華の大学デビューのはずが

そんな立派な腐女子になった私も大学生になった。
田舎の封建的な家庭での女の進学は難航した。
「女は働いてさっさと結婚すべき」という父親はもちろん私の大学進学を反対した。
そしてこっそりと受験し合格した。受かった大学は関西の中ではトップクラスの大学で高校の先生はとてもとても喜んでくれた。
めっちゃ反対していた親であるが、
1人暮らしをしないこと・費用は自分で支払うこと
を条件に何とか入学できた。入学金と前期の学費は溜めていたアルバイト代からの捻出と少し、母が援助してくれた。入学後、利子なしの奨学金も受けることができた。(ちなみに現在も返済中である)
村の人に自分の娘は○○大学だと嬉しそうに吹聴する親にひたすら苛立ってはいたが、とにかく大学入学を果たし、大学デビューとなった。

入学当初、私はモテた。驚くことに学部クラスの美人と男女ともに言われ、集まりにはあちこち呼ばれた。
私は勉強熱心な方で、大学デビューにあたり、メイクの研究が功をなしたのだと思う。素材が良かったとは言い難い。しかし、これで華やかな大学ライフを謳歌できる!・・・・わけではなかった。
まず、自宅通学のため田舎の実家から大学まで片道2時間電車とバスを乗り継ぐので終電に間に合うためには呑み会参加はいつも途中退席。学費捻出のためのアルバイトの掛け持ち(当時、居酒屋・カフェ・家庭教師・夏限定工場バイトをしていた)に加え、研究がとても楽しく4年間学問一色となることになる。
学費を自分で出している手前、1コマの授業も無駄にはできないというケチ根性があった。
男性からお誘いがあっても授業の話をするだけして、バイトに出かける私はその内誘われることもなくなった。そしてここでも彼氏がいるという噂が立ち、今回は「いない」とひたすら言い続けた。
しかしモテたという実績だけは記憶に残り、食事を奢ってもらうとかドライブに連れて行って貰うというようなことは拒否はせず参加した。そして天狗にでもなったのか、自分に相応しい男性はここにはいないとか漠然と思っていた。とんでもない勘違い野郎である。
あの時少しでも軌道修正して恋愛の一つでもしておけば。と思うことはあるが、実際のところ大学の4年間という時間はとても充実しており、知らないこと日々学び、そして考えることに集中できるあの時間はかけがえのないもののように思えるので今でも悔いはない。むしろ今でも大学へ戻り勉強したい気持ちがある。
まあ、ここでも処女を喪失する機会を失っているということだけ伝わればいい。
#大学時代
#まだ処女

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kaoriakiyama

日々悶々しております。
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