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塩ひとつまみって、どれぐらい? 2016.4月 スープラボ・レポート


さあ、今月のスープ・ラボのテーマは「塩」です。ゲストの方々にタイトルのような問いかけをし、実際に「ひとつまみだと思う塩の量」をそれぞれつまんでもらいました。今日はまずそれを、お見せするところから。

ずいぶんな差がありますね。ちなみに中央が正解。約0.9gです。

ここで私の手持ちのレシピ本から、塩小さじ1がどれくらいか、という部分を抜き出してみます。『レシピの書き方』(実業之日本社)では、「ひとつまみ」は、親指、中指の3本の指でつまむくらい。約小さじ1/5とあります。天然塩で約1gです。もう一冊『覚えておきたい料理の基本123』(扶桑社)では、ひとつまみ=親指、ひとさし指、中指の3本の指でつまんだ量。塩なら小さじ1/4くらい、となっています。約1.2g。
ネット情報も調べました。クックパッドでも、親指、人差し指、中指の3本の指でつまんだ量のことを指す、とあります。約小さじ1/5〜1/4ですが、なぜか重さは約1〜1.5gとなっています

あれこれ当たってみたところ、どうやら三本指でつまむのは同じですが、計量では小さじ1/8~1/5、グラム数で0.6~1.5gと、かなりの開きがありました。人の指の太さはそれぞれ違うわけですから、そうなることに不思議はありません。(小さじ1は自然塩・天然塩で5g、精製塩・食塩で6g(前出『レシピの書き方』による)。

この差は実際に料理に入れると相当違うんですが、まあ、このぐらいの誤差がレシピにはあるものだ、と思っていただくにはいい例かもしれないですね!

塩ひとつまみの話が長くなりましたが、今回のラボでは「塩」の研究を行いました。今回は4月11日に開催したスープラボのほか、4月27日に荻窪で開いたスープ・ナイトというイベントでの味比べも加えてのレポートです。

■「海塩」「湖塩」「岩塩」すべては海から始まった

塩を買いにスーパーやデパートへ行くと、さまざまなブランドや形状があり、どれを選べばよいか迷ってしまいます。塩の世界は奥深そうなのですが、とりあえずはいろいろな塩を集めて観察してみました。

塩には、「海塩」「岩塩」「湖塩」があります。

海を出発点として、海水から採取するのが「海塩」、海水が地殻変動などにより湖に閉じ込められた“塩湖”から採取したものが「湖塩」、さらに塩湖の塩が結晶化し、長い年月をかけて化石化すると「岩塩」となります。

サンプルとして3つの塩を紹介します。写真左から
【海塩】海人の藻塩(蒲刈物産)100g 513円
【岩塩】ピンクロックソルトグレイン(FAR-EAST)400g 1,227円
【湖塩】天日湖塩(木曽路物産)1㎏ 378円 

色や形状はあまり気にしないでください。色はナトリウム以外の成分によってつきますが、海淵、岩塩、湖塩ともに白色、有色のものがあります。粒子の大きさも、最後の加工によって変わってきます。この岩塩は採掘してそのまま粉砕した製法なので砂利状になっていますが、岩盤に水を入れて塩分を溶かし、くみ上げて塩に再加工する場合は粒子の細かいサラサラの塩になります。

よく魚料理には海の塩、肉料理には岩塩が合うというようなことが言われます。海塩にはマグネシウムやカルシウムなど海水の成分が多く含まれていてマイルドなので魚と相性が良く、岩塩はナトリウムの純度が高くて塩分がはっきりしていることから油分の多い肉料理に合うという話のようです。

ただ、塩製品をいろいろ味見してみると、採取場所による塩分の違いはかなり微妙。たとえば写真のピンクロックソルトは、岩塩ですがとてもまろやかで、とがったところのない穏やかな塩です。同じ岩塩でも、ドイツのアルペンザルツは塩辛く、ザ・塩!という感じ。

スープ・ナイトで上の海塩と岩塩を味見してもらったときも、人それぞれで塩味が強いと思うほうに差が出ました。
そもそも通常の塩製品では95%以上、つまりほとんどがナトリウムですし、塩の粒子の細かさによっても舌への当たり方が変わるため塩味の感じ方が違います。むしろ海塩、岩塩の差より「製造法による」差のほうが大きいのですが、このレポートでは製造法については深くふれないことにします。


■一番おいしいお吸い物は塩分何パーセント?

スープラボでは実際に「だし」に塩を入れたときにどうなるかを比べてみました。活躍したのがこれ、塩分計です!

タニタ 高精度デジタル塩分計 SO-304-WH(ホワイト)

参考価格は1万円ほどですが、アマゾンで6,549円で購入しました。3千円ほどのものもあるのですが、0.1%刻みで計測できるというこちらをチョイス。だしや味噌汁に先を入れると、数十秒で塩分を正確に測ってくれます。普通の人にはあまり必要ないと思いますが、塩分が気になる方はぜひどうぞ。

家では、0.4~1.2ぐらいまで0.1%ごとに試してみたのですが、スープラボ当日は0.2%刻みで違いを比べました。

左から、無塩、0.5%、0.7%、0.9%、1.1%の塩分濃度です。だしは、昆布鰹だしをふだんよりもやや薄めに作りました。とはいえお吸い物としては十分に美味しいだしです。昆布や鰹に塩味があるため、無塩でも塩分が0.1%あります。加える塩はうまみ要素が入ってしまうとわかりにくくなるため、ナトリウム純度の高い精製塩を使いました。

お吸い物の標準は0.9~1%と言われます。これは人の体内の水の塩分濃度(生理的食塩水)が0.9%だからという理由によるもの。
でも今回、参加のみなさんが味わった結果、0.9%ではやや辛すぎ、0.7%が美味しいというのが一致した意見でした。中には0.4%でもいいぐらい、という方も。1.1%は、卵に加えてだしまき卵にするのにちょうど良さそうです。

これは、だしがある程度しっかりしているということのほか、当日ご参加の方々の嗜好や舌の感度によるところが大きいかもしれません。男性と女性、また肉体労働をされる方とそうでない方では味付けにかなりの開きがあります。市販のカップスープやお吸い物は、0.8~0.9%の塩分で作られているものが多いです。

私の舌の感覚を信じるならば(私自身は割と薄めの味付けが好みですが)、今回くり返し作ってみた結果、だしの味をきちんと味わうには、0.7%~0.8%ぐらいがベストなのではないかと感じました。0.7%というのは、500mLのだしに対して、塩3.5g。ただし昆布鰹だしの場合は0.1%はすでに塩分があるので、加える塩分は3gとなります。

■温度でも油でも塩は変わる!実はそんなにヘルシーじゃないラタトゥイユやミネストローネ

もうひとつ、こんな実験もしました。どちらも同じ塩分濃度のだしを、違う温度で飲んでもらいます。片方はあたため、もう片方は冷蔵庫で冷やします。

通常は、冷たい方が塩分を感じにくいはずですが、冷たい方が塩味をより感じるという人もいました。「冷やした方は、塩に角がある」とゲストの方から指摘が。これは舌に触れたとき、他の味が冷やされてあまり感じられず、その結果、わかりやすい塩味を最初に舌が感知しているということかと思います。

また、スープラボではご披露しなかった実験ですが、油分があるスープとノンオイルのスープに同じ量の塩を入れて比べてみました。すると、油分があるスープのほうが薄く、油分のないスープの方が濃く感じました。これも塩の角が出る出ないということかもしれません。油が多い料理ほど、塩も多く使う必要が出てきます。

いろいろな野菜をオリーブオイルで煮たラタトゥイユや、野菜たっぷりのミネストローネはとても美味しいものですが、店で出すラタトゥイユやミネストローネには多くの油が使われており、それとバランスをとる形で塩を加えているので、一見ヘルシーに見えますが油分塩分はたっぷり。家で作ると店のものと違うなと感じるのは油や塩が少ないせいですが、健康のためにはそちらのほうがいいかもしれませんね。

■結論の出ないスープラボ

いくつか、塩の感覚についての味比べをやってみたのですが、正直、塩の感覚というのは本当に微細な差で人に寄っても感じ方が違います。「塩はこれを選びましょう!」「塩の使い方はこれで決まります!」というようなことが、何ひとつ言えないラボとなってしまいました。

塩分計を突っ込みながら汁ものを味わい続けていると、これはだいたい0.7%だとか1%だというような段階的な感覚はある程度できてきます。でも、料理をするうえで「美味しいと感じる塩分」は条件によって全く違います。

今回私の作っただしの場合は0.7%が美味しく感じたというだけで、具が入ったらまた変わるかもしれません。コースの流れで出すか、ごはんと一緒に出すか。濃い味のものと合わせるかどうか。油が入るか入らないか。温かいか冷えているか。料理全体の条件、それに合わせて体のコンディションなど食べる側の条件によっても求める塩分が違うとなると、何%の塩分濃度がスープの理想だとは簡単に決められないのです。

■塩を活かした、ふたつのスープ

さて、実験後のスープタイムはもちろん塩味のスープです。豚肉の塊を塩漬けにしてコトコト長時間煮込んで作った「ポテ」。豚肉の塊に塩と砂糖をまぶしつけ、冷蔵庫で1週間ほど置きます。これを2時間ほどかけて煮て、豚のうまみがじわじわと出たスープをとります。そして、このスープでくし切りにしたキャベツを煮込んでいます。

塩はフランスの天日塩(海塩)である「ゲランドの塩」を使用。塩の力を感じるスープです。このレシピは、私のオリジナルではなく、牛込神楽坂のレストラン、ル・マンジュ・トゥーの谷昇さんのレシピ。かなり忠実に再現しました。
参考:『ビストロ仕立てのスープと煮込み』(世界文化社)

豚肉をコトコト煮込んで作る透明のスープで、キャベツを柔らかく煮込みます。じゃがいもは、別茹でしてからなじむ程度に軽く煮ます。

27日に荻窪で行われたイベントスープ・ナイトでお出しした、「グリーンアスパラガスと鶏肉の塩スープ」もご紹介。

レモン風味がさわやか。

アスパラ、たまねぎ、鶏肉と塩。アスパラはむいた皮も使ってうまみを出し切ります。塩に相性のよいレモンを香りづけと酸味づけにわずか使います。レシピは、こちらでどうぞ。

■レシピの塩加減について

3月に出版したレシピ本『365日のめざましスープ』を作るとき、一番苦心したのは、実は塩の加減でした。

これまでもnoteや他の媒体でレシピを出していましたが、塩加減は「塩で味をつける」ぐらいの書き方にとどめ、厳密な塩の量は表記していませんでした。というのも、少人数分のレシピでは、ほんのちょっと煮すぎただけで水分量が大きく変わってしまいます。同じ野菜でも新鮮なものか古いものか、大きいか小さいかという状態によって煮え時間も違う。すると、きっちり計量しても、塩がよい加減にならないことがあります。

味見して薄い場合は補えばよいのですが、入れ過ぎた塩は戻りません。だから、今回塩の分量が必要と言われ、どうしようかと思案しました。

人にとって塩味というのは、甘味と同じく「うまみ」と置き換わる味覚のひとつです。私のスープではだしや肉をあまり使いません。その分、塩味をしっかりつけて、野菜のうまみがぼやけないようにしたい。でも、入れ過ぎては台無しなので、今回の本では多くのレシピで、まず少なめに塩を入れる→最後に味を見て調節する、という形をとりました。レストランのように大人数きっちり作る場合は量って入れて誤差が出ませんが、家庭では作る人に自分の舌で確認してもらうこと以外にやり方がみつかりません。少人数の家庭料理の塩加減は、それだけ難しいということです。野菜や肉を炒めてかけるだけの、できあい調味料が売れるのもある意味必然です。

今回、塩の歴史についても調べたところ、塩や塩味に関するさまざまなことがわかりました。それはまた別レポートで。ひとまず今回のスープラボレポートは、ここまでとします。

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スープラボ♯12 塩
2016.4.11(月)19:00~21:30 湯島イワシハウス
スープ・ナイト
2016.4.27(水)19:30~21:30 荻窪6次元

写真協力:大谷りえ子さん、坂根さよみさん、藏満麻里亜さん

※塩についてはこちらの書籍・サイトを参考にしました。
『塩の辞典』橋本壽夫(東京堂出版)
『塩の本』(柴田書店)
たばこと塩の博物
オルター・トレード・ジャパン(ゲランドの塩)
伯方の塩

荻窪・六次元でのスープナイトは人数も多くにぎやかでした!








読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。