トランスジェンダー関連法的決定と、自社サービスを考える

本投稿は、法務系Advent Clendar2023(#legalAC)のエントリーです。
浅井健人(@kentoasai83)さんより、バトンをいただきました。

1.本記事の背景

 2023年は、トランスジェンダー当事者の方に関する重要な判断がいくつも出された年でした。
 詳細は後述しますが、経産省トイレ使用制限事件、静岡県トランス男性特例法違憲判断、そして、最高裁特例法違憲判決です。

 わたし自身は当事者ではありませんが、以前からトランスジェンダーを含むLGBTQ当事者の権利について深く関心を持っていたところ、今年はこのような判断が立て続けになされ、勉強を深めていました。

 また、経産省トイレ使用制限事件の判断を受けて、わたしの勤務する職場でも、提供するサービスについて、企業としてなんらかの具体的な対応をすべきではないかという提案がなされ、法務担当として検討にかかわりました。

 勉強や検討の過程で新しく学んだこと、議論をする中で感じたことを、記録に残しておきたいと思います。

2.トランスジェンダーとは

 トランスジェンダーとは、「出生時に割り当てられた性別と自身の自認する性別が異なる人」のことをいいます。

 よく聞く表現として、「心の性別」「身体の性別」がありますが、これは「心の性別」と表現することで、「本人がそうだと言い張ればよい」のようなニュアンスがあり、現在ではあまり好ましい表現とはいえません。

 出生時に割り当てられた性別が男性で、自認する性別が女性の方を「トランス女性」、出生時に割り当てられた性別が女性で、自認する性別が男性の方を「トランス男性」と呼びます。
 トランスジェンダー当事者の割合は、およそ0.8%といわれています。(※1)

3.経産省トイレ使用制限事件

 2023年経済産業省に勤めるトランス女性の方が、2009年、自身がトランスジェンダーであることを職場の上司に伝え、以後は女性の服装での勤務や、女性トイレの使用等について要望しました。

 これに対し経産省は、彼女が勤務する執務室のある階とその上下階にある女性トイレの使用は認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認めるという処遇をしました。
 これは、経産省が開催した省内の説明会(当該女性の性同一性障害について説明する会。当該女性の了承あり。)で、他の女性職員が「違和感を抱いているように見えた」ことを理由とする処遇だったようです。

 2013年、女性は職場の女性トイレを自由に使えることを含め、原則として他の女性職員と同等の処遇を行うことを求めましたが、2015年、人事院はこれを認めない判定を行いました。

 この判定について、女性は長らく争っていましたが、2023年7月11日、最高裁にて、この判定は人事院の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして、違法と判断されました。

4.静岡県トランス男性特例法違憲判断

 2023年10月11日は、静岡県のトランス男性の方が、戸籍上の性別を変更するには生殖腺を取り除く必要があるとする性同一性障害特例法の規定が違憲であると主張して、生殖腺を取り除く手術をしなくても性別変更ができるよう求めていた申し立ていました。

 静岡家庭裁判所は、当該規定は違憲であり、このトランス男性が生殖腺を取り除く手術をしなくても戸籍上の性別を女性から男性に変更することを認めました。

5.最高裁生殖除去要件違憲判決

 さらに、2023年10月25日、広島県でトランス女性が、静岡の件と同様、戸籍上の性別変更に生殖腺を取り除く必要があるとする規定が違憲であるとして争っていた事案も、当該規定は違憲であるとする最高裁判決が出されました。
 ただ、本件が静岡の件と異なるのは、女性は、生殖腺を取り除く必要があるとする規定だけでなく、変更する性別の性器に似た外観を備えていることとするの要件も違憲であると主張しており、その点の判断が原審でされていないために、差し戻しになりました。

6.性同一性障害特例法

 ところで、上記で問題になっている「性同一性障害特例法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、以下、「特例法」といいます。)」とは、どんな法律でしょうか。

(性別の取扱いの変更の審判)
第三条
 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
 十八歳以上であること。
 現に婚姻をしていないこと。
 現に未成年の子がいないこと。
 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。

 特例法3条によると、性別変更をするには、5つの要件を満たす必要があります。
①18歳以上であること
②結婚していないこと
③未成年の子どもがいないこと
④生殖腺(卵巣・精巣)がないか、その機能を永続的に欠く状態にあること
⑤変更する性別の性器に似た外観を備えていること

 静岡のトランス男性の方は、①②③は満たしていましたが、④は満たしていませんでした。つまり、彼には卵巣があります。ただ、⑤は満たしていました。
わたしは不勉強で知らなかったのですが、ホルモン治療により(陰茎を造る外科手術をしなくても)、トランス男性の方に矮小陰茎が認められ、男性型の外性器に近似する状態になることがあるそうです。
 そのほか彼は、ホルモン治療により、声は低くなり、筋肉は増大して体毛も増大しているということです。
 つまり、彼は、外見(外性器も含め)はどこから見ても男性で、ただ(というと語弊があるかもしれませんが)卵巣があるだけの身体なのです。

 卵巣を除去する手術というのは、医療の素人であるわたしからみても、大変な手術です。
 この大変な手術を、もちろんしたい人はすればよいですが、性別変更を望む方にこれを事実上強制するのは、「いったい何の権利があって??」と、単純に思います。

 また、広島のトランス女性も、①②③⑤の要件を満たしているようです(※2)。
 彼女は、⑤変更する性別の性器に似た外観を備えていることの要件についても争っており、原審ではその点について審理が尽くされていないとして、差し戻しになっていますが、最高裁の反対意見では、ここでよく問題にあげられる「公衆浴場問題」についても言及があります。

 ・公衆浴場では、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するために、条例等を踏まえて浴室を男女別に分けている。
 ・実際の利用の際には、利用者に証明書等を提出してもらって性別を確認するというようなことはなく、外観できる身体的な特徴で男女の区分をしており、公衆浴場という性質に照らせば、この規範は妥当である。
 ・5項規定がなくなっても、この規範が当然に変更されるものではない
 ・トランスジェンダー当事者は、身体的・社会的に自認する性別に適合しようとする人であり、あえて公衆浴場等で他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的でない。

 トランスジェンダーのことを議論するときに必ず持ち出される「お風呂問題」に対し、最高裁の判事がこのように言ってくれることは、大変頼もしく心強く感じます。

7.自社サービスへの問題提起

 わたしの勤務先では、会員の方へ向けてトイレ、更衣室、入浴施設の提供が伴うサービス(以下、「本サービス」といいます。)を行っています。こちらのスタッフが、会員の方に身体的接触をする場面もあります。
 これらは、基本的には従来の性別二元論(「男性」と「女性」の区別のみ)に基づいて施設の用意がされルールが敷かれていましたが、経産省のトイレ使用制限事件を受けて、このルール等の見直しが必要ではないか?という声が、社内からあがりました。
 なお、わたしの勤務先の特定を避けるため、事実関係等の記載に少しフィクションを交えています。ご了承ください。

 本サービスにおいては、以前から、数は多くありませんがトランスジェンダー当事者の方が利用相談に来られていたそうです。
 トランスジェンダー当事者の方の身体の状態は、さまざまです。これまでも個別に対応をしていたそうですが、原則としては戸籍上の性別での対応をしていたとのこと。
 つまり、どんなに外見が男性でも戸籍が女性なら女性、どんなに外見が女性でも戸籍が男性なら男性の施設をお使いいただく
 ただ、この対応を貫くと、たとえば前述の静岡のトランス男性の方は、外性器まで男性の見た目なのに、女性のトイレや更衣室を使うことになります。
 ですが、それでは、かえってトラブルになるのは火を見るよりも明らかです。これまでも、もし仮にそのような方が来店されていたら、このルールを聞いて弊社のサービスをお使いいただくことは断念されていたかもしれません。

 このあまりに硬直的なルールは変更すべきということに異論はありません。
ただ、問題は、どう変えるか。
 どこまでいってもケースバイケースで対応するしかないものの、全国でサービス展開している以上、対応するスタッフの知識不足や裁量の広さから、店舗によって対応に過度なバラつきがあってはいけません。
 トランスジェンダー当事者の方や、社内で多様性を推進する施策を担当する部署も巻き込んで、議論することになりました。

 ここで、議論の過程でとても心が沈む出来事があったので、愚痴ります。

 本件を議論した際、(想像はしていましたが)「「トランス女性を装って女性スペースに入ろうとする変質者」をどう排除するか」という問題提起がありました。

 トイレ、更衣室、入浴施設というサービスを提供する以上、そこが性犯罪を容易に実行できる場所にしては絶対にいけないことは言うまでもありません。
 ましてや、わたしは法務部なので、いかに見落としがちなリスクを事前に想定し、それへの対応を促すというのが仕事です。

でもですね、トランスジェンダーが話題にあがるたび、最初に持ち出される議題に「変質者の排除」であることには、わたしはほとほと疲れたのです。

 例えば、あなたが交通事故に遭ったとします。

 怪我をしている。出血もひどい。意識はあるか?怪我の程度は?救急車を呼ばなくては。誰か医療関係の方はいませんか?事故の加害者は?警察も呼ばなくちゃ。交通整理もしないと二次的な事故が起きてしまうかも。
 ・・と、誰もが被害者であるあなたのことを気遣い、なんとか命と身体を救おうと右往左往しているところ、通りすがりのある通行人が、「いや、世の中には「当たり屋」というやつがいてね。あれはヤクザや半グレが裏にいてね。もしかしたら、こいつもその類かもしれない。本当に純粋な被害者なのか、確認する必要があるだろう。」と言い出したら、どうしますか。

 いや、確かに世の中に「当たり屋」はいるかもしれない。それは否定しない。目の前で怪我をしているあなたが、その当たり屋でない保証なんてできない。もしそうなら、さっきまで加害者だと思っていた運転手こそが被害者になり得て、話はまったく変わってくるでしょう。

でも、その議論するの、今?

 事故の被害者であるあなたは、血をだらだら流していて、命の危険があるかもしれないんですよ。
 とりあえず怪我の手当が先じゃね?
 当たり屋かどうかの確認は、怪我の手当が終わった後でよくね?

 トランスジェンダー当事者の権利を議論する際に、最初に(もしくは割と早い段階で)「お風呂・トイレ問題、変質者排除問題」を持ち出されることについて、わたしは常々そう思っています。
 トランスジェンダー当事者の権利を議論しているのに、どうしてシスジェンダーの権利侵害の話が最初に出てくるの?その思考自体が、マジョリティーの傲慢さの表れなんじゃないの?

 繰り返しますが、シスジェンダーの権利侵害についてもじゅうぶん議論がなされる必要があります。性犯罪はあってはならないことです。

 さて、話を戻し、弊社内での検討です。
 実はこの件について、結論は出ていません。
 「戸籍上の性別のみで判断する」という硬直的なルールは廃止することになったものの、それに代わる明確なルール(判断基準のようなもの)は、残念ながら整理するに至りませんでした。

 当事者の方と一緒に議論する過程で改めて考えたのは、ひとことで「トランスジェンダー当事者」と言っても、その方の身体の状態や考え方はさまざまであるということ。

 ホルモン治療や外科的手術をしたから、その日から急に自認する性別で生きられるというわけではありません。
 「生きられる」の意味も、それが家族や友人との関係をいうのか、職場でのことをいうのか、赤の他人に囲まれた公共スペースでのことをいうのか。
 弊社サービスのような「会員制」の場所で、トイレの利用はどうか?
 更衣室は、衣服やタオルで身体を隠すことができるし、更衣しながら互いの身体を観察しあうようなことも一般的にはないので、よいかもしれない。
 では、全裸になる必要のある浴場は?シャワーは、区切られた個室があればよいかもしれない。
 でもそういった設備の状態は、店舗によってさまざま。
 単にルールを変えるだけではなく、設備の充実も必要になるかもしれません。

8.まとめ

 わたしは幸運なことに、友人や知り合いに、トランスジェンダー当事者の方(カミングアウトしてくれている方)が3名います。
 彼女らの生き方はさまざま。

ホルモン治療のみで、女性の服装で仕事もこなすトランス女性。
ホルモン治療も外科的手術もしていないが、もともと華奢で、女性にしか見えないトランス女性。
ホルモン治療も外科的手術もしておらず、日常でも男性として振舞っていて、特別な時だけ女性の服装をするトランス女性。

 わたしは、彼女たちが身近にいてくれたおかげで、トランスジェンダー当事者が、いかに気を使って生活をしてくれているかを知ることができました。
 当事者に出会う機会がなければ、これらの議論は、もしかしたら雲をつかむようなものに思えるかもしれません。
 自身がシスジェンダーのヘテロセクシャルだったら、同性愛もトランスジェンダーも「本当にあることなの?」と思うかもしれません。

 わたしも、シスジェンダー女性のヘテロセクシャルです。
 この性自認にまま、男性の身体に閉じ込められ、男性の社会的役割を押し付けられる状況は、残念ながらピンときません。
 同性である女性に、性的な感情を抱くこともありません。

 でも、わたしには、想像力があります。
 この問題について書かれた本を読み、考え、議論する知性があります。

 自社サービスについての検討はまだまだ道半ばですが、議論の過程で、「こう言えたらいいね」という表現を提案してくれた仲間がいたので、最後に記載します。

 「当社のサービスは、当事者の方のご要望すべてにおこたえすることはできないかもしれませんが、当事者の方のご利用を歓迎しています。ぜひご相談ください。

明日は、小川徹/OGAWAToru(@oga10ru)さんです!

※1 このあたりの詳細は高井ゆとり著「トランスジェンダー入門」をご参照ください。文庫本なので手軽に読めて、わかりやすいです。

※2 トランス男性はホルモン治療によって矮小陰茎が認められることがあり、この点、わたしは不勉強で知りませんでした。同じように、トランス女性がホルモン治療によって(外科手術なく)性器の外観が女性に近似するようになるのかどうなのかが、まだわたしはよくわかっていません。ただ、報道等では、広島のトランス女性も、5項の要件も満たすとありました。このあたり、詳しい方がいらっしゃったらぜひ教えてください。



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