昔レシピでビーフシチュー。2015.10.19 スープラボ・レポート

ビーフシチューが日本にやってきたのは明治時代。1871年、明治4年には東京の洋食屋のチラシに「シチウ(牛、鳥うまに)二匁五文五厘」の記述が、翌明治5年には仮名垣魯文の『西洋料理通』にもスチューという言葉が出てきます。1900年代、明治中期になると洋食屋のメニューとしてすっかり定着。レシピも登場し、家庭の台所でもシチューが作られるようになりました。ごろごろ肉の入ったシチューは当時の人々にとって、どんな味がしたのでしょう。時代は流れましたが、ビーフシチューは今も家庭の食卓のごちそうです。

さて、秋深まる10月。スープラボでは、ビーフシチューで面白い試みをしました。その前に、今回のラボのきっかけになった本を一冊ご紹介します。

阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ~料理研究家とその時代』(新潮新書)

“料理研究家の研究本”。タイトルになった小林カツ代、栗原はるみをはじめ、土井勝、辰巳芳子、高山なおみ…誰もが名前を一度は聞いたことのある著名な料理研究家が登場します。彼らの生き方やレシピ、料理への考え方を紹介しながら、そこに浮かび上がる当時の社会や家庭料理事情、あるいは女性たちの生き方の変遷などが論じられていて、興味深い内容です。

本の中で、料理研究家のレシピの定点観測として、各料理研究家のビーフシチューのレシピが抜き書きされていたのです。それぞれのレシピを読むだけでもわくわくします。これをぜひ実際に作ってみたい!と、著者の阿古真理さんにご相談しました。
そこで今回のスープラボでは、昭和から平成を代表する料理研究家3人を選んでビーフシチューを作り分け、みんなで味見しながら阿古さんに時代背景などの解説をしてもらおうということになったのです。

私たちが選んだのは、江上トミ小林カツ代有元葉子の3人。

ラボ当日は、阿古さんから3人の略歴や時代背景をまとめて説明いただいてから、それぞれのシチューを味わったのですが、レポートでは一人ずつ紹介したいと思います。

コルドン・ブルー仕込み、江上トミの本格ブラウンシチュー

最初は江上トミ『西洋料理』(主婦の友社・1963年)の「ビーフステュー」。独習シリーズの中の一冊。約50年前のレシピということになります。

江上トミは、戦前から福岡で料理教室を開き成功していた人ですが、1956年、テレビ初の料理帯番組「奥様お料理メモ」(日本テレビ)に出演、NHKの「きょうの料理」などで全国に知られる料理研究家となりました。熊本県に生まれた江上トミは結婚した夫の渡仏に同行し、ル・コルドン・ブルーでフランス料理を学びます。教えた料理はフレンチに限らず和食、郷土料理など全般に渡りましたが、できるだけその国の人の風習に忠実であろうとし、基本をしっかり踏まえた料理を教えました。1975年に藍綬褒章を受け晩年まで活躍しましたが、めざましい活動は50~60年代が中心です。

江上トミのビーフシチューは肉と野菜でとったブイヨンでブラウンソースを作り、そのソースで再び肉と野菜を別々に煮込むという手間のかかるレシピです。忠実に再現したシチューがこちら!

ブラウンソースとは、たまねぎ、にんじん、戻した干し椎茸の薄切りを炒めて粉を振り入れさらに濃い色になるまでよーく炒め、そこに牛肉と野菜でとったブイヨンを入れて煮詰めたものです。

食材で目を引くのが、干し椎茸。これはおそらくシャンピニョンの代用品と思われます。当時はまだ生のマッシュルームが八百屋では手に入らなかった時代。缶詰ではこの味は出ないと考えた江上トミは、干し椎茸のうまみを使うことを思いついたのではないでしょうか。九州出身の料理研究家らしいアイデアです。
ていねいに面取りをしたじゃがいもやにんじんは、この時代では在来のものであったかもしれません。野菜は1960年代ごろまでは固定種の時代で、その後政府の食料政策などにより栽培しやすいF1種が拡大していったとのこと。今回はにんじん、じゃがいもは北海道ですが、在来種のものを使ってみました。牛肉は、バラ肉を使うとレシピにあったので今回は肩バラ(ブリスケ)を使いました。当時はバラ肉は今ほど人気がなく、安く手に入ったのです。

出来上がったシチューは、おだやかなやさしい味のソースにうまみの深い野菜が絡んだ食べ飽きない味。椎茸特有の匂いはさほど感じません。この日偶然にも、コルドン・ブルーに学んだ方が参加されていたのですが、ご自分の習ったブラウンソースと同じ作り方だということでした。とても貴重な情報です!

大きなキャセロールに移して食卓に運ぶところが当時らしい。

手抜き革命の騎手、小林カツ代はデミグラスソース缶で時短簡単

2番目は80~90年代に活躍した、小林カツ代です。大阪に生まれ、主婦時代にテレビへ投書したことがきっかけで20代の頃からプロとして料理研究家の仕事をしてきた小林カツ代は、1979年から「きょうの料理」に出演。それ以降はテレビに料理雑誌にひっぱりだこの人気となりました。94年にフジテレビ「料理の鉄人」で肉じゃがを作り、陳健一を破った場面は私もリアルタイムで観た記憶があります。
飾り気のない雰囲気を持ち、親しみやすく誰にでもできる料理のレシピやアイデアを次々生み出す小林カツ代は、幅広い年代の主婦層に愛されました。

仕事を持つ既婚女性が増加した80年代、小林カツ代のレシピで特長的なのは、缶詰や加工調味料など、出来合いのものを上手に使う点でしょう。

小林カツ代は1980年に出版した『小林カツ代のらくらくクッキング』で、豚をケチャップウスターソースで煮込んだ「豚肉のワインシチュー」を作っています。ビーフじゃないけどレシピ検証のためにこちらも試作。

「最後まで牛肉と思って食べる人が多いんですよ」と書いてあります(笑) こういうお茶目さが、カツ代さんの大きな魅力ですよね。

缶詰のマッシュルームと赤ワイン、そしてケチャップとウスターソースを煮立てたソースで湯通しした豚肉を40分ほど煮るだけ。江上トミが作ったようなブラウンソースは最初から切り捨てているところが痛快です。現代の忙しい女性が出来合いのものを買ったり使ったりしてもいいではないかとはばかることなく訴え、多少手を抜いても愛情のこもった手作りがいちばん、と料理を楽しむことを強く打ち出しました。

小林カツ代は缶詰を上手に利用することを推奨し『らくらくクッキング』の巻末でもホワイトソースやカレーの缶詰などさまざまな加工食品を紹介していますが、この本にはまだデミグラスソースは登場していません。ハインツが業務用のデミグラスソースを日本で発売したのは1970年(家庭向けは72年)。80年の時点ではどの家庭にもなじみのあるものではなかったからでしょう。

ビーフシチューはデミグラスソース缶を使用した『小林カツ代の基本のおかず』(主婦の友社・2002年)で再現しました。肉を煮て、そこへデミグラスソースを加えて野菜と肉をその中で煮てなじませるだけ。ルーを使うカレーと手間は変わりません。出来上がりはこちら。

小林カツ代のビーフシチューはしっかりとろみのある、こどもの頃に食べた懐かしの味。ごろんとしたじゃがいもやたまねぎが素朴で、さやいんげんなど散らした姿は肉じゃがのよう。(話がそれますが、実は明治期にシチューをまねて和風に作ったのが肉じゃがの発祥なんですよ)

時短が売りの小林レシピですが、今回試作したシチューについては、牛のかたまり肉を2時間ばかり煮込みます。肉の部位の指定はなかったため、スネ肉を使いました。それでも、出来る限りラクをするという鉄則は守られています。肉を塊のまま使うというところも重要で、生肉を切るというのは主婦にとって案外嫌な作業。かたまりのまま煮てしまい、あとで切る方が楽と考えたのでしょう。その一方で、フライパンで肉を焼きつけてから煮込むところなど、ただ手抜きだけではなく理にかなっていると感じさせます。肉の焦げ目はうま味でもあり、それをうまく利用しているのです。

小林カツ代のレシピは、主婦への共感が大きな特徴で、リアルなキッチンから発想していくものでした。
しかし、時代の流れるスピードは早く、食卓にさらなる変化が訪れます。働く女性がさらに増加して時短、簡単はもう当たり前。その上で女性たちが家事を通して自らを表現し、主張する時代に入っていきます。料理研究家にも料理の腕だけでなくライフスタイルが求められはじめました。

有元葉子のビーフシチューは、ブッフ・ブルギニョン風

そこに登場するのが、3人めの料理研究家、有元葉子です。彼女の『娘に贈るわたしのレシピ』(主婦と生活社・1995年)のビーフシチュー。

『小林カツ代と栗原はるみ~』によると、1983年集英社『LEE』が創刊。『主婦の友』など文字中心の時代が終わり、イメージ優先のグラビア雑誌が登場しました。その『LEE』で、素材を自在に使ったハイセンスな料理で人気となったのが、有元葉子でした。デパ地下、カフェ飯など女性たちの外食体験が圧倒的に増え、女性たちが“食の情報”を貪欲に求め始めた時代は80年代から徐々に始まり、それが定着しはじめたのが90年以降です。

有元葉子のビーフシチューは、江上トミ、小林カツ代のビーフシチューとビジュアルから違います。

具の野菜は大ぶりなにんじんだけ。ワインを1本使い、トマトピューレも大量に使う一方で、ブラウンソースやデミグラスソースは使わないので、ソースの色が赤いのです。牛肉はバラ肉モモ肉を半々で使います。

そうそう、これが今回使った肉。左から、スネ、肩バラ、バラ、モモです。もちろん、シチューの仕上がりは全く違います。

有元葉子のシチューのレシピは、とてもシンプル。フライパンで牛肉、次に野菜を炒めて次々鍋に移し、ワインとトマトピュレと水を加えて煮込み、肉が煮えたらにんじんを入れてさらに煮るだけ。なんと赤ワインを1本まるまる、使ってしまいます。私たちがイメージするブラウンソースのビーフシチューというよりは、フレンチの地方料理、ブッフ・ブルギニョン(牛肉の赤ワイン煮込み)に近いもの。

おしゃれなキッチン家電が使われているのはこの時代の特徴で、このレシピでは野菜のみじん切りにフードプロセッサーを使っています。より手間をかけずにラクをしたいという主婦の意識はもちろん、デフレの影響で家電製品が手に入りやすくなったという時代背景もあるでしょう。

有元葉子のレシピはどんどん進化していき、もっと後のシチューのレシピでは、肉にまぶした小麦粉は省略されて、かわりにバーミックスで野菜をピュレ状にしてとろみづけをしています。合理性を重んじ、良い素材を使ってギリギリまで食材や手間をそぎ落としたレシピが有元スタイルで、これは1990年代にはやや時期尚早だったものの、最近ではメインストリームとなっており、人気の料理研究家たちにも受け継がれています。

栗原はるみのビーフシチューも美味しいのですが

実は今回、阿古さんの著書のタイトルにもなっている栗原はるみがなぜ選ばれていないのか、ということについても触れておきます。

栗原はるみが家庭料理界を一世風靡した、素晴らしい料理研究家の一人であることには間違いありません。ただ、今回は時代の中で斬新なレシピや新しい食べ方を提案しているか、台所革命を起こし時代を創ったか、という観点から、この3名を選出しました。

江上トミ、小林カツ代についてはあまり異論が出ないかと思います。有元葉子は同時代の料理研究家からすると地味ではありますが、変化する時代の分岐点にいた人だといえるでしょう。まだ日本になじみのあまりなかった頃からベトナム料理を積極的に紹介したことも彼女の大きな仕事のひとつで、エスニック料理が受け入れられ始めたこの時期の貢献度は高かったと思います。ややマニアックでありながら、料理好き、スタイリング好きな女性の心をつかみ、料理のプロたちにもおそらく影響を与えつつ、時代を体現したクリエイターであり続けているというのが、阿古さんと私の有元葉子に対する一致した意見です。

ちなみに栗原はるみのビーフシチューも作ったことがあります。彼女の代表作でもある『ごちそうさまが、ききたくて』(文化出版局・1992年)に出てくるビーフシチューのレシピは、粉をまぶしてとろみづけをし、ブラウンソースやドミグラスソースは使わないレシピ。やさしいトマト味のシチューでした。

今回の3名の料理研究家によるビーフシチューは手順も味も違うけれど、どのレシピも時代を表現していることでは共通しています。

今ではクックパッドでビーフシチューと打ち込めば、たちどころに多くのレシピが出てきます。ですが、人気料理研究家のレシピは素人のレシピとはやはり根本的に違います。彼らのレシピには強固な基礎があり、その人なりの明確なスタイルがあり、その向こうには時代が見えている。そういうレシピは誰にでも作れるものではありません。真の意味での料理研究家は、やはりこれからも必要とされ続けるでしょう。

二世研究家、次世代料理研究家にも触れたいところですが、今回は「昔レシピ」という縛りの中でレシピを掘り起こすことで、わたしたちの食卓に何が起こってきたかということを考える会とし、お開きといたします。
阿古さんのお話のおかげで、ビーフシチューがより深く味わい深いものとなりました。シチューと、ワインと、パン。そして楽しいおしゃべりで宵の深まった、今回のスープラボでした。

スープラボ#11 昔レシピ(ビーフシチュー)
2015.10.19(mon) 19:00~21:30 イワシハウス

スペシャルゲスト:阿古真理さん (本はこちらでどうぞ)

写真協力:日暮摩理さん、三木雄貴秀さん



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有賀 薫

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コメント10件

ミチルさん、ご指摘ありがとうございます。すごいミスでした(笑) 情報部分の間違いで、すでに読まれている方がいると思うので、こちらで訂正しています!
昭和初期ぐらいまでのレシピにはこのステューとか、オルドーブル(オードブルですね)とかカリー(カレー)、ソップ(スープ)など、耳で多分聞いたものをそのまま表記している言葉が多いです。そういえば大正生まれの叔母とフレンチレストランに行ったとき、オルドーブルと発音していたのを聞いて不思議に思っていました。
ちょうどビーフシチューが食べたいと思っていたところにこの記事でした!干し椎茸というのはすごいですね!在来の野菜で作るとまた味も違ったのでしょうかね。興味深い検証、楽しく拝読しました。ありがとうございます。
Yukiさん、お読みいただきありがとうございます^^作っているときはなかなかすごい干し椎茸の香りなのですが、こしてブラウンソースになってしまうと、全然気にならないのが不思議です。在来種はやはり味が特徴的な野菜が多いですね。昔のレシピで作っていると、昔の八百屋や肉屋の風景までも想像してしまいます。
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