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キノコと硫黄の話 -Mushroom and Sufur-

キノコの美味しい季節ですね。キノコ狩りが好きな人も多いのではないでしょうか。今日は、キノコと硫黄(Sulfur, S)のお話をしようと思います。

硫黄は自然界では非常にありふれた元素です。植物由来のメチオニンやシステインは人体への供給源となっていますが、硫黄は体内ではケラチンなどのタンパク質でジスルフィド結合の架橋を形成しタンパク質の高次構造を決定しています。ではキノコはどのような使い方をしているでしょうか?

硫化物は複数の硫黄原子が結合することがあります。そんな中で、チオフェンやチアゾリンなどのヘテロ環化合物は熱処理によって生成され、スモーク香やロースト香の元になっています。揮発性硫黄化合物(VSC)は多様性と臭いの閾値の低さからフレーバーとして重要な役割をしています。

さて、キノコの臭いといえばいちばん有名なもので1-octen-3-ol(マツタケオール)が挙げられれますが、実はVSCがかなり多種含まれているケースが多いです。実際にシイタケにはLenthionineが香りの中で重要なものであり、トリュフは2,4-dithiapentaneがキーフレーバーです。

ところで、そもそも植物や菌は香りとしてなぜVSCを利用しているのでしょうか?ニンニクやタマネギを見てみると、タマネギを切ると目が痛くなるのはVSC(催涙ガス)が放出されるからであり、そもそもVSCは刺激臭であり有害です。これは、植物の細胞が破壊されることによりAlliinaseがVSCの合成を触媒していることによるとされています。植物はこれを利用して、外敵からの防御の手段として利用していると考えられています。ちなみに、Alliinaseを抑制した涙の出ないタマネギというものも開発されています。

話をキノコに戻すと、シイタケを例に取るとシイタケは実際に破砕をしてもVSCの増加は大きくは確認されず、有害とは考えられないことから菌摂食動物への抑止力とは働いていないと考えられています。つまり、植物と異なった理由を持ってキノコはVSCを利用していると考えられます。そこで考えられるのは、忌避するのとは逆に誘引する作用です。

スッポンタケというキノコがいます。スッポンタケは子実体の上部にグレバと呼ばれる部位を有しており、強い不快臭を放ちます。しかし、幼菌やグレバを取り除いた子実体は食用として利用する地域もあるそうです。
この臭いキノコ、強烈な臭いの元はVSCであるdimethyl trisulfideであるとされています。ちなみに実はこれはラフレシアやショクダイオオコンニャクの臭いと同じです。もっというと、ホップやキャベツにも含有されており、食品に極微量添加されることもあります。

ハエが臭い匂いに集まることは皆さんも経験的にご存知かと思いますが、みんな大嫌いハエさんも自然界の生態系では話が変わってきます。熱帯の植物や菌類は能動的に腐敗臭を放出することにより、花粉や胞子のベクターとして昆虫を利用するとされています。

トリュフの構造をもつ地下生菌の話をすると、地下生菌は胞子器が外部に露出しておらず、そのままでは普通のキノコのように胞子を飛ばすことができません。そこで、地下生菌は胞子散布のために有袋類などの動物やヤスデやセンチコガネの仲間の摂食行動を利用しているとされています。

実際、キノコの風媒散布は半径1m程度の距離しか飛ばせないとされており、より広く分布するためにベクターを利用するように進化していったと考えられます。そこで、ベクターへのアプローチ方法として、地下生菌は香気成分を利用していると推察されます。

余談ですが、毒キノコとして有名なドクツルタケですが、毒成分は環状ペプチドであるアマニタトキシン類です。その環状を形成する中心はCysとTrpとの硫黄の架橋です。環状ペプチドは環状にすることによって分解の耐性を獲得することが可能であることからペプチド製剤へ応用されています。

キノコが嫌いな理由の一つとして、臭いが嫌いという人もいるかと思います。もしかしたらその原因は揮発性硫黄化合物(VSC)かもしれません。彼らは別にあなたを苦しめようとしているわけでなく他の人に好かれようとしているのかも知れませんね。

ご清聴ありがとうございました。

【Reference】
・The Sulfur Chemistry of Shiitake Mushroom
https://doi.org/10.1021/ja039239g

・Role of Sulfur Compounds in Vegetable and Mushroom Aroma
https://doi.org/10.3390%2Fmolecules27186116

・地下生菌識別図鑑
ISBN: 978-4-416-51646-1


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