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笑わないそらくん

■2019/11/15 七五三


 十一月は戦争である。

 この時期、「フォトスタジオ・チョリス」には、七五三の記念写真撮影の予約が殺到する。どこの家も子供のかわいい姿を写真に残そうと必死だ。

 新人アシスタントの私は、まだ子供の扱いに慣れない。大泣きされた日にはこっちが泣きたくなるほどだ。チョリスには「笑顔保証」というサービスがあって、笑顔の写真が撮れなければ撮影料を無料にしなければならないのである。そんなことになれば、店長にこっぴどく叱られることになる。

 ベテランの小森さんは凄腕のアシスタントだ。小森さんが担当すると、面白いほど子供が笑う。自分をかなぐり捨ててテンションを上げろ、と、私は小森さんによく怒られる。実際、仕事を終えた小森さんは、つい今しがたまで子供よりはしゃいでいた人とは思えないほど刺々しい。プロフェッショナルなんだろうな、と思う。私にはなかなかできない。

 ところが、今日はその小森さんが大苦戦を強いられていた。相手は、そらくんという五歳の男の子である。目の前でオモチャを振り回しながら笑顔で気を引こうとする小森さんをじっとりと見るばかりで、全く笑わない。小森さんは持てるテクニックを総動員して挑んでいるが、どうも勝ち目は見えてこなかった。

 そのうち、そらくんのご両親と小森さんが離れて何やら相談を始めてしまった。私はフォローのつもりでそらくんの隣に座り、「今日は疲れちゃったかなあ」と、ぼんやり話しかけた。そらくんは相変わらずにこりともしない。

「子供でいるってのは、疲れるもんでねえ」

 は? と、私は呆けたような声を出してしまった。喋ったのはそらくんだ。見た目は五歳児なのに、口調がまるでご老人である。

「実は、私は二度目でね」

 男の子なのに二度目の七五三とは――、と考え出した私に、そらくんは「人生が二度目」なのだと語った。信じられないことではあるが、そらくんは前世の記憶を残したままなのだという。五年前までは八十七歳の老人で、人生を終えたと思った瞬間、「そらくん」としてこの世に生を受けたのだそうだ。

「両親の気持ちを思うと、私は子供でいなくてはならんと思うのだが、それが苦痛でね」

「誰かの期待に応えるって、大変ですもんね」

 妙なことに、私は年配の方に接するように、そらくんと話をしていた。頭ではそんなことはあり得ないと思うのだが、そらくんと話していると、本当か嘘かと考えるまでもなく、自然にそうなってしまったのだ。

「あなたは信じてくれるという気がしていた」

 そらくんはそう言って、ほんの僅か、笑みを浮かべた。そして、悪戯っぽく、誰にも言わないでほしい、とも言った。

 チョリスに来る子供たちの中にも、そらくんのような子がいるのだろうか。私が私のまま子供になったら、親の期待するような、子供らしい子供になれるかはわからない。

 私は小森さんに、アシスタントをやりたい、と願い出た。小森さんは、私にできないのにあんたが? という顔をしたが、やってみれば、と許可してくれた。
 小さな千歳飴を持ってきた私は、カメラマンの横に立ち、羽織袴姿のそらくんの前に立った。そして、そらくん、と呼びかける。

「長生きしようね」

 小森さんが、なんだそりゃ、と顔を引き攣らせる。一瞬、そらくんもきょとんとしたが、すぐに、にま、と笑った。カメラマンが夢中でシャッターを切る。中身はともかく見た目は子供なので、最高にかわいい笑顔である。

 そりゃ今からじゃ長生きするだろうねえ。そらくんはそう思ったに違いない。笑顔の理由は、私とそらくんだけの秘密である。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp