見出し画像

毛ガニとハーゲンダッツが美味い夜のこと。

先日、出張である地方都市に行く機会があった。
片道3時間以上かかる場所だったので、前泊することにした。

その地方都市には半年前に転勤した同期のOがいる。
夜、予定を合わせて飲みに行くことにした。

日本海沿いの都市のため海鮮メインのちょっとお高めの居酒屋を予約していた。新幹線から降りて、駅近くのビジネスホテルにチェックインして荷物を部屋に置いてからその店に向かった。

店に入ると先に店に着いていた私服姿のOがカウンターに座っていた。
Oは現在夜勤なども多い不規則な仕事をしている。
その日は朝が早く夕方には上がれる勤務だったので一度家に帰って着替えてから自転車で来たとのことだった。現地に着く時間の関係で20時スタートと少し遅い時間にしてしまったのが申し訳なかった。

とりあえずお酒と刺身の盛り合わせと、Oが食べたいとサラダを注文した。プラス100円で刺し盛りのひとつをノドグロにできるとのことだったので迷わずアップグレードした。
大柄のOがサラダを注文する姿は失礼ながら少しミスマッチで面白かった。

ビールとレモンサワーで乾杯する。
名前は忘れてしまったけれど、一口めに食べた何とかマグロがすごく美味しかった。サラダはいたって普通のものだったけれど、Oはうまそうにムシャムシャ食べていた。

Oは麻雀ジャンキーで、店に着いた時からスマホでMリーグを観ていた。
おいおいと思いながらも、なぜかそれでも全く嫌な気分にならないのが不思議なところだ。

Oの職場は勤務時間が不規則だったり車での通勤が多いこともあり、この半年程度ほとんど飲み会はなく、もっぱら週末家で晩酌することが増えたとのことだった。

『だから俺、今日の飲み会楽しみにしてたんだよね〜』

サラッとそう放ったOの言葉に、何故か僕はとても感銘を受けていた。

『楽しみにしてた割にはMリーグ観てんじゃねえか(笑)』と茶化しながらも、”この時間を楽しみにしていた”と率直に言われる嬉しさとこそばゆさのようなものを感じていたのだった。
実際は単に久しぶりに外で酒が飲めることを楽しみにしてただけかも知れないけれど、Oの言葉とその表情は『コイツ、僕との飲み会楽しみにしてくれてたんだな』と聞き手に思わせる不思議な真摯さがあった。

もし僕が同じセリフを放っても、普段の斜に構えた振る舞いから文字通りの意味には決して聞こえないだろうし、そもそも他人に対して自然と『楽しみにしてた』と言うことも出来ない。本当は心の中でどれほど楽しみにしていたとしても、だ。

ふと思い出す。
まだ同じ職場にいた時期に別の同期を交えてボードゲームをやった。その数日後職場の廊下ですれ違った際に『この前のボドゲ、すげー楽しかったな。またやろうな。』と嬉々として言われた時のことを。
Oが転勤となる際に、僕は餞別の品として仙台の伝統工芸品をモダンに再構築したタンブラーを渡した。それから数ヶ月経ったある日、急に『そういえば、あのタンブラーめちゃくちゃ良いわ。ありがとう。』というLINEが送られてきた時のことを。

Oは決して純粋無垢だとか温厚といったタイプの人種ではない。
でも、ポジティブな感情を真っ直ぐ伝えることができる人間なのだと思う。
それは僕が決して持ち得ない才能であり、嫌味でなく”こういう人間になりたいな”と思わせる快さがある。

そんなことをぼんやりと考えながら、奮発して毛ガニの甲羅詰めを注文した。

その毛ガニはちょっとこちらが申し訳なくなるほど甲羅に身が詰まっていて、罪悪感と共に『うまい!』『奥にミソがあるぞ!』と連呼しながら箸でつつき合った。
Oはなんか良さげな日本酒を頼んで、酒の弱い僕は少しだけそれを貰った。
Oは僕が大学を一浪一留していることをいたく気に入っていて『そこがお前の良いところだ』と、褒めているのか貶しているのか良くわからないイジリをいつも通りしてきた。
シメに名産のコシヒカリの上に明太子や銀鮭などをのせた、美味しさが保証されているも同然も丼をかきこんだ。
気づくと0時近くになっていた。

会計時、割り勘しようとするとOは自分の方が酒を多く飲んで得してるから申し訳ないとうるさいので、帰り道のコンビニで風呂上がりに食べるハーゲンダッツを奢ってもらうことで手を打った。
コンビニではハーゲンダッツと一緒に歯ブラシとか朝飯も一緒に買おうか?と聞いてきたので、それじゃあとピザポテトも買ってもらった。
別れ際、Oは『ハーゲンダッツを躊躇せず買える俺らって幸せものだよな』と深そうで浅いセリフを吐きながらレジ袋に入ったアイスとピザポテトを僕に手渡し、自分はアイスをむき出しで手に持って帰っていった。


ホテルの冷蔵庫は宿泊者が電源を入れるタイプで冷えるまでに時間がかかったため、風呂上がりにアイスを取り出したらかなり溶けてしまっていたけれど、せっかく買ってもらったので一気に流し込むように食べた。

ハーゲンダッツは溶けても意外と美味かった。

(手前)罪深き毛ガニの甲羅詰め / (右奥)飲み会中にMリーグ観るな

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?