第14回 ショーン・ペンよ、ペンを置け──“史上最悪”のデビュー作『何でも屋のボブ・ハニー』について(青木耕平)

 「あのショーン・ペンが小説を書いた!」2018年3月初頭、アメリカの出版業界はこのニュースで持ちきりだった。アカデミー賞主演男優賞を2度受賞している超大物俳優にして映画監督、マドンナやシャーリーズ・セロンと婚姻関係にあった超一流セレブでありながら、ブッシュ政権のイラク侵攻やドナルド・トランプの差別発言に対して公然と批判の声をあげ、ジャーナリスティックに権力の腐敗と戦い続ける“偉大なるショーン・ペン”。

   2004年アカデミー賞主演男優ショーン・ペン受賞スピーチ(公式)

 刊行前のパブリシティーもまた豪華だった。サルマン・ラシュディによる「トマス・ピンチョンはこの小説をきっと気に入るだろう!」という推薦文が大きくフィーチャーされ、人気コメディ作家サラ・シルヴァーマンは「私たちの時代を書いた傑作!」と絶賛、「カート・ヴォネガット的でもあるし、デヴィッド・フォスター・ウォレスの要素もある」と称賛する事前書評も掲載された。発売前日に全米の人気TV番組に出演するなど、ショーン・ペン本人も精力的なプロモーションをこなした。

 そして3月27日、ショーン・ペンの小説デビュー作『何でも屋のボブ・ハニー』(Bob Honey Who Just Do Stuff)が発売されると、すぐさま大小様々なメディアが書評を掲載したが、それは事前の絶賛とは打って変わって酷評するものばかりだった──

「本の形をしてるけど、これ何?」──ニューヨーク・タイムズ
「いますぐ無料ダウンロードに変えろ」──ワシントン・ポスト
「こんな駄作はなかなか書けない!」──ガーディアン
「恥とケツを晒し続ける160頁」──ハフィントン・ポスト
「人類史上最悪の本」──クラックド・ドットコム

 この酷評の嵐は、私に一つのことを思い出させた──あれはもう6年前、私が博士課程にあがったばかりの頃だ。私は、学会発表をすれば手酷く叩かれ、論文は不採用続き、もう無理だ、もう嫌だと自暴自棄に陥り、研究から逃げるようにして、人生で初めて小説を書いた。私はそれを傑作だと思い、読書家の友人たちに送りつけた。褒めてもらいたかったのだ。しかし、彼らの感想は私の期待していたものとは違っていた──

「100点満点で言うなら5点」──友人編集者M
「わりぃ、途中で読むの止めた」──友人Y
「ぶっちゃけ面白くないっすwww」──後輩N
「もう二度と読ませないで」──当時の恋人

 次々と寄せられる友人からの厳しい言葉に打ちのめされ、私は白目を向いて意識を失ったのだった──つらい過去を思い出しながら、私は『何でも屋のボブ・ハニー』を手に取った。「可哀相なショーン・ペン。俺、あんたの気持ちわかるぜ。俺はそんな簡単には貶したりしないぜ……」

 そうして私は『ボブ・ハニー』を読んだ。酷かった。想像を遥かに超えて、酷かった。

ボブ・ハニーとは何者なのか

 上の書影をみてほしい。右に木槌(mallet)が描かれているが、これがボブ・ハニーのトレード・マークである。彼はこの木槌で「スコッツデール計画」を実行していく。スコッツデール計画の内実、それは老人を殺害することである。

 物語冒頭第一章の舞台は、2016年夏のアリゾナ州、政府補助の低価格老人住居施設で、8人の老人が人生の希望もなく砂漠を見つめている様が描写される。以下、最初の殺害シーンを訳出する。

老人たちは残忍な倦怠に縛られていた。すると……
慈悲が訪れた。
ポン! ポン! ポン!
選ばれた3人が倒れる。
3人は、祝福されし鈍器によって刑を執行された。
8人が5人に減ったが、残りの者もいつかその日を迎えるだろう。
白い光沢のないポンティアックのエンジンがかかり、州間ハイウェイへと走り出す。ボブ・ハニーはこう呟く、「やったのは、俺じゃないさ……」

 ハニーが老人を木槌で殺害する理由は「税金と環境に優しいから」とだけ示され、折りに触れハニーは殺害を実行、物語はスコッツデール計画を中心に進んでいく──と誰もが推測するだろうに、最後まで計画は全容を明かされることがなく、なんのオチも与えられない。

 この小説は、一事が万事このように進む。ただナンセンスな設定だけがあり、展開も解決もない。物語の要約は不可能だ、なぜなら全体を貫くストーリーが存在しないからだ。

 老人殺し以外にもボブ・ハニーは多くの(元)肩書を有している。

①元航空整備士
②花火イベント仕掛け人
③複数の会社の通販経営権を独占
④浄化槽の設備会社を設立
⑤中東の武器商人、アメリカの軍事産業と太いパイプを持つ
⑥南米の麻薬王とも顔見知りで
⑦離婚歴ありの孤独な56歳、しかし20代の恋人がいる

 ここで着目すべきはとりわけ⑥⑦だ。彼は南米の麻薬王エル・チャポと会談を2016年に持っており、彼の元妻はマドンナで、シャーリーズ・セロンと2015年に破局した後に30歳下の新恋人が発覚しゴシップを賑わせた。イラク戦争以降中東情勢に興味を持ち政権を批判し続けているショーン・ペンの執筆時の年齢は、ボブ・ハニーと同じであった。

 ボブ・ハニーのモデルは、誰の目から見ても明らかに、作者ショーン・ペン本人である。ペンはペンを手にして、自身の分身を紙の上に創造した。彼は自由だった。なんの制限も制約もなかった。私のように、面と向かって批判を口にする友人もいなかったのだろう。彼は、とことん自由に突き進む。

『ボブ・ハニー』のスタイル的欠点

 ペンは小説を書いていた時、自由を感じ、執筆が楽しくて仕方なかったと述べている。大の文学好きである彼は、「シンプルに、好きなものを好きなだけ書く」というスタイルを採用し、自身が好きな小説のスタイル全てを取り入れようと試みたのだろう。目立ついくつかの特色を抜き出そう。

①ジャック・ケルアック的疾走感
第一部の冒頭には、「ある日俺は正しい言葉を見つけるだろう。それはおそらくシンプルな言葉たちだ」というジャック・ケルアック『ザ・ダルマ・バムズ』の引用が掲げられている。敬愛するケルアックらビートニクを意識し、スラングを多用し、正しい文法や語法をお構いなしに文章を書きなぐっていく。

②トマス・ピンチョン的陰謀論
第9章で、ハニーがバクダッドやシリア等を遍歴した様が語られるが、ハニーが訪れた都市と月日をリスト化すると、彼の足跡と騒乱の勃発が見事に一致していることがわかる。清々しいまでの『重力の虹』のパロディである。

③D.F.ウォレス的脚注使用
本作はわずか160頁程度のフィクションであるにもかかわらず、作者本人による脚注が70も存在する。これは間違いなく90年代のアメリカ文学金字塔、デヴィッド・フォスター・ウォレス『インフィニット・ジェスト』のスタイルの踏襲である。ただしウォレスと違い、脚注が本文に奉仕しない。

④カート・ヴォネガット的メタフィクション
ペンは本作刊行に先立つ2016年に小説版のプロトタイプと言うべきオーディオブックを公開しているのだが、その書き手はペンではなくパピー・パリアーという架空の人物に設定されていた。そのパピーが小説版に登場し、ハニーに「お前は俺が書いたんだぜ」と語りかける。作者が創造主として作品内に登場し、非創造物である人物に語りかけるメタ構造、まさにカート・ヴォネガットやジョン・バースの十八番である。

 残念なことに、①—④の全てが失敗に終わり、スタイルは大渋滞を起こして小説を破綻させて、目も当てられない惨状になっている。

 プロットのナンセンスさと、スタイルの不徹底な混淆が、本作を「駄作」にしているのは間違いない。だが本作は、単なる駄作である以上に多くのバッシングを浴びることとなった。

大統領への公開書簡

 先程述べたように、本作は小説に先立つこと2016年10月18日に、アマゾン上でオーディオブックとして無料公開された。朗読はペン本人。

 残念なことに、小説刊行と同時に現在は視聴できなくなっている。ペンはオーディオブック発表について、「大統領選前にどうしても公開したかった」と述べている。ブッシュ政権でのイラク侵攻を厳しく批判し続けたペンは、公開書簡の形でブッシュを公に非難した過去を持つ。そんなペンは、ドナルド・トランプがまだ大統領候補だった時から彼の差別的な言動に厳しく批判の声を挙げていた。そして彼は、大統領となったトランプに対して、またも公開書簡を送ることとした、ただし今度は小説のなかで、ボブ・ハニーというキャラクターを通して。

 「地主」と呼ばれる男が、物語の終盤ハニーを殺害しようとするが、ハニーは間一髪逃れて、マンハッタンにあるビル──あきらかにトランプタワーがモデル──に押しかけ、フロント係の目の前でその手紙を書き始める。長いので、一部を抜粋し訳出する。

地主さまへ
 俺を始末できたと思ったか? あんたは俺を甘くみすぎている。俺だけじゃない、我々全員を甘く見ている。あんたのプロパガンダは成功し、多くの怒りと苦しみのなかにいるアメリカ人があんたに投票するよう仕向けた。ロシアのアシストもあったよな。だけど、あんたの思うようにはならない。あんたにはない武器を俺たちは持っている。それは夢だ。科学だ。子供達の未来だ。あんたが引き裂こうとしたフットボールプレイヤーたち、あんたがバカにした女性たちだ。あんたは弾劾されるべきだけじゃなく、覆される必要がある大統領だ。俺たちはあんたを覆す必要がある人民というだけでなく、殺人者を必要とする国民だ。俺は神の加護を受けている。ボブ・ハニー、それが俺だ。決闘を申し込むぜ、ツイートしてみな、このビッチ。

 この手紙は感動的だ。アメリカ国民なら誰もが知るショーン・ペンが、人種差別や女性差別を繰り返す自国の大統領に対して弾劾以上の強い言葉で非難することに、勇気づけられる人は多いだろう。

 この手紙は、最終章の結末部近くに置かれている。あるいは、もし、この手紙で小説が終わっていたら、小説の未熟さや支離滅裂を嘲笑されることはあっても、激しいバッシングに見舞われることはなかっただろう。だが、物語はここで終わらなかった。

フィクションと現実をわけるもの

 物語を締めくくる「エピローグ」は、全てイタリックで書かれ細かく改行された、長い詩のような文章だ。そしてそのなかに、「#MeToo」へのバッシングが書かれていた。

ところで最近の #MeToo ってのはなんなんだい?
ガキの言葉だよ現代のさ まるで赤ん坊の十字軍
レイプを減らし、尻軽女を晒し、ガキに参政権をあたえろって?
刑事告発のプラットフォーム作り?
華美な衣装をなくす適性手続きってか?
でもさ、そんなのファックだよ! 俺は一体何に悩んでるの?
俺はヒーローだぜ 『タイム誌』にとっての!

 またたく間にこの箇所はSNS等で拡散され、ショーン・ペンはバッシングに見舞われた。このバッシングに対して、ペンはインタビューで「思うに、今はフィクションが作家の考えと見なされる悲しい時代だ。フィクションがフィクションとして読まれていない… そういう人たちはこの作品の本質を理解していないし、文脈を無視して読んでいると思うんだ」と応えている

 ペンの言葉にあるように「フィクションをフィクションとして読む」ことは大変重要だ。酷い人種差別のシーンや、偏見に満ちた登場人物をフィクションの中で描くことによって、フィクションはその問題を扱う。人種差別主義者を描くコルソン・ホワイトヘッドは人種差別主義者ではないし、性差別主義者を描くトニ・モリスンは性差別主義者ではない。だが、しかし、本作にその方程式は当てはまらない。なぜと言って、すでに述べたように、ハニーは年齢、離婚歴、若い恋人、トランプへの非難と、明確に作者ショーン・ペンがそのモデルとなっているからだ。そしてとりわけこの#MeTooバッシングに対して「俺は『タイム誌』にとってのヒーローだぜ」と捨て台詞が吐かれる時、ここでの「俺」とは──文脈を無視するのではなく文脈を踏まえればこそ──架空の登場人物ボブ・ハニーではなく、ショーン・ペン本人でしかありえない。

 『ボブ・ハニー』は他にも「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の生命も大切だ)」という近年の反人種差別ムーブメントも茶化している。その描き方が最悪で、小説の中では「イエロー・ライヴズ・マター」運動をするアジア系が「メイク・アメリカ・モア・イエロー」とトランプのスローガンをもじった言葉で行進する。ペンからすれば、これは「風刺」または「寓意」なのだろう。しかし、結果的に、ブラックとイエローを同時に馬鹿にするという二重の嘲笑にしかなっていない。

 #MeTooやブラック・ライヴズ・マター等の運動にショーン・ペン本人が懐疑的な声明を出すことは驚くに値しない。彼は問題発言と問題行動の耐えない過激で行儀の悪い人物として広く知られている。しかし、批判を受けて「これはフィクションだから」と自己弁護することは、的外れというだけでなく、あまりにも卑怯であると言わざるを得ない。

 彼は白紙とペンを手にした。そこには、上から指図をしてくる監督も、興行収入のことしか頭にないプロデューサーも、時間にうるさいマネージャーも、下手くそな共演者も、自分の思い通りにならない演出家も、誰もいなかった。彼は自由を手にし、好きなことを書き散らし、結果としてドナルド・トランプのように振る舞ってしまった。

 彼は小説の中で「地主=トランプ」へ対しその女性差別と人種差別に抗議し、「あなたは弾劾されるだけでなく、覆される必要がある」と書き送った。そんなペンは、女性蔑視と侮蔑的な人種表現を小説の中で用いてしまい、「駄作」と嘲笑されるだけでなく、「もう二度と小説を書くな」とバッシングを受けることとなった。こんな悲しい皮肉はない。

ショーン・ペンよ、ペンを置け

 ショーン・ペンはアカデミー賞主演男優賞を2度受賞している。一度目は『ミスティック・リバー』、二度目の栄光をもたらしたのは2009年『ミルク』だった。『ミルク』は実在したハーヴェイ・ミルクの伝記映画であり、彼はアメリカで初めて自ら同性愛であることを公にした政治家で、差別を受け続けたゲイの権利のために身を挺した活動家であり、最後は凶弾に倒れた。

 ハーヴェイ・ミルクという人間のエネルギーとメッセージは、ショーン・ペンという稀代の天才俳優によって蘇り伝播し、アメリカ中の同性愛者そしてマイノリティーに勇気を与えることとなった。

 ペンは、全世界の人々が視聴するアカデミー賞の生中継、その受賞スピーチの壇上で、同性婚に反対する人間に対して「恥を知れ」と強く非難し、「全ての人間に平等な権利を」と訴えた。

 自身の小説への酷評やバッシングを知った後も、ペンは「俺は小説を書き続ける」、「映画はもうやめた」という旨の発言を繰り返していた。しかし、2019年現在、彼の小説の次回作の噂を耳にしないまま、最新の主演映画のトレイラーが公開された。

 ショーン・ペンよ、お願いだ、これからも最高の演技で我々を魅了してくれ。

 今まであなたがしてきたように、虐げられた者に手を差し伸べ、権力の横暴を糾弾し続けてくれ、その戦う背中を見せてくれ。私達を鼓舞してくれ。

 ショーン・ペンよ、ペンを置け。

今回の執筆者

青木耕平(あおき・こうへい)
首都大学東京他非常勤講師。1990年代のアメリカ小説/文化を研究対象としている。主な論文にB.E.エリス『アメリカン・サイコ』論、デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』論、デニス・ジョンソン『煙の樹』論がある。現在はアーシュラ K. ル=グウィン『ゲド戦記』「第二の三部作」に関する論考を執筆中。

謝辞

『何でも屋のボブ・ハニー』という訳題は大阪大学の木原善彦教授によるものです。本稿での使用を許可してくださった木原先生、あらためてありがとうございました。(そして翻訳大賞受賞おめでとうございます!)

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