香織(Kaori)

主に小説/ちょっといろんな文体とテンポに挑戦した1年/ネット用に読みやすく改行、とかは…

香織(Kaori)

主に小説/ちょっといろんな文体とテンポに挑戦した1年/ネット用に読みやすく改行、とかはしていません/長いこと長編ばかり書いていたのとは別名義で/何かしらの方法で縦書きで読めるようにしたい プロフィール写真:ヨシダカホリ

マガジン

  • 掌編集「散ってこそ、花」

    耽美、汚泥、清らかなるもの

最近の記事

リバースムーン(掌編・月)

 波打ち際に丸い花がぼんやりと咲いていた。重い両手をぶらさげて、僕はとぼとぼと近づいた。  途中何度も足を取られながら砂の上を進むと、ちりめんのような花弁がたった四枚重なっただけの白い花だった。  花を見ているとどういうわけかぼろぼろと涙がこぼれてきた。夜の闇に見えにくかったが、花のまわりにはいくつかのうつむく蕾があるのに気がついた。  自分の肉体では感じることができなかったが、花弁がかすかに揺れていることで、風を知った。頼りなく伸びた茎をよくよく見るとうぶ毛がきらめいていた

    • ホメオスタシス(掌編・空)

       海を叩き割ってもその断面が硬直したまま維持されることはなく、即座に角から融けだして波のかたちになり地面へと向かってなだれ落ちてゆくわけだが、では空はどうなるのだろうか?  わたしは映画のシーンを思い浮かべながら顎を上げて、すこし苦しくなってきたところで、さらに首を曝すようにしてやや過剰に仰向いた。口を閉じることが難しく、伸びた顎下の筋の痛みを感じながら大きくなる呼吸の音に意識を向ける。さっきまでの鼻づまりも抜けてきて、気管支と喉と口、鼻と耳、涙点まで吹き抜ける冷たい風を感じ

      • 微笑みの回廊(掌編・光)

         いい加減にもう目が駄目になると思った。十分に用意してきたつもりの水もすでに一本を飲み干し、わずか二口程度しかない。このうだるとしか言いようのない暑さのなかでは、いくら飲んでも潤いを感じられずすこしも救われた気がしない。口に含んだそばからそのまま肌の表面に噴出して無に帰するのがもどかしく、絶望的にさえなる。  とにかくもう黄金はいい。目を休めたい。  分厚く白い壁に穿たれた入り口をくぐると、とたんにしんとした。はじめは昏く感じた視界も次第に馴れてくると、本堂のある広い敷地をぐ

        • 春風美神アンビバレンス(掌編・春)

           僕に言わせれば、あなたは美神に愛されたのよ、ということだ。だけどあなたはすこしもその美しさを利用しようともしないで、それどころかその美しさを見逃さない他人に指摘されるばかりの人生に困惑している――ボクの顔に何があるというのかわからないけど、どうかボクの中身を認めてほしいんだけどな。ま、いっか――さらにはこんな具合に思考が謙虚で純朴であるせいで人格まで完璧になるっていう見事さだ。本気でそんなことをやっている人間なんてはじめて見た。しかもあなたはあなたのような美しさにありがちな

        リバースムーン(掌編・月)

        マガジン

        • 掌編集「散ってこそ、花」
          6本

        記事

          ガラス戸、歪んで眩暈、それから虚脱(掌編・別離)

           イノダコーヒーではなく、イノダコーヒ、なのだ。  伏せられた伝票に印字されたコラムを見て、ぼんやりと思う。  冬の快晴は白っぽく、目を刺してくる。ガラス戸は厚さが均等ではないのか、光が歪んでいる。視線を動かすと眩暈がした。  彼がカップに指をかけた。ソーサーが密かな音を立てた。白い磁器の濡れたような艶を見て、この席の贅沢さにちいさな感謝が湧く。光があたらない奥の席も落ち着いて良いのだが、この光量は、わたしの気持ちを爽やかにしてくれる。  爽やか、というにはいささか語弊がある

          ガラス戸、歪んで眩暈、それから虚脱(掌編・別離)

          月の裏側(掌編・球体)

          「あなた、月の裏側を見たことある?」 「裏側? 知らない」 「あたし卒倒しそうになるのよ、思い出すだけでも」  葵は肩を竦めて両腕をさすり、口角を下げた。よく見るとほんとうに鳥肌が立っているから笑ってしまう。 「検索しなさいよ」 「なんでそんなになるってわかってて見なきゃなんねえんだよ」 「この地獄を共有するのよ」  やだね、と言って寝返りを打つ。本の表紙が折れ曲がりそうになってすこし慌てる。敬愛するギタリストの教則本だ。宝物だ。 「あたしよりそっちのギタリストなのね」  背

          月の裏側(掌編・球体)