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母親スイッチとかいうSFを破壊していこう

私がTwitterで友人の妹の赤ちゃんをたった一晩預かっただけなのに気が遠くなりそうなほど大変だったと発信したら、知らない中年男性が「他人の子供なので母親スイッチが入ってないから大変なんです。普通は妊娠出産で母親スイッチが入るんです。貴女に分かりやすい説明だとマウスブリーダーですね。口に卵を抱えている間は食欲が消えます。それと同様に子育て期間中は子育てに自然と必死になれるんです。」と言ってきた。

私が反論すると「あなたは子供を産んでいないからわからない。頭の良い奴ほど知識がすべてだと思いがち。こういうことは年をとらないとわからない。子育て経験がないのに子育てを語るなんてなんの意味もない。母親グループは育てた子供の数で序列が出来る。」とのたまわっていた。

母性の押し付け、子供を産んでないハラスメント、反知性、年齢マウント
この短い文章で平成に捨てていきたかった概念国士無双が完成している
もし、この先そういう競技の大会が出たら絶対に知らせてあげたいと思う
このように歳をとるだけでは何も分からないのだから、母になるだけで大変さが吹っ飛ぶ訳はないのだ

古の昔から続く呪いのようだと感じた
確かに私は赤ちゃんの扱いに慣れていない分、いろんなことを知らないし、手際の悪さゆえに余計苦労する点はあると思う
どんな熟練の母親であっても大変でないことなんてありえない
少なくとも外野が大変でないと言うことなんてありえない
命をつなぐのは命がけの行為なのだ
そんな命の最前提を知らずして、どうしてマウスブルーダーという単語にのみアクセスできたのかとても不思議に思う

第一にマウスブルーダー(口の中で卵や稚魚を育てる魚の総称)だってストレスや環境の変化で卵を食べてしまうことなんてザラだし、子育て後半になるほど稚魚を食べてしまうことが確認されている種だっているのに

それにおかしな話
卵を産んだ魚と子供を産んだ人間、子供を産んだ人間と子供を産んでない私だったら、絶対人間同士の方が近いだろうに

私が幼い頃、両親も今より幼かった
両親ともにやや晩婚だったので今の私より年上だったけれど、それでも私が生まれた瞬間にすんなり母と父になったわけではなかった
私が大人になるのと一緒に少しずつ母と父になっていった

母親が大変じゃないなんて、いったい何をみたらそう思えるのだろうか
すごく小さくて言葉の通じない弱弱しい人間を20年前後育てるのが大変なことは当たり前すぎて本になんて書いていない
身の回りの母が大変な素振りを見せなかったからといってそれを世界からないものとしてしまうのはあまりにも想像力にかける
私達は生きていくうちに自分に見える世界がすべてだと思い込んで世界の広さや可能性を忘れてしまうことがある
生きてゆくことはどれだけこの世界が自分の知らないことや理解できないことであふれているかをいつまで知っていられるかの戦いなのだと思う

友人の妹は私よりも4歳年下で、一人で赤ちゃんを育てていた。
仲間内の誕生日会をしていて、もっと遊びたかったけれど、赤ちゃんを寝かせなければいけないと残念そうだったので家の近かった私が一晩預かることにした。
一晩預かることなんて長い子育てに比べたら砂漠の砂一粒に過ぎないのだけれど、一人で重荷を背負う女の子が一晩でも思うように遊べたら、一人じゃないと伝えられたら、世界は少しだけ良くなると思うのだ

預かってみるまで、柔らかい頬をもつ丸っこい赤ちゃんという生き物がどれだけ大変な生き物であるかを知らなかった
一晩中泣き叫ぶ言葉の通じない生き物に気が遠くなりそうだった
赤ちゃんが朝、息をしていることがどれほどの奇跡かも感じたことがなかった

翌日、赤ちゃんを友人の妹のもとに返した時、「大変でしたよね」と聞かれたのでつい世話をかけたと思ってほしくなくて「全然いい子だったよ!」といった
私よりずっと若い彼女は「すごいなあ。私はたまに怒っちゃう」と笑っていた
彼女の姉である友人は「毎日世話してるから仕方ないよ」とすかさず言った
私は本当にその通りだと思いながら、大変であることを肯定すべきだったと後悔した

必要なのは妊娠出産をした女性に母親スイッチの存在を押し付けることではない
もし、スイッチがあるとしたら、それは母親だけがいれるべきものではない
父親スイッチを、祖母スイッチを、祖父スイッチを、兄弟スイッチをいれるのだ
血縁関係がなくても隣人スイッチがある
瓶に入った手紙のように子供たちは、私たちのいけない遠く遠くの未来へ旅をして誰かと出会う

私は結婚もしていなければ子供もいない
これから先だってわからない
望んでも子供を持てない人だってたくさんいる
私は子供を産んでいないからわかりやしないと言ってくる人はこれからもいるかもしれない
でも、私はすべての子供を愛したいと思う
私が見ることのできない世界をたくさんみて、私が分からなかったことをたくさん知って、そしてとても幸せであってほしいと願いをこめて
だから、私はすべての母親を一人にしたくないと思う
私が関われる人なんてほんの一握りであるからせめて、母親スイッチなんて呪いを少しでも食い止めていきたい

#コラム #育児 #エッセイ #人生 #こんな社会だったらいいな

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