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ダブルコンソメ問題。

ポテトチップスのフレーバーについてではなく、フランス料理のまじめな話です。とにかく今回はかなりマニアックな内容なので(しかも長い)、あまり料理に関心のない人はそっと他のページへ飛んでください。でもフレンチに興味のある人ならきっと面白いはず!

さて、ダブルコンソメ。フランス語ではコンソメ・ドゥーブル。十分に美味しいコンソメを土台にしてコンソメをとるという、贅を尽くしたスープです。

この9月のスープラボで「本格的なダブルコンソメを作ろう!」と意気込んだ私は、フレンチの文献を片端からめくり、コンソメのレシピを集めはじめました。ところがそこで、ある重大なことに気がついたのです。

「ダブルコンソメって2種類あるみたい…」

ブイヨンとコンソメの違いは?エスコフィエの料理本からスタート。

その2種類を説明するのが、ちょっぴりややこしい。話をわかりやすくするため、まずはベーシックなコンソメの作り方を共有しましょう。現代フレンチのレシピの底本のような役割を果たしている『エスコフィエ フランス料理(LE GUIDE CULINAIRE)』に載っているレシピを、基本のコンソメの作り方として紹介しておきます。
現在出回っているコンソメは、ほぼ例外なく、オーギュスト・エスコフィエの残してくれたレシピが源流となっているはずです。

■第一段階  “コンソメ・ブラン・サンプル”(Consommé Blanc Sinple)

これは仔牛のすね肉と牛の肉や骨、野菜とブーケガルニを水から約5時間かけて煮出した、いわばフレンチの「だし」です。5時間では肉からうまみを出すのは十分だけれど、骨のうまみを引き出すには12~15時間かかるというようなことが書いてあります。このレシピではコンソメ・ブラン・サンプル10Lを取っています。

■第二段階 “クラリフィエ”(Clarifie)

第一段階でとった「だし」を「スープ」として仕上げる作業です。クラリフィエとは澄ませる、という意味。エスコフィエの本の中では、ブイヨンの説明の後に、「CLARIFICATION」という章立てで肉、鶏、ジビエなどそれぞれ説明されています。
脂身や筋を除いた小間切れ牛肉1.5kgに、にんじん100gとポロねぎ200g、卵白2個分を鍋の中でよく混ぜ、コンソメ・ブラン・サンプル5Lを加えて沸騰させると、卵白がアクや汚れを吸着して澄んだスープになります。
塊肉だと4時間ほどかかるが細切れ肉だと短縮できるとあり、小間切れ肉を使った場合は1時間半ほど煮込んで肉や野菜の味を移し、布で漉して仕上げます。

こうしてできたものが、コンソメというスープです。エスコフィエの本では“コンソメ・オルディネール”(Consommé Ordinaire)と名づけられています。(具体的な工程は、9月のスープラボレポートをご覧ください)

日本では「味の素のコンソメ」という商品によってブイヨンとコンソメが混同されていますが、ブイヨンはあくまでも「だし」、コンソメは「料理」ということですね。

ちょっと脇道にそれますが、コンソメ・オルディネールに固めに作った洋風の卵豆腐を浮かべるとコンソメ・ロワイヤルになり、細切りの野菜を入れるとコンソメ・ジュリエンヌになるなど、怒涛のバリエーションが生まれます。レストランのメニューの場合、こうした「○○のコンソメ」「○○風コンソメ」と書かれていることが多いはず。ただ、これらはあくまでも浮き実の違いでしかありません。今話題にしているコンソメ・ドゥーブルは、あくまでスープの製法の話です。

話を戻します。エスコフィエの本では(少なくとも邦訳版では)このレシピについて、“コンソメ・ドゥーブル”とはひとことも書かれていません。実は、エスコフィエ以降の多くのレシピブックでも、コンソメ・ドゥーブルという言葉はあまり使われていないのです。しかし現在の状況としては

①コンソメ・オルディネールを第一のコンソメとする
②ブイヨンであるコンソメ・サンプルを第一のコンソメとする
どちらをとるかで、コンソメ・ドゥーブルの解釈が枝分かれしているようです。

ちゃんと書いておいて欲しかったよオーギュスト…。と、嘆いても始まらないので、ここからはいよいよダブルコンソメ問題の検証に移ります。

「トリプルだし」か、それとも「ダブルだし」か。

まず、コンソメ・オルディネールを「第一のコンソメ」とし、ブイヨン→コンソメ1→コンソメ2と作業を重ねたものを、コンソメ・ドゥーブルと考えるシェフたちがいます。つまり、トリプルだしですね。

たとえば、建て替えを始めたばかりのホテルオークラ。ここの初代料理長である小野正吉さんの著書『小野正吉 フランス料理』の、オードブル・スープの巻には、コンソメオルディネール2.4Lに牛すね肉の挽肉400g、たまねぎ60g、セロリ20g、卵白100g、塩胡椒を加え、2時間ほど煮出す、「コンソメ・ドゥーブル」のレシピが明記されています。

オークラのオーキッドルームで出されるダブルコンソメは、小野さんのレシピを汲むもの。1日目にブイヨンをとり、2日目はすね肉を入れて煮出し、3日目はさらにもう一度肉を入れて繰り返す、という工程です。トリプルだしですが、あくまでコンソメに仕立てる工程を2回繰り返す、というところがドゥーブルと呼ばれるポイントのようです。

別の文献もひとつ。2014年『食生活』9月号の特集は、だし。服部栄養専門学校の西洋料理主席教授の佐藤月彦さんが『フレンチの手法にだしの“概念”を読む』という記事の中でブイヨンとコンソメについてふれています。ここにも「ブイヨンからコンソメを作り、そのコンソメを冷ましてからさらに肉を加えて煮出すコンソメ・ドゥーブルもあります」と述べられています。

ホテルや料理学校でそれなりの地位にいる方がこう考えているということを、正しさと考えるか、あるいはその教えを受けた弟子たちが広め固めていると考えるかはひとまず脇に置き、趨勢から行くと、このトリプルだしをコンソメ・ドゥーブルであるとする説は根強いようです。

でもその一方、コンソメ・サンプル(ブイヨン)をあくまで第一のコンソメとし、肉と卵を入れて澄ませたコンソメ・オルディネールを、コンソメ・ドゥーブルと考えているシェフもいます。

肉を使わないで澄ませるコンソメもある。

彼らはごくシンプルに、ブイヨンを土台に肉を加えて作るダブルだしのコンソメを、コンソメ・ドゥーブルと呼んでいます。

たとえば旭屋出版MOOK『スープ大全』P53では、銀座KAIRADAのシェフ・皆良田光輝さんが紹介している鹿肉の2種類のコンソメ。牛ではありませんが、作り方は同じです。コンソメ・サンプル、コンソメ・ドゥーブル、二つのコンソメでどう違うかをレシピつきで実験しています。コンソメ・サンプルは水からとったもので、ドゥーブルと呼ばれるスープはそのサンプルをベースにとっています。

また、ネット上にもこんな記事をみつけました。阿佐ヶ谷のフレンチレストラン・クルティーヌのブログに紹介されていたコンソメ・ドゥーブルの記事です。 やはり水からとったブイヨンを1度目のコンソメとし、ブイヨンをベースに肉や卵白でコンソメに仕上げています。
先日、店を訪れシェフに直接伺ったのですが、コンソメに仕上げる段階で、肉を入れずに澄ませるやり方もあるのだとか。よって、卵白のほかに肉と野菜を入れて澄ませるコンソメは、やはりコンソメ・ドゥーブルになるということでした。

それを裏付けるレシピは、実はエスコフィエのレシピにもあるのです。肉のコンソメの部分には見当たらないのですが、よく読むと、魚のコンソメのタイトルに“ドゥーブル”の文字があります。コンソメ・ドゥブル・ドゥ・ポワッソン、魚の濃いコンソメという意味です。これは、魚を水で煮たコンソメサンプルに、魚肉と香味野菜、卵白を足してクラリフィエしたもの。つまりダブルだしが、コンソメ・ドゥーブルと呼ばれています。肉の場合もこれと同じ考えでいけば、ダブルだしであるコンソメ・オルディネールが、コンソメ・ドゥーブルということになるはず。  

素直に受け止めるなら、ダブルだし=コンソメ・ドゥーブルと考えるのが普通ですよね。ネットで「ダブルコンソメ」を調べると、そのように説明されているケースも多いのです。もしかしてダブルコンソメ問題は、プロの料理人たちの間ではとるに足らない話なのかもしれません。

とはいえ、ふたつの説があると迷います。どう考えればよいのでしょう。

何が“ドゥーブル”か。だしを重ねる目的は?

ダブルにする目的を考えると、単純に「より濃く、複雑な味にする」ことだと考えられます。一方、卵白を入れて煮る目的は「クラリフィエする(澄ませる)」ことなので、トリプルだしのように卵白を入れて作る工程を二回繰り返すのは、目的からは遠ざかるようにも思えます。

実際に、2度取るのではなく、濃く取るというやり方をとっているシェフもいます。2012年専門料理2月号・特集はフォンとだし。大阪のビストロ・ルール ブルーの南條秀明さんが掲載しているコンソメロワイヤルのレシピに、コンソメ・ドゥーブルが使われていますが、そこには通常のコンソメの2倍量の牛ひき肉を使用したもの、とあります。余計な手間をかけて卵のにおいや濁りが付かないぶん、このほうが「濃いだしを取る」という目的にはかなっています。合理性からいえば、ダブルだしのほうが自然。

ダブルにする目的はもうひとつ考えられます。

美味しいから食べたい、ではなく、贅沢だから食べたい、もある。

それは、コンソメが贅沢料理であるという箔付けです。作り方でわかるように、コンソメはそもそも大変に手間も材料もかかる料理。原価が高すぎて小さなレストランでは簡単に出すことができません。
でもコンソメって、地味だと思いませんか?見た目も透明で、味わいも滋味深くはあるけれど、さらっとしていて。つまり“贅沢であることに気がつきにくい”という欠点があるのです。
これは、お金をとって料理を出すレストランでは致命的なことです。そこでコンソメに様々な具などを入れ、高級感を出すわけです。結婚式などで、金箔の浮いたコンソメを食べたことがある方も多いでしょう。コンソメそのものの味よりは、客は「金箔が浮かんだスープが出された」という認識になります。

金箔同様、トリプルだしには、コンソメ × コンソメという、一見ムダにも思える工程を重ねて「こんなに贅沢なスープなのですよ」という説明をすることによって、より高級感や希少性を生み出し、食べる人に非日常を味わってもらおうというねらいがある…という気もしてきます。憶測ですが。

「贅沢であること」はホテルやグランメゾンなどではとても大切な要素です。ときには味よりもプレゼンテーションや話題性が優先されることもあるでしょう。人を喜ばせる料理、というのは決して美味しさだけの料理ではありませんから。

さて、ここまでお読みになって、どちらの説が有力と感じられますか?

すでにお気づきでしょうが、このダブルコンソメ問題には決着がついていません。フレンチの基本でもあり、そして完成形でもあるコンソメ。スープラボでは引き続き追っていきたいと考えています。私としては、どちらでもよいからどちらかに統一してほしいという気持ちが大きいのです。

もしご存じの方がいらしたら、ご一報ください。知りたい。

2018年7月8日追記

この記事をずっと置いておいたのですが、なんと先日、料理家であり作家の樋口直哉さんが、この疑問に明快にお答えくださいました!すっきりです!素晴らしい記事ですので、ぜひお読みください。

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参考にした書物

オーギュスト・エスコフィエ(1969)『エスコフィエ フランス料理(LE GUIDE CULINAIRE)』柴田書店
ポール・ボキューズ(1978)『ポール・ボキューズ フランス料理』三洋出版貿易
ジョエル・ロビュション(1988)『ジョエル・ロビュションのフランス料理―優美・繊細なルセット・オリジナル』白水社
小野正吉(1956)『小野正吉 フランス料理』柴田書店
村上信夫(1990)『村上信夫のフランス料理』中央公論社
田中徳三郎(1949)『田中徳三郎 西洋料理』柴田書店
荒田勇作(1965)『荒田西洋料理(スープ・ソース編)』
水野邦昭(2002)『プロのためのわかりやすいフランス料理』柴田書店
緑川廣親(1991)『ソースの基本 フォンの世界』柴田書店
緑川廣親(2005)『緑川廣親のシンプルフレンチ』柴田書店
『スープ大全』旭屋出版MOOK
『専門料理』2012年2月号 特集:フォンとだし
『専門料理』2003年9月合 特集:スープと汁ものの自在な広がり
『食生活』2014年9月号 特集:だし 


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。