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仏教心理入門 #3 「人格完成」

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私たちは誰でも、
人格完成の種を、生まれながらに持っていると仏教は説いています。
この人格完成のことを、仏教では「仏性」と言います。

それを表す言葉が「一切衆生ことごとく仏 性あり〔涅槃経〕」という言葉です。
生きとし生けるものはすべて生まれながらにして仏となりうる素質をもつということ。

ここで出てくる「仏」という言葉ですが、これは亡くなるとか、亡くなった人ということではなくて、人格者のことを「仏」と表します。
(現代ですと、言葉の意味合いが少し違うところもありますので、それについてはひとつひとつ解説しながらお話を進めていきますね。)

人格完成と言っても、ただの人格完成でなく、あらゆる美徳、技能、智識を備えた円満かつ無欠の人格者。
そうなるための種を、全ての人間がもれなく持って生まれてきている、ということなのです。

その種は賢いとか愚かとか、善人とか悪人とか、また性別や年齢の差別はなくて、みんながふつうに持っています。

これを持っていることを信じたものは「ほがらかで安心した生活」が送れるし、この種を育てて実らせた人は仏教においては「真の成功者」という言い方もできます。
その成功者はどんな幸福にも増した幸福を、永久に受ける資格を手にできます。

ところが私たちには、それとは逆の「生れながらの愚かしさ」とか「迷う心」もあります。
その生まれながらの愚かしさや、迷う心が、この人格完成の種があることをわからないように、気づかせないように、邪魔をしているのです。

それから、たとえ持っていることを教えてもらっても、自分ではその育て方がよくわからないということもあります。
誰も育て方は教えてくれないですからね。

ここから少し話を宇宙レベルに持っていくと
宇宙は、私たちをもその中にひっくるめた、ひとつの大きな生命体です。
そして宇宙の中を縦横に貫いていて、すでに立派に完成されている光の筋のようなものが流れているとしましょう。これを光明体と呼びますね。

光明体は、遠くから常に、私たちをはじめ、宇宙や天地の中に隠れているすべての仏性(人格完成) の種に呼びかけて、「芽を吹かせて、自分同様な立派なものにしよう」と働きかけ、合図をしつづけております。

私たちの内にある仏性の種も、それを感じてしきりにその光を浴びたがっています。

そんな様子を例えの言葉に表した方がいらっしゃいます。
みなさんもお名前は聞いたことがあると思いますが、日蓮聖人です。

日蓮聖人は、
卵の中で、いま卵からかえり始めようとしているヒナが内側から外へ向かって鳴きながら殻をつつく動き、それから外の母鳥が卵の中からそのヒナを連れ出そうとして、外側から殻をつつくクチバシの動きは、自然と呼吸が合っていること、そしてこの動作の一致が殻を破るという目的を達成するということ、禅の言葉で「啐啄同時」と言っています。

希望と歓喜のスイッチとシステムはすでに出来上がっている

もうひとつ、例えをご紹介したいと思います。

私たちの内側にある人格完成を電球に例えるとすると、
外にあって私たちの人格を完成 させようとする電気の導線とは
実はとっくの昔から設備ができているということです。

産まれた瞬間にはもう設備ができています。
それは自然と備わった設備です。

この設備があることを仏教における諸先輩たちは見つけたので、
簡単に誰でも電球が付けられるように、そこにスイッチを 取りつけました。
これが「信仰」と呼ばれるものです。

「信仰」というのははスイッチですから、信仰という名のスイッチによって救いの電流を通じさせれば、「人格完成」に関して、大きな苦労をする必要もなく電球に光を灯すことができます。

そして私たちは、希望と歓喜の光を得ることができるようになったのです。

「信仰」を仏教に見出すことはスイッチを手に入れることにはなりますが、信仰は仏教に限りませんし、宗教に託す必要もありません。
何をスイッチにするかは、自分で選ぶことのできるいまのこの世の中。

ぜひ、あなたの人格完成スイッチを手に入れてくださいね。

礼拝。

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