【感想】映画『心と体と』『無限のガーデン』

 先日、EU Film Daysで『心と体と』と『無限のガーデン』を観ました。この日のラインナップは、心をゆったりと流れる時間に委ねることができ、普段忘れがちな心理をじっくり考える時間をくれる2作品で、心地よかったです。落ち着いてみると、色々なことが見えて来る…人と人とが惹かれ合う神秘を感じました。

『心と体と』
 ハンガリーの作品です。上映後には、東北アジアで人気がある理由やその背景となる心理的要素、モチーフや撮り方などについて遠山純生さんのトークもありました。様々な考察がされているんですね。そのお話の中で、日本映画との類似性が論じられていました。
 私が思い出したのは、最近の作品だけれど『天使のいる図書館』でした。杓子定規な女性。毎晩その日の人との会話でうまくいかなかった一つ一つの点を反芻し、明日はどうしたらより良くできるか真剣に考え実践するけれど、タイミングがずれていて相手を見ているようで見ておらず、でも相手を大切に思っていて、どこか可笑しい…。私には驚異の能力は無いけれど、共感を覚えました。
 また、衣食住が丁寧に描かれている印象を受けました。私は近頃やるべきこととやりたいことに一貫した心を持ち取り組みたく、睡眠を改善すべく試行錯誤していたのですが、この日の鑑賞を経て穏やかな気持ちで取り組めば疲労が少ないとわかり、取り組み始めました。情熱と冷静を個人の中で上手に共存させたいと思っています。

『無限のガーデン』
 ブルガリアの作品です。こちらは静かでありながらメロディアスな音楽と幻想的な情景によって傷ついた若者の心理と恋愛模様を細やかに描いた作品でした。不思議な余韻がありました。
 箱庭作りに静かに情熱を傾ける寡黙で謎めいた花屋の店主エマに兄弟は惹かれるのですが、私は、弟は実は途中で兄の婚約者ソニアに気持ちが傾いたのかな…と感じました。
 兄は世話焼きなようでいて、贖罪から弟を守らねばと思っていたことが、徐々に彼の心理描写で明かされて行きます。弟はエマを好きだと兄に打ち明けるのですが、その前に歌や踊りの趣味でソニアと意気投合した際に彼女の寂しさに気付き、その様子から彼女は兄を愛していると思ったので、兄が彼女から離れて行かないように配慮しての告白だったのかもしれません。このあたりが、観る人に委ねられている描き方で、私は好きでした。
 兄フィリップがエマに惹かれ、エマも彼に惹かれて行く様には、少し憧れてしまいました。エマの演技が難しそうだなと思いました。エマの台詞はとても少なく、ささやき声の胸中での独白で、箱庭作りか生きることについての自分ルールを述べるのです。このルール、もう一度観て確認したいなと思いました。
 撮影の面白く感じた点は、街をミニチュアのように撮っていたように見えた点です。両親を失くし早く一人前になって弟を養わねばと思って働いて来たフィリップは、職務においては敏腕だけれど、プライベート…自分の人生については自分にも弟にもまともさこそが善いと言い聞かせるように生きていて、ある日エマに出会って理屈ではなく心で惹かれたのでしょう…。彼女の静かで己の選んだ仕事に全身全霊で迷いなく集中する姿が、彼には魅力的に映ったのでしょうか…。うまく言葉で表せませんが、フィリップに共感を覚えました。幼くして安定した生活を失ったため目の前の諸事への対処で生きていたけれど、エマと彼女の箱庭との出会いで、政治家の秘書としての職務上の狙いを持たずに街を無目的に俯瞰して見るようになり、それまでは早く大人になろうとして置き去りにしていた自分の感情と向き合って行くことになったのかもしれません。汚い事もしてのし上がって来たけれど、傷つけた市民の痛みに気付いて行く…その心の流れが静かに伝わる映画でした。
 清濁併せのむのが仕事であるけれど、それに取り組む人間が根幹的な感情を子どもの頃から処理されぬまま従事していたら、不安や罪悪感を抱え切れぬ時が来るのではないか。人や自然との接触により自分でその欠落の在処に気付き成長できるのかもしれませんが、そのように断定する映画ではないと感じました。『心と体と』トークショーでハッピーエンドか否かの論争についてお話がありましたが、「ハッピーエンド」の定義はどのようなものなのでしょう。何かの解決策をこうだ、と示して完結してしまうのがハッピーエンドだと、なんとなく色んな方々が感じているのかしらと思います。主語の設定が難しいですね。あくまでもネット上で色々な意見を調べただけに過ぎないので、「なんとなく」と書きました。『無限のガーデン』では、4人はそれぞれに打ち明けることのできない心の中を隠したまま、そして互いを大切に思い配慮や遠慮をして、劇的ではない切ない終幕を迎えました。この後も、彼らの人生は続き、どうなって行くだろう…そこに、観客として、社会に生きる若者として、自分の人生や心理も重ねながら省みて想像することができる幕引きでした。序盤で一番だらしなさそうに見えた弟ヴィクトルが、実は周りに配慮しながらも自分の好きな道を少しずつ開拓しいきいきと生きている様も、後から振り返ると心に響くものがあります。
 私は、今後どうなるのかは、フィリップ役の俳優の演技から各自が感じることなのかなと思います。フィリップにとって仕事は大切なものだったと思うので、置き去りにしていた感情に気付き向き合ったなら、仕事も人生も、これからどうして行くのか…そこからがまた新たな試練なのでしょう。”気付き”以後の兆しの描写が良かったです。
 昨夏の一般上映で万引き家族を観て考えましたが、再出発する際に両親がいるかいないかも、今後の歩み方に大きく影響するのではないでしょうか。私は、保護されたにも関わらず両親の元へ戻され自分で道を選べなかった少女と、幼くも自分の感覚と思考で選び取った道を進み新たに歩み出した少年との対比が、鑑賞後も心苦しかったです。どちらがより幸か不幸かなど比べて良い事ではありませんが、あの少女は大きくなってからとても苦しい生き方をするのではないか、その時はもう大人として自己責任を追及されてしまって容易に助けては貰えぬのではないか…そんなことが頭を離れませんでした。タイミングによっても人生は左右されている…支援する側や傍観する側の心の線引きの罪を思いました。
 子どもの頃に様々な条件が噛み合わず救われなかった大人の自立と相互依存への成長と支援については、EU Film Days 2019にスロヴェニアから選出された作品『イヴァン』の描き方が秀逸だと感じたので、また今度書ければ書きたいと思います。

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