第10回 FATをめぐるものがたり――『ダイエットランド』と、あるひとつの解放宣言(日野原慶)

連載っておもしろい

 ウェブ連載はおもしろい。ひとつき前にはカルメン・マリア・マチャド(Carmen Maria Machado)という作家の小説について書いた。わたしが担当した初回の記事だった。それにつづいて目にしたのはウェブ連載の醍醐味とでもいえる反響だった。書いたものがすぐに人々の目に触れ、かかわりのある最新の情報とリンクする。ウェブ連載はそれを可能にしてくれる。マチャドの記事の場合には、わたし自身が「おおっ!」と声をあげたほどにすてきなニュースをよびこんだ。おもわずのけぞったため、テーブルに足をぶつけコーヒーをこぼしたことは秘密だ。

 フェミニズム専門の出版社として設立されたばかりのエトセトラブックスのTwitterアカウントで伝えられたのは、Her Body and Other Partiesの訳書が出るという情報だった。今年の夏に刊行される予定で、エドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』(The Known World[2003])の素晴らしい訳者としても知られている小澤英実さんが翻訳をなさった。多くの人々のもとにマチャドの作品が届くことがうれしい。わたしも読むのが楽しみだ。前回の記事では身体に焦点を当てたけれど、もっとも明らかなテーマとしてセクシャリティやジェンダーの問題を読みこむことができる作品集であるし、それ以外にもさまざまな関心を刺激しうる多面的なテクストだ。そして、なによりその不思議な作品世界に触れることには、沼に素足を踏み入れるような独特の心地よさがある。読者のみなさんはどのような読みかたをされるだろうか。ぜひ翻訳を手にとっていただければと思います。

からだはデリートできない

 さて2回目の連載にそなえようと初回の記事を読みかえしていると、ある小説のある人物のことが頭にうかんだ。2015年に出版されたサライ・ウォーカー(Sarai Walker)のデビュー作Dietland(『ダイエットランド』)の語り手であるプラム(Plum)のことだ。彼女はデイジー・チェイン(Daisy Chain)という人気雑誌の編集にたずさわっている。10代の女性から熱狂的支持を得るデイジー・チェインの編集者たちは、そろって看板に恥じないキラキラ女子だ。その筆頭に名物編集長のキティ(Kitty)がいる。容姿もライフスタイルも読者の理想を体現したキティの裏方としてプラムは働く。キティに届いた読者からのEメールに返信することが彼女の役目だ。理想どおりにはならない容姿や人生について読者たちは悩みを打ち明ける。告白がキティ本人に届いていると信じて。ゴーストライターであるプラムに与えられた使命は、くるしむ読者を型どおりのメッセージでなぐさめつつ(回答のほとんどが過去の返答リストからのコピペだ)購読者としてつなぎとめること。厄介な相談には深入りしない。彼女はつぎのように語る。「この点でインターネットは都合がいい――ひとはデリート可能だ。スイッチを切るように」(10ページ)

 でも自分のからだはデリートできない。プラムはふとったからだにコンプレックスを抱いていて、それが原因で人づきあいは苦手だ。彼女は大学生のころから30歳手前のいまにいたるまで、抗うつ薬を服用して暮らしている。肥満対策の胃切除手術を受けること、それが彼女の目下の希望だ――そう、前回紹介した“Eight Bites”(「8回噛んで」)の語り手と同じように。そして『ダイエットランド』の方にも手術に反対する人物がいる。かつてプラムが入会していたバプティスト減量協会(Baptist Weight Loss)設立者の娘、ヴェレナ・バプティスト(Verena Baptist)だ。母親が行ってきたことへの反省からフェミニスト団体カリオペ・ハウス(Calliope House)を主催する彼女にとって、外見的なコンプレックスをうみだしつつ[あなたはまだ十分には細くないわ]、その「治癒」を売り物にする[でもこれからあなたを十分に細くしてあげるわ]ダイエット産業は搾取のシステムにひとしい。手術以外の方法を試してみない?――そうヴェレナは持ちかける。いくつかのタスク(抗うつ剤をやめる/体形を馬鹿にする人々を問いただす/イメージチェンジをする/ブラインドデートをする)にとりくんだあかつきには2万ドルをプレゼントする。そのお金は手術費用にでも何にでも自由に充ててくれてかまわない。でももしかしたら、自分のからだのとらえかたが根本から変わるかもしれない。手術の必要がなくなるかもしれない。この提案を受けいれタスクをこなしていくプラムは、最終的に手術を受けるのか? 2万ドルは誰のため/何のためにつかうのか? それがざっくりとしたあらすじであり、ポイントのひとつでもある。

もうひとつの解放運動

 残念ながら『ダイエットランド』の翻訳はまだ出版されていない。ただドラマ版は2018年に放映され(シーズン1:全10話/シーズン2への更新はなし)日本ではアマゾンプライムにて視聴が可能だ。直接核心にかかわるネタバレを避けつつ、小説の細部についてコメントしておきたい点がある。

 それは、この作品の背景にかかわるものだ。物語のなかで、あるふたりの人物のうまれた年が言及される。まずソレダッド・アヤラ(Soledad Ayala)。プラムの物語に並走するサブプロットを駆動する女性だ。女性をモノとして消費する社会への徹底抗戦を試みるテロリストグループ「ジェニファー」の中心人物である彼女は、1973年のうまれであると語られる。もうひとりはカリオペ(Calliope)。カリオペ・ハウスの活動拠点をはじめて訪れたプラムは、クローゼットのなかで一行の言葉にであう――「カリオペ、この部屋で生をうける。1973年1月」(213ページ、236ページ) かつて建物がカトリックの慈善施設であったころに刻まれたこの名前は、カリオペ・ハウスという組織名に引き継がれている。壁に刻まれた痕跡、組織名にのこされた痕跡。そのようなかたちで物語に登場するこの人物のうまれも1973年だ。単なる設定上の偶然。そうみなすこともできる。しかし『ダイエットランド』という小説の内容を考えるとき、1973という数字はまるで暗号のように、ある文章の存在を指ししめす。「世界中のふとったひとたちよ、手をとりあってください。あなたがたが失うものなどなにもありません(FAT PEOPLE OF THE WORLD, UNITE! YOU HAVE NOTHING TO LOSE)」という言葉で締めくくられる“Fat Liberation Manifesto”――1973年に公開された「ふとっていること」解放宣言である(The Fat Studies Readerに収録[341-42ページ]、以下は拙訳)。

「ふとっていること」解放宣言 1973年11月
(Fat Liberation Manifesto, November 1973)

ジュディ・フリースピリット(Judy Freespirit)とアルデバラン(Aldebaran)による
  
1.わたしたちは疑いません。ふとっている人々に、人間として尊敬され、価値を認められる権利が、いささかも揺らぐことなく備わっていることを。

2.わたしたちは怒っています。商業利益と性差別の追求がもたらした虐待に対して。これらはわたしたちの身体をあざけりの対象として不当にあつかい、その結果として、莫大な利益の源泉たる市場をうみだしました。あざけりを回避し、それから解放されることが可能であるという、けっして実現することのない約束を売りつける市場です。

3.わたしたちは考えます。わたしたちのたたかいが、階級差別、人種差別、性差別、年齢差別、経済的搾取、帝国主義などに立ちむかう、わたしたち以外の抑圧された集団によるたたかいと、軌を一にするものであると。

4.わたしたちは要求します。アメリカ合衆国憲法において保障された平等な権利が、生活のあらゆる側面において、ふとった人々に認められることを。わたしたちは要求します。公的な場で物品やサービスを享受するための、平等な機会が認められることを。そして、雇用、教育、公共施設、公共医療の領域において、わたしたちへとむけられる差別におわりがくることを。

5.わたしたちは見誤りません。わたしたちのひときわ大きな敵が、いわゆる「痩せ」業界と呼ばれるものであることを。ダイエットクラブ、痩せサロン、減量道場、ダイエット専門医、ダイエット本、ダイエット食品、サプリメント、外科手術、食欲減退剤、薬品、ラップ美容術や「減量マシン」などの器具が、それをつくりあげています。
 わたしたちは要求します。彼らがならべる売り文句の嘘の責任を、彼ら自身で取ることを。彼らの商品が人々の健康に有害であると認めることを。彼らの商品が有効だというのなら、それを証明するのにふさわしい長期にわたる研究の結果を公開することを。わたしたちは、現存する減量プログラムの99パーセント以上が、5年を越えてその効果を測定したとすれば、失敗にしかならないということを知っています。わたしたちはまた、体重の過度な変動を繰り返すことが、重大な健康被害をもたらすと証明されていることを知っています。そのうえでこの要求をしているのです。

6.わたしたちは否定します。わたしたちが不健康だという誤った主張をするエセ「科学」を。それが、保険会社、ファッション業界、ダイエット業界、食品・薬品業界、医学・精神医学会の金銭的利害と結びつき、わたしたちへとむけられる差別の原因となり、根拠とされてきたのです。

7.わたしたちは拒絶します。わたしたちの敵の利害にしたがうことを。わたしたちは、わたしたちの身体とわたしたちの生命を取り戻す、という意志であふれています。わたしたちはこれらの目的を果たすことに身をささげます。

世界中のふとったひとたちよ、手をとりあってください。あなたがたが失うものなどなにもありません。

 20世紀の後半に花開いた女性の権利運動、同性愛者の権利運動とならんで、「ふとっていること」の権利運動があった。Fat Liberation(解放)、Fat Acceptance(うけいれ)などと名づけられた運動の現在形として、ファット研究/Fat Studiesがあり(The Fat Studies Readerなど、この研究の概要についても追って紹介していきたいと思います)、『ダイエットランド』をひとつの例とする文学テクスト群がある。

 『ダイエットランド』が読者に届けるのは、つきつめれば「体形を変えるのではなく、認識を変える」型のメッセージ――あなたのからだをありのままにうけいれればいいんだよ――であると言える。理解しないことが不可能なくらい明快だ。でも「私が知っていることと私が感じていることは別なのだ」(19ページ)――とロクサーヌ・ゲイ(Roxane Gay)は言う(『飢える私:ままならない心と体[Hunger: A Memoir of (My) Body]』2017年出版、2019年に野中モモさんが翻訳)。それが大事だとあたまでは分かっていても、簡単にはからだのとらえかたを変えられないひともいる。うけいれればいいのだと分かっていても、ジム通いをやめられないひともいる(モナ・アワド『あるファットガールにまつわる13の物語[Mona Awad, 13 Ways of Looking at a Fat Girl]』2016年出版)。当然のことながら「FATをめぐるものがたり」は多様だ。もうしばらく継続して、上に列挙したものを中心に、このテーマについて連載で書いていこうと思います。

*ちなみに、次回以降に紹介する予定のモナ・アワド『あるファットガールにまつわる13の物語』(まだ仮題)の翻訳に、連載メンバーの加藤有佳織さんと一緒に取り組んでいます。詳しい刊行予定などについては、具体的にきまり次第お知らせします。

引用文献

Awad, Mona. 13 Ways of Looking at a Fat Girl. Penguin, 2016.
Machado, Carmen Maria. Her Body and Other Parties. Graywolf Press, 2017.
The Fat Studies Reader, edited by Esther Rothblum and Sondra Solovay. New York University Press, 2009.
Walker, Sarai. Dietland. Mariner Books, 2018.
ロクサーヌ・ゲイ『飢える私:ままならない心と体』(野中モモ訳、亜紀書房、2019年)

今回の執筆者

日野原慶(ひのはら・けい)
大東文化大学にてアメリカ文学を研究。特に現代のアメリカ小説を対象にエコクリティシズムと呼ばれる環境に焦点を当てた文学批評をおこなっている。ごく最近のアメリカ小説などにも関心をひろげ研究対象としている。

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