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【雑記】カレーは煮込み料理ではない

 最近ね、UNILLOYという鋳物琺瑯製の両手鍋を購入しまして。ちょっとお高い商品なんですけど、それまで使っていた某取っ手が取れる系ステンレスの鍋は、独居男の自炊とは到底思えないほどのハードユースに堪え切れずに一年ちょっとでボッコボコになってしまったので、長く使えるものが欲しいなあ、と、思い切って買ったんですよね。

 両手鍋を買うにあたっては、「カレーが美味しく作れる鍋」が欲しくて、プロユースの物から、ス○ウブ、○・クルーゼ、○ーミキュラというメジャー商品もひととおり検討した結果、辿り着いたのがUNILLOYだったわけです。使ってみると、鋳物なのに軽いし、見た目もかっこいいし、コスパと性能と使い勝手とデザインのバランスがいいなあと思いました。火の通り方もまろやかでね、じっくりコトコト煮込む系料理にはもってこいかなと思うんです、けどね。

 だがしかし。

 近頃、カレーは「煮込み料理」じゃなくて、「炒め煮」だ、っていう概念がだんだん浸透してる気がするんですよ。お鍋でコトコト煮ちゃうと、スパイスの香りが飛んじゃうからダメなんですって。その上、煮込まなければ時間短縮になりますし、鍋を焦げ付かせることも防げるし、いいことだらけ!というわけですね。

 小説も、昭和の文豪の時代と現代では文体や視点がまったく違っていたりするわけで、技術的なものとかはやりすたりによって、時代ごとに常識やスタンダードって変わりゆくものだと思うんですよ。料理もまたしかりで、調理器具や家電の進化、食材の改良、そして味の嗜好の変化なんかによって時代のスタンダードは変わり、カレーは炒め煮で、ハンバーグはこねてはいけなくて、ローストビーフは茹で肉料理で、野菜炒めは弱火で作る、なんていう新しい「当たり前」がどんどん生み出されているわけです。

 美味しいカレーを作るには、じゃあどうしたらいいんでしょう。食材を細かく切って炒めて煮込み時間をカット、ルウを溶かしてすぐ完成!全行程10分!というレシピを結構見かけました。正直、そのレシピで美味しく作れると思います。最近のルウはダシ的な旨味も添加されていますし、昔よりスパイシーなものが多くて、確かに長時間煮込むと香りが飛んでしまうので。

 でも、僕はあえて、カレーを煮込みたい。
 両手鍋で、コトコト火を通したい。

 物事には、理論的な正解というのがあったりします。その正解を突き詰めていくと、短時間で味もよく仕上がる調理法というのは「大正解」で、従来のコトコトカレーは、時間ばっかり食う割に味がたいして良くならない、という「不正解」なのかもしれません。

 でも、「料理してる感」はコトコトしたほうが出るんですよ。僕なんかはまあ、独り身で一日中家にいますから、仕事しながらカレーをコトコトできてしまうというアドバンテージがありまして、子育て真っ最中の忙しいお母さんとは違った時間軸で料理ができます。男飯っていうのは、コスパとか時短とか、効率性を真っ向から否定するところからがはじまりで(偏見)、大事なのは「俺やってる感」だったりします。少なくとも、僕にとっては。

 安く、短時間でできて、美味しいカレー。そういう正解を求めることはもちろん良いことだと思うのですが、人間、たまには不正解の道を歩くことも大事じゃないかな、と思うんですよね。無駄に高い材料を、長時間かけて、普通のカレーに。そうすると正解の道を通るよりバカバカしいものが出来上がるんですけど、道を通ることそのものにも価値があるんじゃないかなとも思います。
 新しく買ったお気に入りの鍋に張りついて、焦がさないように木べらで何度もかき混ぜる「無駄な時間」は、執筆時間を侵食するというすさまじいデメリットと引き換えに、「俺やってるなあ」という感覚をもたらしてくれるのです。それは、味やコスパと同じくらい、満足感に繋がる要素だと思います。少なくとも、僕にとっては。

 人生もきっとそういうもので、僕も学生の頃から今まで、常に正解の道を選び続けて来ていたら、もうちょいお金を稼いでいたかもしれないですし、家の一軒でも建てられていたかもしれないですし、ちょっとした役職にでもついていたかもしれません。結婚は……、できてたかなあ。
 でも、不正解の道をあえて進んだ経験が今の仕事には生きているなあという実感がありますし、今の仕事は「労働時間当たりの稼ぎ」という効率性を考えるとクソみたいな時間単価になってしまいますけれども、「俺やってるなあ」という感じがして、とても楽しいのです。

 先述の鍋、とろ火でじっくり食材を煮込むと、素材の奥から旨味がじわりと溢れ出してくるような感じがするんですよねえ。気のせいかもしれないですけどね。でも、まあ、気のせいでもいいんです。その「やってる感」で、自分だけは美味しいな、と思えるのでね。

 まあ、だらだらと書いてきましたけども、つまりはなにがいいたいのかというと、新しい鍋を買ってうれしいから、いろいろ煮込みたい(そして原稿が進んでいない)、というだけの話なんですけれども。



「お前は正解を選ぼうとするから間違うんだ」

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp