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【小説】巫蠱(ふこ)第二十四巻

刃域じんいき宙宇ちゅうう⑨》
(カラタくんもシズカくんもよく踏みとどまった)善知鳥うとうカラタのいる建物から離れたところで、宙宇は足早に歩き始めた。(盗聴を警戒するにしても方法は分からないだろうに。ともあれ牽制は利いている。そろそろ確認にいくとしよう。平和が世界に、はびこるときを)

さし②》
宙宇は出国する。北西の国境付近の手前で小舟に乗り、北に向かう。すると島がみえてくる。いびつな岩を海岸線とする、山のような島……「城」だ。巫蠱が守る地のひとつだが楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんから離れているため飛び地にもみえる。島に近づくのは鳥影ばかりで、船影は珍しい。

《楼塔流杯りゅうぱいと城ぬめ①》
城には現在、三名の巫蠱がいた。うちふたりは蠱女こじょの楼塔流杯と城絖である。流杯は遠くから近づいて来る小舟に気付いて慌ててみせる。「ちょっと絖、誰か来てる。こういうとき、どうすんの」「沈めたら? たつ姉いつもそうしてるよ」「いや無理」「りゅーちゃん優しいね」

《楼塔流杯と刃域宙宇①》
流杯は望遠鏡を取り出して小舟に向ける。「あれ、宙宇さんじゃん」島に近づく者の正体が分かった途端、地面を蹴って彼女は飛んだ。それを目に入れた宙宇は手招きして流杯を舟に乗せる。「射辰いたつは?」「師匠なら玄翁くろおさんと外出中です」「道理で一矢も飛んでこないわけだ」

《城絖と刃域宙宇①》
小舟を接岸させてから宙宇は城の山道をのぼる。一方、山頂の方向より駆け下りてくる者もあった。彼女は宙宇の隣についたのち方向を転換する。「わたしみんなに死装束用意したいんだけど宙宇さんはどう」「悪くない」「乞うご期待。……あ、それとくるうの所在知らないかな」

《城絖と刃域宙宇②》
「誇にはすべらを追ってもらっている」「じゃあ死装束を着たいか誇に聞くのは後回し。これで残るは御天みあめちゃんといみなさん」「機会があればわたしからたずねておこう」「ありがとう宙宇さん」……ときどき彼女たちの前をいのししが横切る。絖は笑顔で一匹一匹に手を振っていた。

《赤泉院岐美きみと刃域宙宇①》
山頂付近の山小屋に、宙宇の仲間がもうひとりいた。赤泉院岐美。宙宇と同じ巫女ふじょである。「いちおう流杯ちゃんに連れて来てもらったの。各地でみんなと現状の確認をしてて」「感心だな。御天の終わりについてか」「皇さんが見つかったことも」「そとで普通に会ったが」

《赤泉院岐美と刃域宙宇②》
「あと桃西社ももにしゃの湖に氷が張ってから八人で話し合うってめどぎちゃんが言ってるんだけど宙宇さん来られそう?」「欠席するしかないな。代わりは服穂ぶくほに任せる。だが玄翁にその件は伝えたのか」「それが、まだ」「了解した。仕事のついでにわたしが連絡する。玄翁の行き先は?」

《楼塔流杯と刃域宙宇②》
玄翁の現在地は絖が教えてくれた。なんでも「稼げそうな場所」にいるらしい。宙宇は腕を組む。「つまり情勢の一番悪化しているところだな」「わたしが飛んでいきますよ」流杯が小さく手を挙げる。感謝しつつも宙宇は首を振る。「今回は任せてほしい」「じゃあ頼みます」

《巫女と蠱女⑭》
彼女たちは山小屋にて眠る。「これから君たちは、なにをする」「みんなとの現状の確認がほぼ終わったことを蓍ちゃんに報告して各国めぐりかな」「わたしも目立たないかたちで国際情勢をじかに調査してまわります」「ここでくろ姉と辰姉を待ちながら死装束の意匠を練るよ」

《赤泉院岐美と刃域宙宇③》
明くる朝。赤泉院岐美が城の山頂に立っていた。日の出の光に背を向けながら。そこに宙宇の影が加わる。「……皇は言った。思うがままに生きて、と」「みんななら、できるよ」「わたしは岐美こそが筆頭巫女になると思っていた」「なにいきなり」「君もできるということだ」

《刃域宙宇⑩》
宙宇に岐美が問う。なぜ城に寄ったのかと。質問を受けた本人は岐美と背中合わせの位置に立ち、答える。「城は刃域と対をなす地。御天の最後の仕事を経て刃域が開放される前に改めてあいさつしておきたいと思うのは自然だろう」そして宙宇はひざをつき、山肌を撫でた。

《楼塔流杯と城絖②》
その日のうちに宙宇は城から出発した。小さくなっていく小舟を見つつ流杯は首をひねる。「なんか変」流杯の独り言に「確かに」と絖が反応する。「宙宇さんって隙あらばたまごの殻を食べてる印象あるもんね」「あ、それか。きのうから殻、食べてないんだ。平気かな」

《城絖②》
「きっと思うところもあったんだよ」自分の両手の指を互いにからませ、絖がつぶやく。(しかし宙宇さんも隙がないね。また縫い付けるのに失敗しちゃった。さて玄姉の糸は……切れずに無事と。辰姉のほうは……あ)このときなにかに気付いたのか、彼女は指を震わせた。

《巫女と蠱女⑮》
「岐美さん、りゅーちゃん。これから各国をめぐるなら気を付けてほしいんだけど……」絖は岐美と流杯に「ある予感」を伝える。それを聞いた流杯は宙宇の乗った小舟を追うために、飛んだ。岐美が不安そうにたずねる。「確かなの?」「たぶん。もうすぐ本格的にふってくる」

《そとの世界⑳》
絖のいだいた「ある予感」とは、宍中ししなか御天の仕事が本格化する合図でもあった。戦争の前触れとして雲なき雨をふらすこと。このあいだは不発に終わったが、それが最後の戦争への予兆となる。果ては世界平和だそうだ。荒唐無稽な話でも、御天ならやりかねないと思われる。

《城③》
御天の動きの情報は遠方より届けられたものだった。知らせたのは絖の姉の射辰。彼女は現地から離れることなく情報を妹に伝えたのだ。伝達方法は、まだ詳述できないが。なお射辰にそうするよう指示したのは、玄翁。城の三姉妹の長女は射辰と共に、某国に滞在していた。

《城玄翁①》
玄翁と射辰はその国の、とある村落の家屋を借りていた。だが建物は半壊状態であった。柱は折れ、ゆかが焦げている。城玄翁は、そこに寝転がっていた。利き手をひさしの代わりにしながら。破れた屋根の隙間から小雨が侵入する。一切の音もなく。「すがすがしい青天だ」

《城射辰③》
「姉さん、わたしの糸は切ったよ」壊れた扉をきしませて、もうひとりが部屋に入ってくる。いびつな影が、ゆかに伸びる。その人影の持ち主こそ、射辰。彼女は玄翁の仕事をよく手伝う。また、狩人でもある。影の輪郭が不整合なのは、射辰が一張りの弓を負っていたからだ。

《城玄翁と射辰①》
「ありがとう」寝転がったまま、玄翁は射辰に顔を向ける。「あとは絖が蓍たちに伝えてくれる」「そういえば姉さん」射辰は自身の持つ弓の弦をはじいた。「うちの筆頭は現在どこにいるんだろう。また失踪したと流杯師から聞いて、だいぶ経つけど」「皇なら心配ないさ」

《城玄翁②》
「じきに会えると思われる。先日、卯祓木うばらきの近くの国境で雲なき雨がふったらしい。土砂降りさ。御天の仕業だろう。だが雨後に戦争が起こるという説が今回はくつがえされた。ここに皇の影を感じる。彼女がそのとき越境したなら、いま我々の近くにいてもおかしくない」

《城玄翁と射辰②》
半壊状態の家屋から出て、玄翁は空を確認する。青く、雲は見当たらない。しかし小雨が音もなく、ふっている。肉眼では捉えきれない微細な粒が、地上の世界をわずかに濡らす。傘がなくても不快とは思われない。そのなかを歩く玄翁の右斜め後ろを、射辰がついていく。

《城玄翁と射辰③》
みえない雨粒を感じつつ、射辰は玄翁に問いかける。「いよいよ御天の最後とすれば、姉さんは今回の仕事のあと城に戻るつもり?」「すぐには帰らない」玄翁は笑っている。「最後の戦争の始まりを確認して引き上げる」そこで玄翁が立ち止まる。射辰も合わせて静止する。

《城玄翁③》
玄翁たちの前に、人々が数人立っている。彼等とあいさつを交わした玄翁は、改めて周囲を見渡す。ここは、とある村落。しかしどの建物も壊れている。柱や壁の残骸に、くっきり焦げ目がついている。戦災によるものだ。住民たちは生きるため、玄翁に仕事を依頼していた。

《城玄翁④》
村の住民を戦災から守るため強固な建物がほしい……という彼等の要望。それに対し、玄翁は「地下室」を提案。そして彼女は村の地下に居住空間を作った。戦時下でも住民全員が安全に暮らしていける場所として。礼を述べる依頼人たちに玄翁は言う。「お礼は結構です」

▼前回の話

▼最初の話

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