心のワーク。小学校のトラウマ。

数ヶ月前に下書き書いていた記事ですが、ちょうど今必要な感じなのでアップします(^^)

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最近自分でした心のワークを紹介します。


わたしの長年のトラウマ(ここではネガティブな思い込み)に「友だちがいない、友達とうまくつきあえない」というものがありました。

少し前にもそんなことをただ感じていて、とらわれているとわかっているのにそのトラウマを捨てきれずに悶々として困っていました。


どこかに書いたかもしれないのですが、わたしの「友達いない」というトラウマは小学校のときにできたものです。

外の刺激に人一倍敏感でナーバスな子どもだったので、小学校は本当に怖い、自由にできない、なんだかみんな騒がしい・・・落ち着けない場所のように感じていました(そう「記憶」しています)。特にずっと続くようなひどいものではなくても大小のいじめもありましたし、なにか意見を言ったら「みんなと違ってかおるちゃんだけ変なこという」などと怒られた?こともありました。

そうしたこともあり、「小学校時代は暗黒だった」と自分で思っていて、あんまり思い出もなかったのでした。(絵や工作で賞をもらったとか体育館の跳び箱に絵を描いたとかいい思い出も残ってますが)


先週、本当に偶然に小学校時代の同級生に卒業式以来の再会をして、短い時間だったけどあれこれ思い出話をしました。

それでとっても心(特に「友だち」のトラウマ)が刺激されて、夜寝る前に思い切って、小学校時代のトラウマをケアするワークをしてみました。

わたしは時々こうやって、未消化の感情をあとから感じて処理をします。これはとても大事なことです。

小学校時代に嫌だったことをひとつひとつ思い出してみて、その自分に入り込み、感情を感じてその時言えなかった反論を口に出して言ってみます。

それを聞いた相手の反応を想像してみます。

大人のわたしがショックを受けたこどものわたしに、守ってくれる人がいたらかけてもらいたかった声を口に出してかけてあげます。


それに一度、6年生くらいのときに一時期ですがクラスの男子みんなにすごく避けられたことがありました。このときとても傷ついてつらくて一度だけ登校拒否をしたのですが、リビングで母と話をしていたときに気を使って悲しみを表現できなかったのです。

このこともダブルでトラウマになりました。「男子に嫌われるわたし」と「つらくても自分を表現してはいけないわたし」というように。

これも当時の情景のなかでちいさな自分のなかにイメージで入り込み、悲しみをもう一度しっかり体験しました。すごく泣いてしまい、びっくりしました。こーんなにつらかったんだなあと思いました。


(子どものころって、特に理由もなくちょっと変、とかちょっと暗いとか変わってるとかですごくいじめの標的にされたりします。大人になるとそれはおかしいよね、いじめてるほうが心底ナンセンス・・・!ってすぐにわかるんですけど、学校って未熟な魂たちが閉鎖的なところに集められているからそういうこと起こる。

親も親で完璧じゃないので「あの時こうしてくれなかった」とかってもう無数にある。わたしはとにかく幼少期から人の感情によく気がついたので、自分より人の感情を優先してしまうところがありました)

そのときはちいさな魂は対処できずに傷を抱えてしまうのですが、あとからふりかえって丁寧に掘り起こしてケアすることはできるのです。


それで再会した同級生に「くりちゃんは変わってない、昔から芯があった。ぶれてない!」と「図書室のイメージが強かった!」と言われ、なーんだ、わたしは嫌われるような子だったというよりは、「小さいころからただわたし」だったんだ・・・と思ったのです。

わたしは小さいころから外で遊ぶより本が好きで、大人数でわいわいよりは自分の好きな子とじっくり遊ぶタイプで、自分の世界が大事だから人と遊ばなくてもよくて、自分の意見やアイデアがしっかりあるので人と違ったことをしたり、それを大人数のなかでぽんと口に出してしまったり、興味のあることはのめりこむけど、そうでないことはそんなに喋らなかったり・・・つまり今の原型だっただけなのです。

(でも小学校だと敬遠される感じなのかな? どんなタイプの子でものびのびと育つような子ども時代、学校が望ましいけど・・・ 未来の自分の子はどんな子でもその資質を育んであげたいです)


それで「友だちいない」と思い込んでいたわたしだったのですが、同級生と思い出話をするなかで結構いろんな子の家に遊びに行った記憶が出てきたのです。しかも結構かなりの数・・・わたし友達いたんですね!

それに「男子に嫌われる」もそのあとの人生みても男友達や彼氏もできてるので、もう現実ではないのにまだ残ってたトラウマって根が深い。

ワークで悲しい思いを感じきってあげたら、それにフタをされて隠れていた楽しい思い出もたくさん出てきたのです(こういうワークではこのようにネガティブなことを感じきると楽しい思い出がでてくることってよくあります)。

ワーク後、小学校の思い出自体が「暗黒」ではなくなっていることに気付きました。泣きたくなるくらい嫌なことも結構あったけど、楽しいことや気の合う友達もいた「ふつうの思い出」になっていたのです。

同時に「友だちいない」っていうトラウマがかなり完全に消えました。これはわたしにとってはすごいことです。

なんていうかこのトラウマにとらわれるたびに「いや、わたし友達いるし・・」と名前を挙げたりしてみてたんですけど、それでは解消されないんですね。ちゃんとトラウマができたときの心をケア・・・シンプルに気持ちを感じきってあげればよくて・・・それをなくして本当にトラウマの消化はできないんじゃないかと思う。


これを経たあと、すぐに心配していたことが解消されるようなことがあって、ほっと安堵して・・・。自分の意識を変えてからの現実の変化にも驚きました!


自分でできれば一番いいし、はじめうまくできない人はプロのカウンセラーとか(わたしもその辺詳しくない・・なにせちょっと学んだ以外は独学でやってるので)に手伝ってもらうのがいいと思います。

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それからこういうことを赤裸々に書くのは、こういう心のケアがとっても大事だから、こういうことをへて意識的に人生を生きるのがわたしの考えるスピリチュアルな生き方だと思うからで、そのためにはふだんわたしがやっているワーク(と名前をつけてもいないようなこと)をリアルに感じられるときに書いて必要な人に伝えられたらいいなと思うからです。

ゆくゆく別の媒体に書くかもしれませんが、今はこのブログ内に書いておこうと思います。


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