日本語、英語、他言語、note

私、日本が好きで、日本語が好きで、でも日本に居たら多分幸せになれない。



谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』ではないけれど、私にとって日本語の美しさはその仄暗さにある。

日本語で紡がれる文章は、不健康で不幸で、それでいて美しくあってほしい。光ではなく影を、太陽ではなく月を、丁寧に、一文字一文字絹のように紡いでほしい。
そう願うのは、私の文章が、小説が、常に影の中にあるのは、私が懐古主義的だからかもしれない。

私にとって日本語は、月と影の言語。


私は英語も好きだ。資格として持っているのは、英検準一級とTOEIC885点。

私は語彙が少なくて文法が苦手だ。
それが受験勉強をしなかった弊害である、と言ったら言い訳だろうか。
私が好きなのは基本的にSpeaking/Listening だ。

Speakingが私は1番好き。
英語で話している私は、日本語で話している時の私と別人みたいだ。自分でもどうしてかわからない。英語を話している時の私はいきいきしているし、自分の意見をはっきり言える。
私は資格をそこそこ取っている割に、語彙と文法がめちゃめちゃなのでそこまでペラペラではない。相手が話したことがわからなくて聞き返すことも沢山ある。

でも、私のめちゃめちゃ英語でも、意外と通じる。沢山話して、沢山の共通点や相違点を知って、笑って、分かり合える。

私は今のところ、英語で「すごく」嫌な思いをしたことはない。
少し嫌だったことはある。「日本はみんな病んでる」「なんで日本ってこんなに病んでるの?」とか言われると、少し傷つく。
私は日本人だし、日本が好きだから。日本に沢山問題があって、改善されるべきことが多く存在することは事実だけれど、それを全てのように言われると嫌な気持ちになる。日本にだって、良いところが沢山あるから。
私はそういう時、ちゃんと前述の理由を言って、不愉快だったと伝える。日本にも問題はあるけれど、と言いながら。

必ず世の中には悪意のある人というものがいるので、きっとこれから英語ネイティブでないことや、アジア人であることで「すごく」嫌な思いをする事も出てくるだろう。でも、それは日本人との人間関係でも言えることだ。

私は意外とおしゃべりで、ジョークを言ったり自分の意見をはっきり言うタイプだと、英語で話して初めて知った。英語で話すとすごく楽しい。言いたいことを、難しい語彙を、簡単な英語で表現する技術ばかり身についてしまった。これが、「セコい」というやつである。これから、ちゃんと語彙力と文法力もつけなければ。
私はWritingが嫌いではないけれど出来れば避けたい。それは私にそれらが足りないから。私はいつか、英語でも文章が書きたい。

Listeningも、色々な意見が聞けて好きだ。
TEDもよく見るし、YouTubeによくあるインタビュー動画なども大好き。前向きになれる動画をリストに入れては繰り返し見る。
フィギュアスケートのShibSibsやAdam Rippon、韓国系のJenn Im、KPOPグループf(x)のメンバーであるAmber LiuのYouTubeチャンネルはお気に入りだし、NetflixのQueer Eye のメンバーをこよなく愛している。Netflixの本編だけでなくYouTubeの動画もたくさん見ている。

私が英語の動画で好きなのは、彼らが言ういわゆる「前向きな言葉」が、私の中に入ってくるからだ。
私は何度も言っているが語彙力と文法力が壊滅的なので、動画の全部を理解しているわけではない。でも、彼らが発する一言に、私は救われる。

You are beautiful.
You are so gorgeous, honey!!
Be yourself, be independent.
Your smile is sooo cute:)

彼らは何も難しいことを言って私を感動させているわけではない。
ただ、彼らは私の自己肯定感を高めてくれる。自然に、それが当然のことのように。

氷が室温で置いておくと溶けるくらい当たり前に、私は私でいていい。
運動をすると喉が乾くくらい当たり前に、私は私のままで美しい。

英語は、私にとって光や太陽の言語。


でもそれを、日本語で言われると受け入れられない。
それは日本が悪いとか、そういう次元の話ではないのだ。少なくとも私にとっては。

それは言葉の次元にある話なのだ。

私は日本の美にこびりついた陰鬱さがどうしようもなく好きで、日本の侘しさが捨てられなくて、すごくすごく「日本人」だ。
私は日本が大好き。問題が山積みだけれど、少なくとも私は日本語が大好き。

でも、私にとって日本語は、「哀しさの美」を表現するためのツールであって、「幸せになる」ツールではない。

それは日本のせいじゃない、私のせい。私がどうしても、日本語に光の美しさを見出せなかったことに罪がある。
私が日本語の、影の美しさにどうしようもなく惹かれてしまったことに罪がある。



今私は、ドイツ語を勉強し始めた。まだ自己紹介くらいしかできない。本当にちゃんとやらなきゃ。本当に。
私が一番興味を持っているのは、私はドイツ語に何を見出すのか、ということだ。

光?影?太陽?月?それとも他の何か?


私は日本人。日本語で育って、日本の文学(時代に偏りがあるにせよ)で育って、和食が好き。政治には詳しくないけれど、沢山の問題があることを知っている。LGBTに関しても、労働環境に関しても、日本は後進国だ。
でもね、いくら問題があっても、私は日本が好きだよ。日本語の美しさが、日本の美が好きだ。

しかし、私は多分日本で、日本語をメインに生きていったら幸せになれない。私は日本語に太陽の光を見出せなかったから。

私は英語(あるいは他の言語)による太陽の光が必要だ。

日本で、日本語で幸せになれる人が沢山いることも知っている。けれど、私は無理だ。
人間は、太陽光なしに生きられない。私も、「ことば」による太陽光なしには生きられない。



私、10月6日にある「第2回note酒場」に行くことにしました。
日本語で文章を紡いでいる人たちに、会ってみたいから。日本語とは何か、知りたいから。

noteで文章を書いている皆さんにとって、「日本語」って何ですか?「日本の美」をそこにどのように見出していますか?

私はそれが知りたい。
だから、極度の人見知り、かつnote初心者にも関わらず、行ってみます。

私はまだ18だから。10月には19だけれど。色々な大人の意見を聞いてみたいのです。

そして、自分が日本人として、日本語を母語として生きていく上で、どう日本語と向き合えばいいのかを考えたいのです。

私とことば。noteに綴ってきたことばたち。それらは全て日本語。私は自分のアイデンティティを、俯瞰して受け入れる時期に来ているのかもしれない。
ことば、というものを通して。

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