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トライ

■2019/09/20 ラグビーワールドカップ開幕


 アタシ、ラグビーが好きなんだ。

 こう言うと、大抵の人はきょとんとする。ガチムチ男子が好きでさ、と続けると、ああなるほど、という顔をされるのが不本意だが、それもまあ、間違いではない。

 悲しいのは、日本ではまだまだラグビーがメジャースポーツではないということだ。ラグビー男子と出会いたいのに、経験者の絶対数が少ない。たくましい重戦車系フォワードだった人となると、さらに数が減る。

 そんなアタシに、今一人、気になる人がいる。アタシがバイトしている店によく来る、「ラガーさん」である。ラガーさんは岩のような肉体を誇る男子だ。いつもラガーシャツを着ているし、耳がつぶれて変形してしまっている。十中八九ラグビー経験者のはずだ、とアタシは思った。食欲が旺盛で、熊のように食べ物を吸い込んでいくところも素敵。お酒はラガービールをこよなく愛しているようだ。“ラガー”違いだけれど。

 いつの間にか、アタシはラガーさんに恋をしていた。あんなにさわやかで雄々しいテディベアがこの世にいていいものだろうか。もうすぐ、アタシが夢見て来たラグビーのワールドカップが開催されるのだが、ラガーさんと二人並んでジャンクなごちそうをテーブル一杯に広げながら、世界の強豪に挑む日本代表を応援出来たらどれほど幸せだろう。

 もちろん、アタシは彼の愛するラガービールをたくさん用意しておく。日本代表の勝利とお酒で上機嫌になった彼は、オールブラックスのようにハカを舞い、鼻息を荒らげてアタシにタックルを決め、ベッドでブレイクダウンしようとする。アタシは“ボール”は持ってないんだけどなあ、と笑う。“ボール”非保持者へのタックルは反則だ。
 もしラガーさんと付き合うことになったら、二人しっかりスクラムを組んで、どんな障害にも負けずに自分たちの世界をゲインしていきたい。時には喧嘩することもあるだろうけど、一晩明けたらノーサイドだ。

 などと、ラガーさんへの思いを募らせたアタシは、ついに告白を決意した。いつものように店に来たラガーさんの帰り際、人の少ない公園に誘導するというオープンプレーを展開したアタシは、ラグビーに対する熱い思いを伝えつつ、最終的にはラガーさんと交際したいという熱い思いも伝えた。でも、ラガーさんは終始固い表情で、一方的に言葉をまくしたてるアタシを見ていた。

 それもそうか、と思う。何しろ、アタシは「元ラガーマン」なのだ。
 ポジションはスクラムハーフだった。

 大学卒業後に同性愛者であることをカミングアウトしたアタシは、東京に出て来て所謂ゲイバーに勤めることになった。現在絶賛工事中で、“ボール”を取っ払うところまで進んでいる。常連のラガーさんならワンチャンスあるかもしれないと思ったのだが、店にはノンケの人もよく来る。やっぱりダメか、と、アタシはラガーさんに謝って逃げようとした。

 そのアタシを、ラガーさんが力いっぱい引き止めた。答えは、なんとOKである。奇跡のトライ成功だった。

 何故、ラグビーでは「ゴール」ではなく「トライ」というのか。昔、トライでは点が入らず、その後のキックへの「挑戦権」にすぎなかったからだ。つまり、このトライはアタシにとってまだまだゴールじゃないってこと。偏見だとか、差別だとか、そういった目に見えない強敵に、アタシは真っ向勝負を挑まなければならない。

 ラガーさんは続けて、「でも僕、柔道家なんですけどね」と頭を掻いた。え、と思ったけど、まあ、全然いい。アタシは、よろしくお願いします、と手を差し出した。 

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp