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眠れぬ夜に

思うことは多い。だが書く段階になると言葉は散り散りになり、書くより動く、の生活が長いこと続いていた。

高校、大学くらいまでは外に向けた活動よりも内面的な表現の方が多かったのでよく文章を書いていたし、その頃に作った物語や世界観が今の自分の礎になっていることは明らかだ。

「書く」ことから長いこと離れていたので慣れるまでは文章は散文のようになるだろうと思う。

note自体は周りの人からの勧めもありやってみようとは思っていたのだけどなかなか始められなかったので眠れぬ夜に初めてみる。


僕は今年の2月までずっと身体を動かしてきた。剣舞師、モーションアクター、つまり動きを生業としてきたのだけど、2月14日に舞台の本番中にアクシデントで左膝の前十字靭帯を断裂、骨座礁、内則靭帯断裂で全治8~10ヶ月という診断が下された。怪我の状況は詳しく書くと、14ステージある本番の7ステージ目のクライマックス立回りの最中に、人の背中を蹴って着地する際飛びすぎてしまい体重が支えきれずに膝の靭帯を切ってしまった。通常の平面舞台であれば難なく着地できていたのだろうけど、その舞台は斜めの舞台…八百屋と呼ばれる傾斜のついた舞台だった為膝への負担が相当のものだったのだと思う。

最前列の人には靭帯が切れた音が聞こえたかも。。残念ながら僕自身は膝を打ち付けたドゴっという音と戦闘のBGMしか聞こえなかった。ジャンプした瞬間には「あ、やばい、飛びすぎた、」と思ったのを覚えてる。前の役者さんにぶつかるのを防ぐ為に空中で身体をひねったのも良くなかったんだと思う。着地したときは衝撃が強かったな、と感じたくらいで痛みも何もなかったのだけど立ち上がろうとした途端に崩れ落ちた。

あれ?と思いもう一度立とうとしたけど生まれたての子鹿のように膝がカクカクして支えられない。3度目に立とうとして失敗した時にはいよいよこれはただの打ち身なんかじゃないな、と頭の中でアラートが鳴っていた。

なんとかその場からはケンケンしながら、最後は滑り込むように客席花道から捌けることができたのだけど、だんだんと患部が痛みだしてきて床に脚をつけなくなっていた。心配して集まってきてくれた共演者さんから衣装のバンダナを奪い(笑)左足に巻いて怪我をした設定にしてその後のステージをなんとかやりきった。終演後すぐに病院に行き翌日からは脚を固定して舞台を続けた。

さすがに歩けないまま立回りはできないので戦わない役へと設定を変えてもらい全14公演終えることができた。周りの人たちの優しさたるや…。

舞台が終わり、一週間後にはニュージーランド公演が決まっていたのでとにかくそれまではテンションもやってやるぜという意気込みもめちゃくちゃ高かったのでニュージーランドでのライブも滞在も最高のものになった。

そして帰国して約一ヶ月後。靭帯再建の手術を受けた。

痛かった。。

めちゃめちゃ痛かったw。でもリハビリもすぐにスタートし、無理はしないで今年いっぱいかけて復活するということになった。

自分も納得しているし、無理をして裁断裂するのが最悪のケースなので焦らず、今は今しかできないことをしようという気持ちで毎日過ごしているけど、やはり時折不安になることがあった。

モーションアクターとして決まっていた大きなプロジェクトも途中で断念せねばならず、関係者の人たちに申し訳ない気持ちだったり、この一年間「動けない」川渕かおりをみんな忘れはしないだろうか?戻ってきた時に自分の場所なくなってはいないだろうかなどなど。

KAO=Sとしてメチャ頑張ってきた2017年を本当の意味で実らせるはずだった2018年。偉伝或〜IDEAL〜でもばりばり動いて戦って更なる活動の展開を期待していたこの一年。全く予期せぬ状況になった。


が、本来めちゃめちゃ生命力も強く、全ては繋がっているという思想のもとマイペースに旅してきた僕なので、この文章を書いているうちになんだか憂鬱が晴れて来た。

ありがとうnote。

深夜のサラダ、オリーブオイル&岩塩和えもとても美味しかった。

また書こうと思います。

おやすみなさいw

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