第1回 うたうおばけ(くどうれいん)

 「工藤さんって友達多そうっすよね」と言われて眉間がへんな形になった。げ、と思ったので、げ、と言った。

 わたしは友達という言葉があまり好きではない。小学校の体育館で、みんなで大きな輪になって手を繋いで友達は大事、助け合おうみたいな歌を歌ってからというもの、それから思春期はずっと目つきが悪かったような気がする。

 「ストップストップ、みなさん、口をしっかり開けないから『おもだち』に聞こえますよ、口を指三本入るくらい、おぉおきく開けて、子音をしっかり。t(ツッ)、t(ツッ)、トォ、モォ、ダァ、チィ、いいね? それじゃあ伴奏お願いしまあす」

 先生が両腕を上げる。今になって思う、あの大きな輪の中に(なーにが友達だよ)と思っていた人が何人いただろう。わたしはそういう人ともっと仲良くなるべきだったのかもしれない。わたしにとっての「友達」は、そういう、繋いだ手から抜けたらステージの上にいる先生が、「そこ!」と怒るような、むさ苦しくて窮屈で退屈な言葉になってしまった。友達だから。友達なのに。そんなつまらない絆物語に、自分の人生を添わせてたまるか。

 人生はドラマではないが、シーンは急にくる。わたしたちはそれぞれに様々な人と、その人生ごとすれ違う。だから、花やうさぎや冷蔵庫やサメやスーパーボールの泳ぐ水族館のように毎日はおもしろい。どれを掴むのか迷って迷って仕方がない毎日であれば、この人もこんなつまらないこと、わたしに聞かなくたっていいはずなのに。「友達が多そう」って、褒め言葉のつもりでしょう。友達の多さが人間の価値だと思っているのでしょう。そんな安易なものさしでわたしを計らないで。あなたたちはみんなそう、みーんなそう。

 わたしは頭に浮かぶかぎりの意地悪なことを言いそうになり、やめる。友達の多さを褒める世界で生きている人は、でも、割とわたしよりもちゃんとした人生を送っていることが多い。(ちゃんとした人生、とは……)こういう人と対峙するとわたしももっと言われた通りやってりゃよかったんだろうな。と思ったりする。言われた通りやってりゃいまごろ。いまごろ何だ。

「あー、意外とあんま友達いない感じすか」

 しばらく黙ったわたしを待ち飽きて、その人は面倒そうに言った。ええい、どうせこの場限りの会話なのだ。意地悪を言う必要はない。祈りのように目を閉じ、開き、わたしは微笑みかける。

「いやいや、いろんな人と仲良しですよ」
「へえ、可愛い子いたら紹介してくださいよ」

 ワーオ。息を吸うように、かつ適当に出てくるこの言葉。最悪である。天罰フォーユー。脳裏の大きな電光掲示板に創英角ゴシックで「残念」という文字が黄色く点滅する。わたしは決断する。どうせこの場限りの会話なのだ。

「うたうおばけとか、紹介しましょうか」
「は?」


「なにそれ」
「おばけです」

 三月の夜、わたしは岬の実家に泊まっていた。二〇一五年。わたしは二十歳で岬は一七歳だった。大学生と高校生で、わたしたちはそれぞれにぼんやりと鬱屈としていた。とてもよく整頓されたかわいい部屋でいつでも寝られる準備を整えたころ、岬はベッドの上でおもむろに茶色いフリースのパーカーを後ろ前逆に着て、フードを顔に被せて言った。

「おばけです」
「おばけ?」
「そうです、おばけ」

 茶色いふかふかのおばけ。大きないなり寿司のようでもある。うっふっふ、とふくよかな笑い声が出てしまう。あら、おばけが出ましたね。おばけは目がないので、さわさわと手の感覚だけで枕の近くにある奈良美智の犬のぬいぐるみを掴み、撫ではじめた。

「やさしいおばけだね」
「そうですよ」

 おばけはさらに、手をひょんひょん動かしてちょっと踊ったようにしたあとすこし考えて、ベッドのそばからまた手探りでクラシックギターを取り出して言った。

「おばけ、歌います」
「うたうおばけだ」

 おばけには爪がない。抱えたクラシックギターの弦を、もっ、とつかんで、もう片方の手でさりさりと引くふりをする。可愛いので写ルンですで一枚写真を撮る。あ。おばけだから写真、映らないかもしれない。おばけはレミオロメンの3月9日をちょっとだけ歌った。その歌声はちいさくも穏やかでわたしたちにちょうど良かった。むわ~、あちい、と言いながらフードを外しておばけは岬になったので、わたしたちは顔を見合わせて笑った。いまになって、あれは青春だったのかもと思う。それでも大学生と高校生で、わたしたちはそれぞれにぼんやりと鬱屈としていた。そういう夜だった。


「えっ、見える系? うける、工藤さん、意外とそっち?」
「お友達多そうなのに、おばけとはお友達じゃないんですか?」
「いや、待って待ってまじで」
 
 かわいそうに。この人も普通の話をしたかっただけだろう。でも、わたしも普通の話をしたかったんだ。わたしと出会ってしまったのがわるい。笑ってやり過ごすうちにバスが来て、はてなマークが溢れる彼に頭を下げて別れた。
 バスの中でおばけの写真を見返す。おばけと仲良くできるというのは、よいことだなあ。「友達」は多くないけれど「ともだち」は多いな、わたしは。(なーにが友達だよ)と思いながら自分のともだちのことを思うとき、それはおだやかにかわいい百鬼夜行のようだ。

プロフィール

くどうれいん(工藤玲音)
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。樹氷同人、コスモス短歌会所属。著書に『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD、2018年)。

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くどうれいん「うたうおばけ」

人生はドラマではないが、シーンは急に来る。わたしとだれかの話、忘れないうちに。
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