(200冊以上)
2009年:35タイトル
2010年:46タイトル
2011年:32タイトル
2012年:32タイトル
2013年:49タイトル(150冊以上)
2014年:30タイトル(150冊以上)
2015年:24タイトル(140冊以上)
2016年:40タイトル(250冊以上)
2017年:47タイトル(270冊近く)
2018年:48タイトル(260冊以上)
2019年:107タイトル(400冊以上)

 こうして見ると、2019年に調査数とリストアップ数ともに急増している。これについて公式サイトでは、「委員会のメンバーはすべての年齢層におけるコンテンツの爆発的増加に圧倒されている」とあるため、単に調査量が増えたというよりも、アメリカで若い層向けに書かれたセクシュアルマイノリティに関する書籍の出版数自体が増加していることが窺える。

 2008年の調査数がいくぶん多いのは、レインボー・ブックリスト創設にあたり、2005年から2007年のものも対象に含まれるためである。というのもこの年のブックリスト発表の際のコメントによると、それ以前よりも多くのタイトルがリストアップに値する内容であると判断できたためだという。選考の過程で明らかになったのは、タイトルにそれとわかる言葉が入っていないことにより読者が本にアクセスできないこと、『同性愛を防ぐためのペアレンツ・ガイド』(2002)のような、セクシュアルマイノリティを侮辱する内容の書籍も複数見つかったことで、こうしたブックリストが必要不可欠だということが切に述べられている。
 ちなみに、アメリカ精神医学会が診断基準において、同性愛はいかなる意味でも病気ではないと認めたのが1987年の第3版改訂版(DSM-3-R)、1993年には、WHOの国際疾病分類の第10版(ICD-10)においても同性愛の項目は削除されている(決議は1990年)。それでもアメリカ各州で同性婚が認められ始めたのが2003年で、全州で合法化されるには2015年まで待たねばならなかったが、レインボー・ブックリストの取り組みは、そうした流れを後押ししていたはずだ。

闘いの一環としての「レインボー・ブックリスト」

 そもそもレインボー・ブックリストは、その起源からセクシュアルマイノリティの闘いの一環であった。現在のレインボー・ブックリスト委員会が置かれている「GLBTラウンドテーブル」は、「ゲイ解放運動の特別委員会」(Task Force on Gay Liberation)として、1970年にデトロイトで開催されたALAの年次会議にて組織された(“GLBTRT History Timeline” )。前年に起こった、ゲイ解放運動が広まるきっかけとして有名な「ストーンウォールの反乱」の1周年を記念して「ゲイ・プライド・マーチ」が行われ、同性愛差別撤廃の機運が高まっていた時代である。「ゲイ解放運動の特別委員会」の目的は、同性愛関連の図書目録を蓄積し図書館の分類体系と件名標目を見直すことで、蔵書へのアクセスを改善することと、図書館界における同性愛者への職業差別と闘うことなどである(ALA Social Responsibilities Round Table Newsletter, No.10, p.4)。このときにゲイに肯定的な書籍や雑誌の記事、パンフレットなど37点を紹介する「ゲイの図書目録」が作成され1980年の第6版まで継続することになる。翌71年には「ゲイ図書賞」(現「ストーンウォール図書賞」)が創設されている。このように見ると、セクシュアルマイノリティというより男性同性愛者だけの活動のように思えるが、当時の「ゲイ」は女性同性愛者も意味していた。実際、第1回の「ゲイ図書賞」はイザベル・ミラーによる女性同士の愛をテーマにした『私たちのための場所』(A Place for Us, 1969)が受賞している。その後、女性同性愛者を分けて捉えるようになり、委員会は1986年に「ゲイとレズビアンの特別委員会」に改名、バイセクシュアルやトランスジェンダーが認知され、委員会の名称に加わるのはそれぞれ1995年(「GLBの特別委員会」)と1999年(現在の「GLBTラウンドテーブル」)であるが、運営者たちはそれぞれ違う者の存在を認めて連携しながら、図書目録の作成や図書賞の運営、年次会議での小説についてのパネル開催など、読書文化の側から性の解放運動を試みてきた。忘れてはならないのは、セクシュアルマイノリティはこれら4つのグループだけではないことである。たとえばアセクシュアル(無性愛者)を描いた作品もこれまでブックリストに含まれている。このように、レインボー・ブックリストはただのおススメ本目録ではなく、その背景にはセクシュアルマイノリティの闘いの歴史がある。

 アメリカでセクシュアルマイノリティの運動が盛んであるのは、それだけ問題が多いことの裏返しでもある。現在でもトランプ大統領はトランスジェンダーを認めないことを公言し、アメリカの分断は現実問題だ。日本ではどうかといえば、近年のセクシュアルマイノリティに関する書籍の出版状況は以前と比べ活発である。レインボー・ブックリストにあがっている作品のいくつかも翻訳されている。とはいえセクシュアルマイノリティに関する正しい知識の普及は十分とは言えない状況である。実際、10年ぶりに改訂された『広辞苑』第7版に「LGBT」の項目が初めて記載され注目を浴びたものの、その説明が正確ではないと話題になったことは記憶に新しい。また、マジョリティとマイノリティの間だけでなく、マイノリティ内での差別や偏見も根強い。たとえば昨年、お茶の水女子大学がトランス女性の入学を受け入れる声明を出した直後から、トランス女性を「女性」の枠から排除する差別発言がネット上に蔓延している。そうしたものには断固として反対しなければならない。特に若い当事者が自己肯定できるようになるためにも、何が差別や偏見になるのかについての正しい知識をより多くの人が得られるようにするためにも、読書の文化を広め維持する取り組みの意義は深い。

 これを書いている私も、男性から女性に性別を変えて生活している、いわゆるトランスジェンダーである。もっと若いときに多様な性のあり方を知ることができていたら、性に関する固定観念に長い間とらわれずに済んだかもしれない。男/女はこうするものだ、といった性別による固定的な役割や規範、それらが根底にある性差別によって生き辛さを抱える人は今も多い。だから、性のあり方は多様であって誰かに決めつけられなくてよいのだ、と言ってくれるものに誰もが触れることのできる環境を作らなければならない。レインボー・ブックリストの情報は、そのような意味で日本に広める価値がある。今後はその中からいくつか作品を紹介できればと思う。

参考文献

ALA Social Responsibilities Round Table Newsletter, no.10, 1970.
“GLBTRT History Timeline.” http://www.ala.org/rt/glbtrt/about/history
“2008 Rainbow Book List.” https://glbtrt.ala.org/rainbowbooks/archives/153

今回の執筆者

佐々木楓(ささき・かえで)
関西大学他非常勤講師。セクシュアルマイノリティに関する小説や映画を研究中。

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