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挫折続きの君へ

今日、弟が留学に旅立った。21年間実家で暮らした弟の初めての一人暮らしはうちから7時間くらいかかるところだった。

私の弟は挫折続きである。それはもう誰もが胸を傷めるような挫折コレクターだ。やることなすことうまく行かず、勝負事には必ず負ける。決して負けてそうな奴じゃないのにも関わらずである。姉弟で並んでいるのを見たら、誰でも弟の方が「勝ってる」奴に見える。
弟はバランス良く筋肉のついた180cmの長身で、顔もはっきり言って中々いないくらいのイケメンだ。
これは私が身内贔屓な姉バカだからではない。身内贔屓で姉バカな私が勝手にホリプロ主催のコンテストに応募してもちゃんと予選を通過した。その節は大層嫌がっていたので悪いことをしたなと思う。
小さい頃から運動神経も抜群だし、人当たりも良いし、頭も悪くない奴で多少鼻につくところはあるけど、文句なしに遺伝子ガチャに勝利した人間だ。

そこまでの好条件を兼ね揃えながら、弟は必ず負けるのだ。それはもう不思議なくらいに負け続ける。高校時代はここぞという試合の直前で必ずアクシデントで怪我をする。模試なんかは全然悪くないのに、現役ではセンター併願で出した滑り止め一校しか受からなくて一年浪人して、ぐんぐん成績をあげたのに受かったのは、また同じレベルの大学一校だけだった。例年なら必ず回って来る順位の補欠が何故かその年だけ回ってこなかった。教習所の試験にまで落ち続け、留学との兼ね合いでとうとう諦めることとなった。

そして、また昨日大きな挫折を経験したらしい。私よりもずっとずっと冷静な君は初めて大泣きしたと聞いた。
無理もないと思う。まだ二十歳そこそこの君が不運としか言えないくらい報われない日々の中でよく冷静に受け止めて頑張ってきたと思う。

私は弟と正反対の人間だ。生まれた時は殆ど何も持っていなかった。容姿で蔑まれ、学校の勉強もできず、小さい頃は運動神経も底辺の底辺だった。それでも、何故かサイコロで6しか出ないまま奇跡的なくらいに運良く希望を叶えてきた。本来何も持たない私は6しか出ないサイコロが次第に怖くなった。誰が10回連続で6を出した次にまた6が出るなんて思えるだろうか。次にサイコロを振ったらこの分不相応な幸せが一気に吹き飛んでスタートまで戻されるんじゃないかと怯えていた。

弟。君は多分今またどうせ挫折するんじゃないかという気持ちが拭えないでいる。私も同じように次こそは挫折するんじゃないかと恐れている。
でも、10回連続で6が出ていたって、次もまた6が出る可能性は他の目が出る可能性と全く変わらないのだ。同じように10回連続で悪い目が出たって、次も悪い目が出るわけじゃない。

私たちの父は「スタートが悪いのは、長期的に見ると悪いことじゃない」と言った。
挫折知らずの私は正直に「スタートから上手くいってるから挫折が怖い」と打ち明けた。

「かをりのスタートは雙葉だよ」と返された。

そう、私はとんでもない挫折人生をすっかり忘れて最初から上手くいっていた気になっていたのだ。横浜雙葉では、小中高と一番の劣等生で不登校で無理やり連れて行かれた校門の前で盛大に嘔吐までぶちかましておきながら、あろうことか挫折知らずであることに悩んでいたのだ。
美術の授業で持っていくりんごを忘れただけで死を考えて泣き喚いた日もあった。未だにどうしてそうなったのか分からないのだけれど、校長に猫耳をつけた画像を作って保存したら、学校中のパソコンに保存されてしまって、校長の地位転覆を目的としたハッキング容疑をかけられ、ありもしない事実を自供するようパソコン室に半監禁されたこともあった。
徴兵の話を読んで、学校から帰りたいあまりに醤油を一気飲みしたこともあった。
今仕事にしている生物も国語もずっとずっと成績は1だった。実は作文が全然終わらなくていつも居残りしてた。学校生活で学んだのは、先生に合わずに廊下を歩く方法だけ。
不登校から復帰した日も、どうしてたの?と駆け寄る同級生に不登校を恥じて、何度も風邪をひいていたとバレバレの嘘をついた。
ねえ、挫折って驚くほど綺麗さっぱり忘れてしまうものらしい。多分、挫折が続いたらその時は成功も忘れちゃうけど。実際、私は完璧で最高の人生だと思った翌日に何もない最低の人生だとか思ったりしてるよ。
少しずつ覚えたり忘れたりを何度も繰り返して強くなっていけばいいんだと思う。これから何年も生きている限り繰り返すと思う。

ありきたりのことを言うようだけど、失敗も成功もその時の気分が違うだけなのだと思う。同じだけたくさん中身が詰まっていて、ただ包装紙がちょっと違うだけ。
私は挫折しかなかった18歳までで「最低」への耐性がついた。もう一度人生があって横浜雙葉をやり直すかと言われたら真っ平御免だけど、苦しんで傷ついて流石に今回こそはもうダメだと思った小学生の私の先に今の私がいる。私が受けた虐待まがいの教育もどきは唾棄すべき邪悪だけれど、あの辛さは間違いなく私の血肉だ。
辛い思いをしなければ本当の成功なんてあり得ないと辛さを賛美するような古めかしい考えは間違っている。でも、結果を得られなかったら意味がないわけじゃない。
弟。君はラッキーボーイじゃなかったけれど、いつか絶対に君が養った実力で勝ち切るチャンスがくる。もしかしたら、君はアンラッキーボーイかもしれない。でも、そのアンラッキーすらを実力で殴り倒す日が絶対に来るから。その時の君がどれほど強いだろうと思うと涙が出そうだ。
いつその日が来てもいいように、いつでも今日が自分の勝つ日だと信じていってらっしゃい。

#コラム #エッセイ #人生 #留学 #弟

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