夏、Tシャツ、青春のような何か

私は高校を辞めた。

正確に言えば、転校して、そこで卒業した。

A高校からB高校に移った、としよう。
A高校は中高一貫の女子校であった。そして私は吹奏楽部に所属していた。

中学生の頃にいじめを受け、不登校になった私は、高校には温情で入れてもらったものの、高校が大嫌いだった。
中学生の頃よりは行っていたけれど(だから転校が決まった時は割と周りに衝撃が走った)、「良い生徒」とは言い難かった。

正直に言おう。私は部活も大嫌いだった。

しかし私はパートリーダーをしていた。

今考えると意味不明である。理由は、ただ私が楽器が上手かったから。コミュ力もなく、後輩との関係も、顧問との関係も上手くやれなくて、そもそも部活に来るかも怪しい奴を、何故パートリーダーにしてしまったのか。私も何故引き受けてしまったのか。

私が部活を辞めなかったのは、そしてパートリーダーを務めたのは(途中で学校自体を辞めたせいで他の子に多大なるご迷惑をおかけすることになった)、「楽器が上手いパートリーダー」という肩書きが、私を救ったからだった。

私は全てのテストを勉強せずに受けていたし、授業中は無表情で魂が抜けていた。
勿論部活にも行きたくなんかなくて、何のためにこんなことやってるんだ、と泣いた。

でも、部活に行って仕事(私は常に部活のあれこれを「仕事」と呼んでいた)をすれば、私は褒められた。認められた。
私にとって、部活は「仕事」であり、それに伴う褒め言葉や承認は「報酬」だった。

私はそのことを自覚していた。

だから誰よりも上手く楽器を演奏した。他のパートリーダーよりも(多分)後輩に丁寧な指導をした。先輩方には常に笑顔で愛想を振りまいたし、先生方の指導は熱心に聞いた。

A高校は進学に力を入れていて、部活は弱小だったから、音大を目指していた私がトップに立つのは簡単だった。
私は常にトップだった。私の音は常に美しかった。それは、私が毎日部活以外でも1日1時間必ず練習していたから。そして、私には才能があった。
私は多分、アスペルガー特有の「才能」が音楽にあったのだ。だからそれを捨ててしまった今、私は空っぽだ。



私が高校を辞めたのは夏だった。夏休み、合宿を終えたら私は退部することになっていた。
合宿で私は、出られもしない文化祭の曲を、全曲完璧に仕上げた。

私の誕生日は、合宿の日程の中にあった。
夜、私の部屋に学年全員が集まってくれた。寄せ書きを貰って、パートの子がディズニーシーで買ってきてくれたステラ・ルーのぬいぐるみを貰った。
嬉しかった。同学年の名前さえおぼつかない私を、勿論中にはめんどくさがった子も居ただろうが、とりあえず祝ってくれたのだ。
今でもステラ・ルーは、私の部屋に座っている。私はハンドメイドのアナの衣装を買って着せ、座らせた。私の宝物。

最終日の前日、夜はバーベキューが恒例の行事だった。
私はバーベキューが嫌いだ。立って食べるのも嫌。なんか衛生的に嫌。誰といればいいのかわからない。コップと皿の置き場所がない。虫がいる。
でも、その日はなんとなく感慨深くて、私はそこまで嫌悪感を感じなかった。

薄暗くなっていく夏の夕方。

中高の部活合宿というのは奇妙なもので、みんなが部活のTシャツを着ている。部T、というやつだ。
毎年色を変えていて、みんなそれぞれの日に色々な色を着るから、毎日毎日、食堂に集まった女の子たちはカラフルだった。
だから、バーベキューでもみんなカラフルだった。みんな立って思い思いに動いているので、薄暗い中でTシャツの鮮やかさは蛍みたいだった。
長袖でないと虫に刺されるので、みんなパーカーを着ていた。パーカーの前から覗くTシャツの鮮やかさ。私は多分忘れられない。
私はピンクの部Tを着ていた。私も、蛍の一匹として溶け込めていただろうか?私も、輝けていただろうか?

後輩たちが声をかけてくる。中には名前も知らない子もいる。
「先輩、写真撮ってください」
断れないので撮る。
私なんかを、ちゃんと後輩たちは先輩と認識していたのか。建前上頼むしかなかったのかもしれないけれど、それでも写真を頼んでくれたその気遣いが嬉しかった。
それを、顧問が見ていた。気難しそうで、厳しくて、私は彼らのお気に入りではなかったから近寄りがたかった顧問。
彼らは微笑んでいた。微笑んで私と私を取り巻く後輩たちを見た。

私は、同輩にも、後輩にも、顧問にも、ちゃんと認められていたんだな。
それが一時的なものであったにせよ。それが私の楽器の腕前のみによってであったにせよ。

それが、私が最後に「演奏する人間」として受け取った承認だった。

合宿の後、私は最後に親と学校に行き、先生方に挨拶をして、学校を辞めた。
夏の、うだるような熱気の中、煉瓦色のコンクリートから立ち昇る熱と太陽の眩しさで、帰り道に私は、「私は高校を本当に辞めたんだ」と思った。

私はこれからもうこの制服に袖を通すことはないんだ。
私はこれからもう部活に行くことはないんだ。
私はこれからもう舞台に立てないんだ。
私はこれからもう普通の人生じゃないんだ。

私はこれからもう、

日本の夏は暑い。暑くて、不愉快で、大嫌いだ。
でも、私はこの夏を忘れられない。
夏が来るたび、ふとした瞬間に高校や合宿所と同じ匂いがする。
私が、ずっと欲しかった承認を手に入れた瞬間。ずっと欲しかった承認を手放した瞬間。

17歳の、刹那的な夏だった。
それから2年経って、私は19になる。
お酒は飲めない。だから、私は水を飲む。合宿で飲んでいたような、なんてことない水。

水だけど、乾杯しよう。私が普通を捨てた夏に、乾杯しよう。
そして、飲み干そう。蛍みたいだったあの光景は、ガラスに注いだ水に差し込む太陽光みたいに虹色に輝いていた。

あれはみんなにとっての青春で、私にとっては青春じゃない。
でも、あえてあげなければいけない時あげるのは、

あの蛍のような部Tなんだろうな。

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