答え合わせ

気がついたら懐かしい窓辺のソファーに座っていた。窓の外からは人工の滝壺へ水が落ちる聞き慣れた音が聴こえる。何分、もしかしたら何時間もそうしていたのかもしれない。いつの間にか足元で父が声を上げて泣いていた。

ベランダの鉄柵が今まで長い事仲良くしていた鉄格子の部屋を思い出させてぼんやりと状況が呑み込めてきたが、なんだか視界に入るもの全てがまるで映画館のスクリーンに映し出されている映像の様に見えた。


射撃の訓練で高得点を叩き出したときも
銃剣で人を刺した後の筋肉の収縮を計算して力を入れて引き抜く訓練をした時も
人殺しの訓練をしている自分を自分だと認めたくなかった。

心と身体がベリベリと音を立てて剥がれていく感覚を初めて味わった。
その日から食べ物の味は無くなり、水は喉を通らなくなった。
訓練中も頻繁に意識を喪い、次第に夢と現実の判断がつかなくなった。
自分を守るために本当の自分を意識の奥底に入れて何重にも鎖と南京錠をかけた。

隊の病室には監視カメラが1台付いていて、ドアには鍵がかかり、窓の外の風景は鉄格子で10等分にされていた。

私の食事はぺちゃんこになった血管にやっと入れた点滴と、ドロドロの甘い液体。
知らないうちに洗面ポーチからはカミソリが抜き取られていて、自分のものと言えば歯ブラシと腕時計と入隊してからずっと私の首に下がっている鍵だけだった。
目覚めると酸素マスクを当てられていたり、別の日には左手首に包帯がぐるぐる巻きにされていたり色々だったけど、それでも歩ける日は右手で手榴弾を投げた。
不思議と辛いとは思わなかったが、体力には相当自信があったのでとんだ出来損ないだったと自分に唾を吐いた。

それでも辞めるという選択肢なんて、そんなグッドアイデアはどこにも見当たらなかった。

祖母が亡くなったという連絡が入ったのはそれから数週間後の事だった。
実の姉のように育った人が会社を休んで祖母の元へ行くための飛行機に付き添ってくれた。
久しぶりに会った私の姿に仰天してその後何度も「返して下さい!」と駐屯地に連絡をしてくれていたのは後で聞いた話だ。

「辞めます」と言ったのは自分の声ではなく祖母の声だったのではないかと思う。

その次の記憶は冒頭の窓辺のソファーに繋がる。
そこからの1年はほぼ人から聞いた話で自分の記憶にあるのはカシャッカシャッと写真を撮ったように残った瞬間だけだったので、聞いた話と自分の頭の中の写真をパズルのように繋げたものが私の知っている1年だ。

実家に戻ってからは頭にはずっと黒い雲がかかっているようでとにかく眠い。喜怒哀楽が分からなくなった。
身体が布団より下の床に溶けているようで毎日母に布団と背中の間に手を入れて剥がしてもらっていた。
そんなある日、父の友人である医師が訪ねてきてくれた。何を話したかは覚えていないが、帰り際に私だけに聞こえる声で「もう分かってるんでしょ、いつまでそこにいるんだい?」と声をかけて行った。最初は意味が分からなかったが何故かその言葉だけが胸に残っていて、一つずつ南京錠が外れていくのがわかった。

結果から言うと、今私は笑えている。

幼児後退を起こしていたらしい19歳の自分を受け入れて5歳の子供として半年育て直してくれた両親。

夜中にずぶ濡れで店に現れたらしい私を保護してくれた友人。

当時私に依存して隊から追ってきた人から危険を顧みず匿ってくれた友人、親族。

不安定なままでもいい。と出来ることから仕事を与えて支えてくれた人々。

無理に私に立ち直れと揺さぶらず、ありのままの私を受け入れてくれた皆のお陰で私は今こうして笑っている。

最近昔の自分の様な状態の友達に会う機会があったり、自分の子供について考える事があったりして、ここ数日で過去から現在、自分がどうして、なんのためにゲストハウスをやりたいのか全てが繋がった。納得。あとは誰になんと言われようと突き進むしかない。

よく、「どんなに辛い過去も無駄ではない」という人が居るが、私はどうしてもそうは思えなかった。経験しなくていいならしたくなかったと思ってきたから。
でも漸く、漸く、「あの時があったおかげで」と言えるようになった。

当時の自分はどれだけ周りの人に恵まれていたのか分かっていなかった。
あの時ただ私の存在を赦してくれたあの場所に次は自分がなる番が来たという事だ。
やっと恩返しができる。


今苦しんでる人も、そうじゃない人も
もう知り合ってる人も、これから、出会う人も
誰も拒まない場所。

そんな場所が思い描けたので、もう今は楽しくて仕方がない。
ゲストハウスというか……村!
相変わらず土地もお金もないけど、ビジョンだけはクリアに見えている。
今はとにかく色んな人と話をして何でも吸収したいし知って欲しい。

これからの1年は色んな人が会いに来てくれて、私もいろんな人に会いにいく時間にしよう。

今日は女王蜂【HALF】を聴きながら一気に書いた。スッキリ。

#ゲストハウス #自律神経失調症 #女王蜂 #村興し #スタートアップ



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